異知者記録抄:M-077《異語の書記》「星図と言葉の暗号」第一章:星図班への挑戦状
M-077《異語の書記》「星図と言葉の暗号」第一章:星図班への挑戦状 の始まりです。
越前学院・第三星図寮。
ここは、黒川真秀の手による〈黒川星図〉の謎解読と、精密天文観測のために設けられた研究棟である。
昼なお薄暗い石壁の廊下には、円環を描く星図が銅板に刻まれ、
硝子窓の奥では、緻密な黄道儀と観測儀器が、天球の回転を静かに刻んでいた。
今日も、星図寮の研究班は黙々と作業を続けていた――
そう、「あの文書」が届くまでは。
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「千早先生。今朝、星図班にこの封が……」
当直の若い学徒が差し出したのは、濃藍の封紙に“龍の舌”と見紛う奇妙な印が押された文書だった。
封を解くと、そこにあったのは、たった一枚の羊皮紙と一束の写本写し。
羊皮紙にはこうあった。
“あなた方の星図は、読み違えている。星は見るものではなく、読むものだ。”
――M.077
如月千早は、すぐさま星図班主任・高遠理一郎を呼び出した。
そして写本を並べると、驚きの表情が浮かぶ。
「これは……《黒川星図》の未記載領域!?」
写しには、黒川星図の第Ⅳ巻「南天部 星識編」に含まれなかったはずの記述があった。
しかも、見慣れぬ記号――円弧・点描・幾何的分節と共に、古ラテン語にも見える文言が綴られている。
だが問題は、言語ではなかった。
「この構成……我々の使う星記法とは完全に異なる。まるで――異なる文明の観測図法のようだ」
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その夜、学院の密議室に集められたのは以下のメンバーだった。
•如月千早:言語・文化伝承部門の筆頭監理者
•高遠理一郎:第三星図寮主任
•真田志郎:技術統括補佐、機械計測理論指導者
•伊藤百野:外典文書解読補佐官(特例招集)
「このM.077、明らかに黒川星図を手にしていた形跡がある。だが……加筆された部分は、我々の記録には存在しない。
それどころか――観測不能な星の軌道まで示されている」
如月が冷静に言葉を継ぐ。
「その上で彼は言った。“読むもの”だと。これは挑戦よ。学問に対する挑戦状だわ」
高遠は机上に写本を広げ、指で円弧のひとつをなぞった。
「この部分、歳差運動の変化を示唆しているように見える。……いや、待て。これは惑星の予測軌道だ。しかも地球以外の」
静かに、真田志郎が呟く。
「“天球に記された、未来からの訂正”か」
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【結論】
この文書とその送り主“M.077”は、黒川星図に含まれぬ未知の星知を有している。
それが何らかの天文観測体系か、または――未来の知識かは、まだ判然としない。
しかし、確かなのはひとつ。
星図寮は、これを単なる“迷信的な外典”ではなく――学問的挑発として受け止めた。
翌朝、学院は布告する。
「星図補遺班、臨時編成」
対象任務:文書M.077の全文解読と再観測。
名称:「プロジェクト・リクテア(読まれざる星)」
そして、知る者はまだいない。
この挑戦状の背後に、天と地、時と言葉を貫く**巨大な“言語と星の暗号”**が隠されていることを。
第二章「読まれざる文法」では、言語学と天文学の交差点として、
写本に含まれる**“架空の言語に見える文法体系”**と、それが実は天体運動に連動した“音律暗号”である可能性が浮上していきます。




