賀茂 清之助 外伝『炎の下に夢を見る――技術と鉄の職人記』序章:火花のなかの誓い
黒川真秀を支えた、越前の技術職人の物語です。
*序章:火花のなかの誓い
夜は深く、月は雲に隠れ、星の光さえ地に届かぬ――そんな越前の冬の夜。
だが黒川城下にある一隅の鍛冶場だけは、夜を拒むように明るかった。
火床の中でうねる炎は赤く、そこに置かれた鋼は音もなく焼かれ、
炉に立つ一人の男――賀茂 清之助は、手にした金槌をわずかに握り直した。
「……まだ甘い。芯が緩む……これじゃ、“生きてる”とは言えねぇ」
鉄は語らない。
だが、清之助にとっては、鉄の声が聞こえる。
「――まだだ。もっと叩け、もっと熱くなれ。夢に届くには、“熱さ”が足りねぇ」
火花が爆ぜるたび、彼の眼光が鋭くなっていく。
鍛冶場の空気は厚く、煙と汗が入り混じり、煤で黒く汚れた壁に、
ひとつの図面が張られていた。
それは――黒川真秀が描いた、“煙を吐く鉄の馬”の設計図。
蒸気の力で動く機関。馬を要せず、風に頼らず、人の意思と熱だけで進む鉄の化け物。
それを“現実”にしろというのだ。しかも戦国の世に、鋳鉄と水と火だけで。
普通なら鼻で笑う。
否、実際に清之助も最初は嘲った。「御大層な夢想図だ」と。
けれど、彼は手を止められなかった。
この図面は――“言葉”を持っていた。
それは「造ってくれ」と懇願する声ではない。
「貴様にしかできぬ」と挑みかかってくる、職人への挑戦状だった。
ふと、火床にくべられた炭の中から、“青い火”が立ち昇った。
この色――鍛冶師にとっての神の導き。
清之助は無言で火箸を取り、炭を寄せる。炎が吼える。
傍らには打ちかけ途中の鉄軸が横たわり、その先には、蒸気弁の原型となる部品が並ぶ。
すでに昼から立ちっぱなしだった。
膝は重く、肩は痺れ、指には感覚がない。
だが、火の前だけは、彼の血が沸く。
その姿は、まるで**“炎を纏った獣”のようであった。**
「……真秀様よ」
ふと、清之助が呟く。火に向かって、ではない。
背後の闇にいるかのように、主の名を口にした。
「俺はあんたみてぇに、未来なんて信じられねぇ。
信じるのは、“今ここにある鉄”だけだ。
けどな――その鉄が、あんたの描く未来に届くなら……」
鋼を掴み、金槌を構える。
打つ。ガン――! 火花が走る。
「俺の手で、あんたの夢、形にしてやるよ。
それが職人だろうが。“誰かの夢を、この世に下ろす”のがな」
叩くたびに、鉄が音を変える。
まるで、何かが目覚めていくように。
冬の夜の鍛冶場には、雪ではなく火の粉が舞い、
静まり返った城下町の外れで、ひとつの“未来”が、
いままさに――打ち上げられようとしていた。