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『十日間で火星へ』第一部:軌道カタパルト計画発動 第三節:「推進装置――磁気か、蒸気か」

黒板に新たな断面図が留められると、議論は一段と熱を帯びた。

発射傾斜路の駆動中枢――赤と青のインクで記された選択肢が並ぶ。


主任技師・武田はごつごつした指で図面を叩く。

「磁気推進は美しい。だが、過去の教訓を無視するな。蒸気の力が、この世界を築いてきたんだ。実績があり、信頼でき、現場で人の手で修理できる。何か壊れたとき、手持ちの道具で直せる――それが必要だ。パリや京都の実験室の返事を待つ余裕なんてない。」


会議室に小さなどよめきが走る。

ハン・ウェン博士が、はっきりとした口調で声を上げた。

「蒸気だけでは、私たちが求める加速には到底及びません。数値は明白です。磁気誘導が十分に電力を得られれば、これまでにない力の曲線を描けます。これは懐古主義ではなく、純然たる物理の問題です。」


遠くの席で、サミュエル・ヴォルテールがからかうような笑みを浮かべて口を挟む。

「ですが武田さん、科学そのものが“懐かしさ”の一種じゃありませんか? 結局、あらゆる発明は“未来の記憶”だったのですから。」


武田は首を横に振りながらも、わずかに苦笑を浮かべる。

「懐古かどうかはさておき、俺たちの務めは“打ち上げる”ことだ。万回の衝撃にも耐える磁気コイルを見せてくれたら、俺もボイラーに休暇をやろう。」


アリアが前に進み出て、全員を見渡した。

「どちらの方式にも長所がある。蒸気は安定を、磁気レールは加速と制御をくれる。私は“ハイブリッド”を提案します。蒸気タービンで基礎速度を稼ぎ、最後の決定的な加速を磁気レールが担う――そんな機械は造れるでしょうか?」


しばしの沈黙。

やがてハンが静かに頷いた。

「古き力と新しき力が結びつけば――もしかしたら、火星さえ私たちに敬意を払うかもしれませんね。」


卓上には設計図が重なり、蒸気と磁気が並んで描きこまれていく。

初めて、不可能が“必然”に見え始めた瞬間だった。



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