表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/109

第三章第三話:「マニラとスペインの思惑」

マニラの港は、活気に満ち溢れていた。スペインがフィリピンを統治する拠点として整備したこの都市は、南シナ海の交易の要となりつつあり、ポルトガル、イスラム商人、中国人貿易商、そして現地のタガログ人が行き交う国際色豊かな市場を形成していた。

黒川真秀は、慎重にこの地の情勢を観察しながら、スペインとの交渉の機会をうかがっていた。マニラの統治者であるゴメス・デ・ラ・トーレ総督は、アジア貿易における影響力を拡大したいと考えている。一方、黒川家は、日本の商圏を守るため、スペインの動きをうまく利用しながら、ポルトガルとバランスを取る必要があった。

*スペインの野望

黒川家の使節団がマニラ総督府へと招かれ、正式な会談が始まる。豪奢な装飾が施された広間で、ゴメス総督は穏やかな表情を浮かべながら、しかし明確な意図を持って口を開いた。

「黒川殿、遠路はるばるよく来られました。日本との交易には、我々スペインも大いに関心を持っております。しかし、単なる商取引ではなく、文化と信仰の交流こそが、真の発展をもたらすものと考えております。」

総督の言葉の意味は明白だった。スペインは交易の拡大とともに、日本での布教活動を強化したいという意向を持っているのだ。

黒川真秀は、これが一筋縄ではいかない交渉になることを確信した。ポルトガルは既に長崎で布教を進めており、織田信長はキリスト教に寛容な姿勢を取っているものの、宗教が国内の政治に影響を及ぼすことは望んでいない。ここで安易にスペインの要求を受け入れれば、織田政権内での黒川家の立場が危うくなる可能性があった。

「総督閣下、日本では信仰の自由が尊重されております。しかし、信長公の方針により、宗教活動は慎重に取り扱うべき問題となっております。」

「交易に関しては、両国にとって有益な形を模索したいと考えております。」

黒川真秀は、交易のみに焦点を当て、布教問題から距離を置こうとする。しかし、ゴメス総督も容易に引き下がるつもりはない。

「それでは、交易の条件について話しましょう。我々はマニラから日本へ、より多くの銀を輸出し、代わりに鉄砲や工芸品を輸入したいと考えています。特に、貴国の精巧な刀剣や漆器には非常に関心がある。」

交易品目としては悪くない提案だった。しかし、黒川家としては、単なる物々交換に留まらず、日本側の商業的な優位を確保しつつ、スペインの進出を抑える手段を探らなければならなかった。

*ポルトガルとの関係と駆け引き

黒川家は既にポルトガルとも交渉を進めており、スペインとポルトガルの対立を利用できる可能性があった。実際、ポルトガルはマカオを拠点に日本との交易を維持しつつ、スペインのアジア進出を警戒している。この点を突けば、両者の争いを利用し、黒川家の影響力をさらに強めることができる。

「興味深い申し出です。ですが、ポルトガルとの関係を考慮すると、貴国との独占的な取引には慎重にならざるを得ません。」

「そこでご提案ですが、日本とスペインの間に、新たな交易の橋を築くため、貴国の商人に優遇措置を提供する代わりに、布教活動を制限する形ではいかがでしょうか?」

黒川真秀は、商業の自由と布教の制限を交換条件にすることで、スペインの影響を最小限に抑えつつ、交易の利益を確保しようとした。

ゴメス総督は一瞬考え込み、ゆっくりと頷いた。

「なるほど、つまり布教は抑えるが、商業の自由は確保される、と。これは興味深い提案です。しかし、我々には別の懸念もあります。ポルトガルとの関係をどう調整されるおつもりですか?」

スペイン側もまた、ポルトガルの動きを警戒している。もし黒川家がポルトガルと組めば、スペインは日本市場で不利な立場になる。ここで黒川家は、スペインとポルトガルを天秤にかけ、より有利な条件を引き出すことが求められた。

*日本の立場を優位にするための策

黒川真秀は、スペインの思惑を逆手に取ることを決意した。

「ポルトガルとは、これまで通りの交易を維持する予定です。しかし、日本の市場において、どの国が最も有益な貿易相手となるか、それは今後の交渉次第でしょう。」

「つまり、スペインがより良い条件を提示できれば、日本との交易の主導権を得る可能性がある、ということです。」

この言葉に、ゴメス総督の目が鋭く光る。

「面白い。では、日本側が求める条件を教えていただけますか?」

黒川真秀は、ここぞとばかりに交渉を有利に進める。

「まず、スペインの船舶による日本向け交易の安全を確保すること。そして、マニラ経由の銀貿易を日本側が主導する形で進めること。これらが保証されるならば、スペインとの関係を深めることが可能でしょう。」

この提案が受け入れられれば、日本はアジア交易の中心としての地位を確立し、黒川家が主導する商業圏がさらに拡大する。

しかし、ゴメス総督が簡単に受け入れるはずもない。交渉はまだ始まったばかりであり、さらに多くの駆け引きが必要となるだろう。


次回:第三章第四話「海賊との対決」

黒川家の交易船団が、南シナ海で海賊の襲撃を受ける。ポルトガル、スペインのいずれかの勢力が海賊を利用し、黒川家の動きを妨害しようとしている可能性が浮上。黒川家は交易ルートの安全を確保するため、傭兵を雇い武装船団を編成し、ついに海戦が勃発する──。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ