王子の隠し子を産めと言われた女は騎士見習いの助けを待つ
「――王子の隠し子を、産みなさい」
その一言で、私の人生は崩れ落ちた。
目の前に立つのは、王妃陛下。氷のような瞳をもつ、完璧な王国の母。
けれどその唇が紡ぐ言葉は、慈愛とは程遠い。
「……王子殿下は、ご結婚されております。私は……そのような――」
「結婚できぬ相手なら、なおよい。あなたのような女なら、黙っていれば済むこと」
王妃は冷たく言い放った。
私は震えた。拒んだ。何度も首を振った。
だが、拒絶の言葉など王宮では意味をなさない。
夜、私は眠り薬を盛られ、知らぬ間に殿下の寝所に運ばれた。
翌朝、ぼろぼろになって目を覚ました私の隣で、殿下は何も覚えていない様子で寝息を立てていた。
私は、ただ泣いた。
それでも王妃の圧は止まらなかった。
「そんなに男が怖いのなら、閨の練習相手をつけてやろう!」
怒鳴り声とともに、王妃が連れてきたのは――若い騎士見習いだった。
褐色の肌、小柄な体、真面目そうな黒い瞳。
彼は戸惑っていた。「そんなこと、できません」と言った。
けれど王妃の命令は絶対だった。
彼もまた、逆らえば家族ごと処罰される立場だったのだ。
私は泣きながら耐えた。
そして、数ヶ月後――子を身ごもった。
産まれた子は、王子殿下には似ても似つかぬ肌の色をしていた。
当然だ。あの子は、私と騎士見習いの子。
それを王妃も、わかっていた。
「――あなたが招いた結果よ」
王妃は、笑った。冷たい笑みだった。
「けがらわしい、浮気性の女だ。殿下の名を汚すような子など、存在しなかったことにして差し上げる」
私は子を抱きしめた。震えながら頭を下げた。
「この子の責任は、私とその父が取ります。
ですから、どうか……私たちを平民として外に出してください。王宮には、もう――」
けれど、王妃の答えは怒号だった。
「私の親切を、あだで返す気か!」
そして私は、地下牢に幽閉された。
石の壁、滴る水音、湿った空気。
赤子の泣き声が、かすかに響く。
騎士見習いに手紙を託した。
けれど、返事は来なかった。
王妃はすでに第二王子を擁立し、華やかな嫁を迎えていた。
私の存在など、もはや邪魔でしかなかったのだ。
――何も悪いことなどしていないのに。
ただ、平穏に暮らしたかっただけなのに。
王子が独身であれば、身分にわきまえた暮らしで満足しただろう。だが愛人という身分に甘んじることは、敬虔な一夫一妻の価値観を信じる私にはできなかった
今も、私はここにいる。
誰も来ない牢の中で、日々を数えながら。
この子は、もう私に笑いかけることを覚えた。
王妃が私を飼い殺しにしているとも知らず、純粋に笑う。
あの騎士見習いは、まだどこかで訓練を続けているのだろうか。
それとも、王妃の命令で、私を忘れさせられたのだろうか。
私は今も待っている。
助けが来ることを。
誰かが、私の声を聞いてくれることを。
――この石壁の向こうの、誰かに。




