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異知者記録抄:M-077《異語の書記》第五章:星を喰う文法 副題:現実を構文するという危険

それでは、《異知者記録抄:M-077〈異語の書記〉》

第五章「星を喰う文法」――禁じられた言葉の力とその代償――をお届けします。


【冒頭断章:M.077の言葉】

「語が世界を記述するのではない。

世界こそが、語の生成物である。

読む者よ、構文するな――それは星を喰う行為となる」

この一節が残されたのは、第三星図寮地下の実験室にて。

その日、リクテア補遺班の一部が、M.077の辞書を模倣し、構文“生成”実験に踏み込んだ日だった。

________________________________________

1. 模倣から構文へ

高遠理一郎の補佐、学徒・真壁澄音まかべ すみねは、自身の研究報告にこう記している。

「ALUHEIN(雨上がりの香と音)に似た構文を自作し、

新たな語“ZINPHAEL(沈黙する日光)”を構成。

気温・湿度・音波に応じた環境再構成を試みた」

その晩、実験室内の天井から、水の音が鳴った。

続いて、明らかな気圧の降下と光彩変化が観測された。

記録担当の芳野はこう証言している。

「まるで、**“言葉が部屋の空気を再定義”したかのようだった。

太陽の角度すら、変わったように感じた」

________________________________________

2. 文法が現実を侵すとき

翌日、第三星図寮周辺で奇妙な現象が相次ぐ。

•時計の針が逆転

•鳥が一瞬“反対向きに飛ぶ”ように見える

•星の軌道計測に“周期の欠落”が発生

如月千早が最初に気づいた。

「……これは、“語が現実を指し示す”のではなく、**“現実が語の通りに従っている”のよ」

「つまり、これは文法ではなく――世界構築式」

真田志郎は、それを**“構文異常現象”**と名付けた。

________________________________________

3. 星を喰う者の痕跡

夜、観測装置が“異常な星食”を記録した。

•ある恒星が、空から“音もなく消えた”。

•星表ではその星は存在していたが、観測者の記憶からだけ、星の名前と光が消えていた。

高遠理一郎は、その“消えた星”の名前を記した古記録を手にした瞬間、硬直した。

「……記録が、読めない……いや、目で追えないんだ」

言語によって現実が再構成されたとき、

その語の意味に沿わぬ存在は、構文上“抹消”される。

すなわち――言葉が星を喰ったのだ。

________________________________________

4. 封印と遺言

千早は即座に、すべての模倣構文の使用停止を命じ、辞書を封印した。

同時に、M.077が残した最後の頁が発見された。

「読むことは、見ることではない。

構文することは、書き換えることではない。

わたしは、記した。

おまえたちは、読んだ。

だが、それを**“書き換える”ならば――

世界は、次の語に従う」

――M.077

その頁の末尾には、こう記されていた:

NEXIAST = (記述を喰うもの)

=構文が暴走したとき、言葉が現実を消費し始める状態を指す語

千早は語った。

「“星を喰う文法”――それは、観測ではなく介入。

私たちは、それを読むことはできる。

でも、話してはならない」

________________________________________

結語

言葉は、記録ではなく、構造である。

構造は、現象を組み上げる。

そのとき、“語ること”は、“創ること”に等しくなる。

星を読むことは、宇宙を記すこと。

だが、構文とは神の領域に手をかけることだった。

それをM.077は知っていた。

だからこそ、彼は沈黙し、“読む者”にだけ鍵を渡したのだ。


第六章「封印星図館と〈音の鍵〉」では、封印された〈星図館〉に眠る最後の観測巻と、M.077が遺した“音による鍵”の構造が明かされていきます。

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