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第四章 第十二話「捕虜たちの選択」

マニラ湾での戦いから一ヶ月。

捕虜となった南蛮士官たちは、黒川館に隣接する「学問所・智泉院」の一角――俗に『賓館ひんかん』と呼ばれる外交留置施設に収容されていた。

だが、それは『牢』ではなかった。敷地内には書物と絵図が並び、湯と食が与えられ、黒川家の若手文官や学者との『対話の機会』すら用意されていた。

それは、尋問というよりも、「思想と信念の交換所」であった。

________________________________________

1:帰還の道を選んだ者

ポルトガル軍副官・エステヴァン・コレイアは、無傷での帰還を望んだ。

「私は兵士であり、外交官ではない。報告せねばならぬ。あの船、あの言葉、そしてこの敗北を」

真秀はこれを受け、外交使節団とともに琉球までの護送を許可。

その後、マカオにて彼は回想録を書き、のちのポルトガル宮廷内における「黒川条約派」の台頭を間接的に後押しする存在となった。

________________________________________

2:滞在を選んだ者

スペイン人艦長・アントニオ・モリーナは、自らの意思で黒川領に“滞在”を申し出た。

「我らが仕えた国は、我らを棄てた。ならば、技術と誠実に生きる地に残り、学ばせて欲しい」

千早と清之助の立ち会いのもと、彼は造船所に出入りを許可され、スペイン人の視点からの艤装観察や航海日誌作成に協力。

やがて彼は「戦わずして技術を知る喜び」を語り、通商産業院における海上規律マニュアルの翻訳にも協力する。

________________________________________

3:改宗を選んだ者

修道士出身の砲術士官・フランシスコ・ペレスは、長く黙していた。

だがある日、智泉院の書庫にあった翻訳された仏教経典を手にし、ひとり涙を流した。

「……ここには、争わずして人の魂を問う教えがある。私は神に従う者として、己の恐れに屈していたようだ」

彼は仏門に入り、『法願ほうがん』の名を与えられた。

異国からの帰依者として、浄土宗寺院において布教を通訳する役を担うようになる。

その姿は、まさに「宗教戦争の外側で道を選びなおした者」として、のちに多くの者に語られることとなる。

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4:亡命を選んだ者

中でも特筆されるのは、先の尋問で沈黙を守った艦長――マヌエル・デ・シルヴァのその後である。

彼は釈放後、短期の謹慎期間を経たのち、ある日、書面を持って真秀に謁見した。

「私は、この国に残りたい。自らの信仰も名も変えぬまま、『この国に属さぬ者』として、未来を観察したい。私は敗者でありながら、あなた方の船が向かう先をこの目で見てみたいのです」

真秀はそれを聞き、こう返した。

「ならば名を記そう。シルヴァ殿、あなたは『渡海記官』となる。これより黒川家の航海記録を、第三者として書き綴っていただきたい」

マヌエルは無言で頷き、のちに『黒川式艦政記』という航海記を著すことになる。

それは後に“中立的視点から書かれた最古の黒川航路資料”として後世に残る名著である。

________________________________________

【その後、彼らは――】

勝者と敗者。

征服と対話。

剣と信仰、知と恐れ。

それらが複雑に交差したこの戦いの後、

越前の地に『第二の人生』を刻む者たちがいたことは、

何よりもこの戦の「『異質さ」――『人を殺すのではなく、人を変える戦い』」だったことを、静かに物語っていた。そしてそのすべての記録が、ひとつの名のもとに集められた。

『黒川館外記録帳・異人之部』――のちにこう記される。

「敵にして客となり、客にして友となる」


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