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異知者記録抄:H-204《鋼の幻術士》【第二章:設計書が語るもの】

第二章:設計書が語るもの

(異知者記録抄:H-204より)

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記録日:天正18年・十二月末/記録者:伊藤百野

地点:越前学院・越前観測本部 記憶資料棟・幻術解析室

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百野は、グラウツェンブルク城から持ち帰った“黒鉄の設計筒”を、慎重に開封していた。

表面に刻まれた鋼線の軌跡は、まるでひとつの詩のような機械文法を形成しており、

通常の設計図のように“読める”ものではなかった。

「これは“図面”じゃない。……“語り”の形式で、空間を織っている」

設計とは、構造の羅列ではない。

H-204の手による設計は、“記憶と時間に干渉する構造体”そのものが語ってくる形式を取っていた。

百野は、記憶解析機“共鳴筐体”に設計筒を挿入し、周波共振によって内部構造の音響像を可視化する。

すると、構造がまるで音楽の譜面のように浮かび上がった。

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◉ 音が語った断章:

「私たちが世界を“空間”として認識しているのは、感覚が時間の中に並列的に記録されているからだ。

もし、感覚の記録を“時間順ではなく意味順”に並べたら、空間とは**“記憶の地図”**になる。」

「私は、建物を建てたことがない。私は、“誰かの記憶の中の建物”を観測し、構造化している。」

「記録は未来に向けた“偽りの過去”である。それを設計として定着させるとき、世界の“現在”は書き換えられる。」

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越前学院の解析班は、当初「幻術的誇張に過ぎない」としたが、観測の結果、設計図の読解中に観測者の認知が変質し、建築脳波(幾何形状を構成する脳波)が変化することを確認。

つまり、H-204の設計図には“読むだけで建築的思考を形成する教育的作用”があった。

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◉ 黒川真秀の註記(引用):

「この設計は、いわば“記憶の触媒”である。触れた者の内面に、設計そのものが生えてくる。

建物は外界にあるのではない。建物とは、“記憶がかたちを持ちたがった結果”なのだ――H-204は、それを証明してしまった」

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百野はある夜、設計筒を見つめながら“目の端”で奇妙な変化に気づいた。

設計筒の表面に、刻まれていなかった文字が現れていたのだ。

『君はもう、私の幻術の一部だ。次に読むとき、君が設計するのは――君自身の記憶の迷路。』

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一瞬、百野の視界に現れたのは――

グラウツェンブルクの歯車塔の“再構成された内部構造”。

実際には存在しない空間。だが、**“記憶の中でリアルに組み上がっていた建築物”**だった。

彼女はそれを紙に描き写し、越前学院の設計士に提出した。

建設試験を行ったところ、設計に無理はなく、完全に実在する建築物として成立してしまった。

つまり――

“存在していなかったはずの構造”が、記憶を通じて“世界に出現した”のである。

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◉ 謎の補記(設計図余白に浮かんだ手記):

『私は未来から来た者ではない。私は“君が夢見た未来”として、今ここにいる。

君が思い出したその建築こそが、私という存在の証明だ。』

――H-204

________________________________________

記憶を設計する男。

構造を語る詩人。

幻術のごとき設計で、人の思考と未来像を再構成する存在。

その名は、黒川世界において、新たな知の異端として刻まれた。


続く「第三章:鋼と記憶の言語」では、設計図に隠された“構文”と、記憶構造工学としての体系化が描かれます。

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