『十日間で火星へ』第一部:軌道カタパルト計画発動 第七節:「現場技師たちの朝――クルラトゥール台地、曙光の下で」
夜明け前のクルラトゥール台地は、まだ微かに霧が残り、冷たい空気に包まれていた。
鉄骨と鋼材が組み上がる骨組みの隙間を、吐く息が白く立ち昇る。
現場の技師たちと労働者は、蒸気機関車の汽笛を合図に次々と集まり始める。
ランタンの明かりが地面に淡い影を落とし、足場の上では夜通し作業を続けた者たちが手を止めて朝を迎えていた。
主任技師のカルロス・サントスは、凍てつく手袋をはめたまま工具箱を肩にかけ、点呼表に目を走らせる。
「全員いるな? 本日もゼロ発進だぞ――滑車、ケーブル、ボルト一本、怠るな!」
作業服の背中には各国の紋章。
日本語、フランス語、英語、時にはロシア語の罵声と笑いが飛び交う。
巨大な蒸気クレーンが、夜明けの空にゆっくりと腕を伸ばし、鉄骨を吊り上げていく。
空気は油と石炭の匂いで満ち、鉄槌の音が地鳴りのように連なって響く。
若い技師のエリックが、厚い設計図を胸に抱えたまま、ベテランの職長に尋ねる。
「昨日のピンがまだ固いままだ、手を入れ直しますか?」
職長は朝のコーヒーを啜りながら笑う。
「やり直しは今日のうちだ。でないと午後の点検で武田主任に怒鳴られるぞ。」
遠くでは、蒸気エンジンの点火音が轟き、組み上がった鉄骨の上を陽の光が薄く照らし始める。
「おい、上げろ――慎重に! 滑車、よし!」
掛け声がこだまする。
誰もが知っている。この作業の一つひとつが、遠い火星への道をつなぐのだと。
陽が昇りきるころには、台地全体が巨大な機械のように動き出していた。
命令が飛び交い、笑い声と怒号が重なり、誰もが一日という未来を積み上げていく。
鉄と汗と夢が、ここに集うすべての人の胸で、確かに脈打っていた。




