異知者記録抄:H-204《鋼の幻術士》【第三章:鋼と記憶の言語】
第三章:鋼と記憶の言語
(異知者記録抄:H-204《鋼の幻術士》より)
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記録日:天正19年正月/記録者:如月千早(言語学・記憶構造班)
地点:越前学院・語学研究棟「構造記号言語室」/補助資料:H-204設計筒・設計残片
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「この設計は、言語だ」
そう結論したのは、百野から引き継いだ資料の初見を終えた如月千早だった。
H-204の設計筒群には、建築設計として成立しているにも関わらず、
すべてのパーツ配置と寸法数値に**“音韻的規則性”と“語法変形”**が存在していた。
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◉ 鋼構文とはなにか?
千早はそれを**「鋼構文(Steel Syntax)」**と呼んだ。
それは以下のような特徴を持っていた:
1.形状記号が音素に対応している。
円形、角形、鋸歯などの構造記号が「a」「k」「u」「r」などの母音・子音群と連動していた。
2.配置パターンに品詞的な統語構造がある。
例えば、「主梁(主語)」→「支持柱(述語)」→「継手構造(目的語)」といった流れが、文法構文に相当。
3.部材の比率とリズムが、五七五や七五調の韻文を模していた。
寸法が“音”で読まれるように設計されており、図面を読み上げると詩のような音の流れが生まれる。
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◉ 構造=言語:幻術士の理論
補足文書に、以下のようなH-204自身の手記が記されていた。
『建物は語る。梁は発話し、柱は問い、屋根は答える。
人は“語られる空間”に住まう。
ならば、私は“鋼鉄の詩”を書く者である。』
これは設計行為を“記憶構文の詠唱”と捉える思想だった。
すなわち:
•建築とは記憶の発音装置である。
•設計とは空間に対する詩作であり、詩とは時間を閉じ込める記録装置である。
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◉ 実験:「構文読み建築」
千早はこれを証明するため、H-204の設計図を“音節列”として再構成し、
学院の語学演習生に**「朗読」させた**。
すると、以下のような変化が観測された:
•音読中、聴取者の脳波に空間認識領域の異常活性が発生。
•多くの被験者が「三角天井のある石室の幻影」を体験。
•書き起こされた図面は、H-204の“記録と一致”した。
つまり、H-204の設計図は“読まれることによって再構築される構造記憶言語”だった。
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◉ 黒川真秀の補注(文末添記):
『我々はようやく理解し始めたのかもしれない。
空間を読む、という行為が意味するものを。
それは語学であり、記憶であり、構造を通じた時間の詩学である。』
『H-204の業績は、工学・言語学・記憶論・建築論を統合した先端知識であり、
それを“ひとりの幻術士”が築いたという事実に、私は震えている。』
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千早は、設計書の奥に、小さな余白に刻まれた一文を発見する。
『私は、語られることを望まない。
だが、君が語ることで私は“存在したこと”になる。
だから、君が話す限り、私はまた設計を始めよう。――H-204』
続く「第四章:設計者の不在証明」では、H-204自身の正体と記録されざる転生の謎に迫ります。




