表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/89

賀茂 清之助 外伝『炎の下に夢を見る――技術と鉄の職人記』序章:火花のなかの誓い

黒川真秀を支えた、越前の技術職人の物語です。

*序章:火花のなかの誓い


夜は深く、月は雲に隠れ、星の光さえ地に届かぬ――そんな越前の冬の夜。

だが黒川城下にある一隅の鍛冶場だけは、夜を拒むように明るかった。

火床ほどの中でうねる炎は赤く、そこに置かれた鋼は音もなく焼かれ、

炉に立つ一人の男――賀茂 清之助は、手にした金槌をわずかに握り直した。

「……まだ甘い。芯が緩む……これじゃ、“生きてる”とは言えねぇ」

鉄は語らない。

だが、清之助にとっては、鉄の声が聞こえる。

「――まだだ。もっと叩け、もっと熱くなれ。夢に届くには、“熱さ”が足りねぇ」

火花が爆ぜるたび、彼の眼光が鋭くなっていく。

鍛冶場の空気は厚く、煙と汗が入り混じり、すすで黒く汚れた壁に、

ひとつの図面が張られていた。

それは――黒川真秀が描いた、“煙を吐く鉄の馬”の設計図。

蒸気の力で動く機関。馬を要せず、風に頼らず、人の意思と熱だけで進む鉄の化け物。

それを“現実”にしろというのだ。しかも戦国の世に、鋳鉄と水と火だけで。

普通なら鼻で笑う。

否、実際に清之助も最初は嘲った。「御大層な夢想図だ」と。

けれど、彼は手を止められなかった。

この図面は――“言葉”を持っていた。

それは「造ってくれ」と懇願する声ではない。

「貴様にしかできぬ」と挑みかかってくる、職人への挑戦状だった。

ふと、火床にくべられた炭の中から、“青い火”が立ち昇った。

この色――鍛冶師にとっての神の導き。

清之助は無言で火箸を取り、炭を寄せる。炎が吼える。

傍らには打ちかけ途中の鉄軸が横たわり、その先には、蒸気弁の原型となる部品が並ぶ。

すでに昼から立ちっぱなしだった。

膝は重く、肩は痺れ、指には感覚がない。

だが、火の前だけは、彼の血が沸く。

その姿は、まるで**“炎を纏った獣”のようであった。**

「……真秀様よ」

ふと、清之助が呟く。火に向かって、ではない。

背後の闇にいるかのように、主の名を口にした。

「俺はあんたみてぇに、未来なんて信じられねぇ。

信じるのは、“今ここにある鉄”だけだ。

けどな――その鉄が、あんたの描く未来に届くなら……」

鋼を掴み、金槌を構える。

打つ。ガン――!  火花が走る。

「俺の手で、あんたの夢、形にしてやるよ。

それが職人だろうが。“誰かの夢を、この世に下ろす”のがな」

叩くたびに、鉄が音を変える。

まるで、何かが目覚めていくように。

冬の夜の鍛冶場には、雪ではなく火の粉が舞い、

静まり返った城下町の外れで、ひとつの“未来”が、

いままさに――打ち上げられようとしていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ