第四章 第十三話「炎と知の世界航路」
天正十五年・冬の越前・黒川館では、外は霙交じりの風が吹き、庭の石灯籠には薄氷が張っていた。
だが館の中では、湯気の立ち上る茶と、火鉢のぬくもり、そして未来を語る熱気が充満していた。
黒川真秀の前に広げられていたのは、地球儀――そして新たに描かれた航路地図。
「……ここまで来た。我らはルソンを経て、琉球を抑え、大陸とマカオを結ぶ海の筋を押さえた」
如月千早がその地図に赤線を引いた。
「次はこれ。“世界航路”と名付けた大計画です」
その線は、琉球から南下し、スマトラ・モルッカ諸島、インドのゴア、さらには紅海を経て、アフリカ南端を回り大西洋へと至っていた。
「これが……“黒川式環世界海路”。行けるのか?」
賀茂清之助が地図を見つめ、腕を組む。
「海は行ける。だが、人がついてこられるかどうか……」
真秀は静かに言う。
「だからこそ、『我らが示さねばならぬ』。恐れずに、ただの征服者とならずに――『知の船団』として行く」
九鬼嘉隆が低く笑った。
「戦より怖いもんをやるつもりだな。異国と、言葉で渡り合うなんてよ」
「戦は、火薬で済むが、対話は心を燃やさねばならない」
千早が微笑みながら言った。
「それに、『あの船』も、ようやく準備が整いました」
嘉隆と清之助が同時に頷いた。
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【瑞鶴の、出航】
敦賀の湾に、新たな蒸気機帆船がその巨大な艦影を現した。
それは、黒龍を凌ぐ大きさと、さらに静音化されたスクリュー機関を備えた艦――その名は、「瑞鶴」。
全長:三十間(約55メートル)、三本マストに補助帆、
船体は三層構造、全周に圧延鋼板装甲を持ち、
艦内には電信室・医務区画・図書空間・語学指導室まで完備されていた。
「これは……軍艦じゃないな」
「いや、“未来船”だ」
その名のとおり、『瑞祥の鶴』が知の航路を開くことを祈って名付けられたのだ。
出航前夜、真秀は艦首に立ち、乗員たちに語りかけた。
「この船は、武器ではない。だが、剣よりも鋭く、火薬ではない。だが、火よりも熱く、言葉と知恵と誠意によって、海を開く――そのための船だ。我らがこれより目指すは、『地球を一周する言葉の架け橋』。行き先にはまだ敵もある。疑いも、無知も、羨望もある。だが、恐れるな。我らには、火を鎮める知がある。そして、争わずして勝つ“勇”がある」
船員たちは静かに頷いた。
誰もが知っていた――これがただの航海ではないことを。
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旅立ちの朝がきた。瑞鶴は、霧の中を進み始めた。
白煙が立ち昇る。機関がうなりを上げる。
港では、智泉院の子供たちが手を振っていた。
「せんせーい! 南蛮に勝ったお船ですか?」
「ううん。今度は、戦わずに勝ちに行くの!」
如月千早は船の甲板から手を振り、静かに答えた。
「そうよ。“知”で勝つの。誰も泣かせないで、勝つの」
船が、陸から離れていく。
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【エピローグ:異国の港にて】
数ヶ月後――。
アフリカ東岸・マリンディの港に、異様な姿の船が入港した。
舷側に“瑞鶴”と記されたその船体は、
イギリスの商人やアラブの隊商主たちの目を釘付けにした。
「……あれは、どこから来たのだ?」
「『ジパング』と名乗っていた。風の代わりに、蒸気で進む船だとさ」
「ありえん……船が、蒸気で?」
「いや、見たのだ。煙を吐いて、風をも超えていた――」
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【そして――未来へ】
この航路はやがて“黒川式航海網”として発展し、
各地に電信所と通商拠点が設けられ、世界に“知の潮流”をもたらすことになる。
そして後世の史書は、こう記す。
「炎の時代に、“知”の灯を掲げた男がいた。彼の名は、黒川真秀。
鋼鉄と信義の船に乗り、戦いを止める言葉を持って海を渡った」
第四章は完了となります。
これから、しばらく外伝を投稿します。




