『十日間で火星へ』第一部:軌道カタパルト計画発動 第九節:「それぞれの現場――手と心で紡ぐ未来」
1.西山健太(日本人若手技師)の視点
**「失敗と誇り――“弱さ”がつなぐもの」**
朝、現場に向かう西山健太の足取りは重い。
昨日、自分の計算ミスで同僚が危うく怪我をしかけた。その光景が、まだ頭を離れない。
しかし今日も朝礼の輪に加わり、主任技師カルロスから「昨日の勇気ある報告、感謝する」と小声で肩を叩かれる。
作業中、西山はベテランの村井と手を組み、足場のゆるみを見つけて補修を提案する。
「現場では、弱さも武器になる」と村井が笑う。
「怖がるからこそ、次の事故を防げる。強いだけが技術者じゃないさ。」
休憩時間、ノートを開きながら西山は思う。
(恐れる心も、誰かの命を守る一部だ――それが、黒川理念の“誇り”なのだろう。)
2.リディア・イワノワ(資材班リーダー/ロシア出身女性技師)の視点
**「現場発イノベーション――知恵は壁から生まれる」**
リディアは朝から頭を悩ませていた。予定していたケーブル規格が届かず、工事の一部が止まる危機。
だが昼休み、彼女はふと旧式の滑車と日本の細縄を組み合わせ、応急処置で“仮設テンション装置”を開発。
設計図を描いて武田主任に見せると「これが現場力だ!」と笑い合う。
午後、国籍を超えた仲間と一緒に試作にかかる。
「必要は発明の母よ。母国でも、何もないときほど知恵は出たわ。」
テストが成功し、作業班から拍手が沸き起こる。
リディアは胸を張り、「この橋は、みんなの手でしか架けられない」と実感するのだった。
3.ピエール・モロー(仏系見習い作業員)の視点
**「仲間の助け合い――叱責の中の友情」**
クレーン操作の失敗をしかけたピエール。
休憩室でうなだれていると、西山がコーヒーを差し出す。
「誰でもミスはする。でも、次は俺が合図を送るから、怖がらずに声を上げてくれ。」
午後の作業でピエールは慎重に合図を送り、西山とアイコンタクトを交わしながら梁を吊る。
作業後、「ありがとう」とつぶやくピエールに、西山は笑顔で答える。
「現場じゃ一人きりになるな――誰かとつながる勇気が一番の安全装置だ。」
4.エリック・マイヤーズ(米国人若手技師)の日記
**「新しい方法を試す夜」**
> 6月12日(晴れ)
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> 朝から部品不足でバタついた。だがリディアが妙案を出して救われた。
> 午後、村井さんと二人で配線の取り回しを改善。古い工具でも、やり方次第で精度が上がる。
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> 夜、仮設テントで同期のピエールと技術談義。
> 「火星へ行くって、なんだか信じられないな」と彼が言う。
> でも、毎日現場で小さな工夫を重ねているうちに、「自分たちが未来を作っている」と思える。
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> 明日も、今日より安全で、もっと誇れる現場にしよう。
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> Good night, Mars.
5.村井弘一(日本のベテラン職長)から家族への手紙
**「大地の橋の上より」**
> 親愛なる妻と娘へ
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> クルラトゥール台地の朝は、まだ寒さが残ります。
> 若い技師や異国の職人たちと、毎日、鉄と汗にまみれて働いております。
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> 今日は一つ、新しい“現場の知恵”が生まれました。
> 皆で手を貸し合い、声を掛け合い、壁にぶつかるたびに少しずつ“未来”に近づいています。
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> 君たちの顔を思い出すたびに、「この道が、いつか君たちの歩く道になる」と信じて力が湧きます。
> 必ず元気に帰るから、待っていてください。
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> 弘一より
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それぞれの視点に“黒川理念”の影響――
「失敗を恐れず、知恵を寄せ合い、未来を信じて働く」がにじみ、
異なる国や立場の人々が“現場でつながり合う”ことで、真のイノベーションと安心・誇りが生まれる一日となっています。
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