外伝:『スエズに道を刻む者たち』7 ―砂漠に咲く技術学校 ― 千早の教育計画始動
試験通水の成功から一週間後。スエズの仮設宿営地に、ひとつの建設計画が立ち上がった。
それは、如月千早が提唱した“技術学校”の設立計画だった。
「運河は流れた。次は“知識”を流す番です」
千早の声には、熱意と覚悟が宿っていた。
黒川真秀は微笑んだ。 「君らしいな。“水”を通したと思ったら、今度は“学び”を通すのか」
千早は頷いた。 「技術は、道具じゃありません。人と共に育つものです。だから現地の子供たちに、仕組みを教える必要がある」
この提案に、オスマン副総督ユスフ・バシャも大いに関心を示した。
「我らが民も、灌漑や造船において知を求めている。異国の学び舎があれば、それは未来の財産となろう」
場所は、スエズ北岸の丘の上。視界の開けたその地に、木材と布で仮設の校舎が建てられた。
初日。
集まったのは、現地の少年少女三十余名。 言葉は通じず、顔には警戒の色があった。
しかし、千早は動じなかった。
「こんにちは。今日は、“水の流れ”について話します」
彼女は、手製の模型と絵図を使って、水門・ポンプ・堤防の仕組みを解説した。
ひとりの少年が手を挙げた。 「この“鉄の獣”は、どうして動くの?」
千早は笑った。 「蒸気、つまり“水の力”よ。火で水を熱して、その蒸気で機械を押すの」
目を見開く子どもたち。
やがて、砂を使った実験で小さな水路を作り、水を流すと歓声が上がった。
「わああ! 本当に流れた!」
「この溝、あの大きな運河と同じなの?」
「そう。仕組みは同じ。小さな実験が、大きな未来に繋がってるの」
それを見守る清之助は、隣の真秀に呟いた。
「おいおい……鉄の咆哮の次は、教師かよ。あの子ら、夢中になってるじゃねえか」
真秀は遠くを見つめながら答えた。
「これが、一番強い“輸出品”かもな」
夕刻、授業が終わる頃には、子どもたちは皆「センセイ!」と千早に呼びかけていた。
その声には、異国の隔たりも、戦乱の影も、なかった。
翌朝。
技術学校の門には、木板にこう記されていた。
『智泉院・スエズ分舎』
学びの泉が、砂漠の地に芽吹いた。
そして、その泉はやがて――この世界を潤す水脈となっていく。




