外伝:『スエズに道を刻む者たち』9 ー赤き月の会談 ― ソウザと真秀、因縁の邂逅
スエズの夜空に、血のような赤い月が昇った晩。町の外れ、風化した神殿跡の中庭に、二つの影が向かい合った。
一人は、黒川真秀。東洋から来た軍師にして、交易国家構想を進める男。
もう一人は、かつて長崎で南蛮交易を仕切っていたポルトガル人――ルイス・デ・ソウザ。
「……この地にまで足を伸ばすとは、相変わらずしつこいな、ソウザ」
「君に言われる筋合いはない、マホ。いや、今は“黒川真秀”か」
ソウザの声には皮肉と、滲む怒りがあった。
「お前のせいで、我らは日本の交易網から追われた。宣教師たちは切られ、商館は閉鎖され、我が同志は命を落とした者さえいる。……その報い、受けてもらうぞ」
真秀は肩をすくめた。
「報い、ね。だが俺は、日本を火と信仰の争いから救っただけだ。 お前たちが持ち込んだのは“商売”じゃない。“聖戦”だった」
「それが何だ。十字の下に秩序が生まれる。それが我々の“文明”だ」
「いや、それは“支配”だ」
二人の視線がぶつかる。
長い沈黙ののち、ソウザが口を開いた。
「この運河が完成すれば、東洋と西洋は直結する。君たちの勢力は、我らが築いた数世紀の海上覇権を崩壊させるだろう」
「逆だ。ようやく“対等”になるだけさ」
真秀は一歩、踏み出した。
「お前たちが怖れているのは、“交易”の失敗ではない。平等の成功だ。文化と文化が、国と国が、同じ目線で交わることがな」
ソウザの瞳が揺れた。
「……それでも我々は、引かぬ」
「ならば、道は別れる」
赤い月が、二人の間に差し込むように照らしていた。
「警備は強化してある。次に何か仕掛けたら、その時は本当に“戦争”になるぞ」
ソウザはマントを翻し、闇に溶けた。
残された真秀は、月を仰いで小さく呟いた。
「……願わくば、最後まで“言葉”で済ませたかった」
その晩、スエズの夜に吹いた風は熱く、そして重かった。




