第四章 第六話「本能寺の変その後」
本能寺の炎が鎮火した後も、京の都には混乱が渦巻いていた。
信長の死は瞬く間に日本全土に伝わり、諸大名はそれぞれの思惑で動きを見せていた。秀吉は備中より迅速に軍を引き返し、柴田勝家もまた安土で兵を挙げる準備を整えている。明智光秀は本能寺の後、京の治安を回復すべく必死に動いていたが、その立場は日に日に危うくなっていった。
黒川真秀は、自邸の奥の間で刻々と届く諸国からの報告を前に、深い沈黙を守っていた。
その時、間宮時継が慎重に近寄ってきた。
「殿、羽柴秀吉殿より使者が参りました」
「すぐに通せ」
間もなく羽柴秀吉の使者が現れた。その表情には焦燥と期待が入り混じっている。
「黒川殿、秀吉様よりの伝言にございます。中国大返しを成功させるには黒川殿の経済支援が不可欠。何卒、織田家の安定のため、秀吉様へのお力添えをお願い申し上げます」
真秀は使者の目を真っ直ぐに見据え、はっきりと答えた。
「承知した。秀吉殿にお伝えせよ。黒川家は秀吉殿の動きを全面的に支援する。ただし、織田家の結束を乱す行動は決して認めぬ、と」
使者が深く頭を下げ去っていくと、間宮は小さな声で尋ねた。
「殿、秀吉殿は確実に天下を取りに来るでしょう。よろしいのですか?」
真秀は静かに頷いた。
「それは承知している。だが今、この混乱を迅速に収めるためには秀吉殿の力が不可欠だ。その上で、我々が秀吉殿をしっかりと支えつつ、影響力を持つ必要がある」
間宮は慎重に頷いた。
「では、柴田勝家殿はいかが致しましょう?」
真秀は少し考え、すぐに答えを出した。
「柴田殿にも書状を送り、『我々は秀吉殿を支援するが、決して柴田殿を敵とは思っていない』ことを伝えよ。あくまで我らは織田家のために動くと」
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数日後、羽柴秀吉は見事な速さで軍を率いて京へと戻った。そして明智光秀との決戦、いわゆる『山崎の戦い』が勃発する。
光秀の軍勢は秀吉の迅速な進軍に圧倒され、戦は短時間で終わった。
光秀は追われ、坂本城近くで討たれたそうだ。
こうして明智光秀の挙兵は潰え、秀吉が天下の主導権を握る道筋が明らかになった。
真秀は山崎の戦いの報を聞くと、静かに目を閉じた。
(光秀殿……あなたの覚悟と行動が、正しかったのか間違っていたのか、もはや誰にも分からぬ。だが、あなたが命をかけて問いかけたことが、確かに天下の在り方を変えたのだ……)
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戦の後、秀吉は真っ先に真秀を呼び出した。
秀吉は戦勝の勢いに満ちた表情で、しかし慎重に真秀に語りかける。
「黒川殿、このたびの迅速な経済支援、深く感謝申し上げる。そなたのおかげで天下は再び安定に向けて動き出すことができる」
真秀は秀吉の言葉を静かに受け止め、はっきりと答えた。
「秀吉殿、私が望むのは、天下の真の安定と繁栄のみ。それを実現できるのはあなたの力があってこそです」
秀吉は静かに頷いた。
「黒川殿の考えはよく分かっている。儂もまた、信長様の夢を継ぎ、天下を平穏に導きたい。そなたの知恵と経済力があれば、それが叶う」
その夜、秀吉と真秀は互いに深い信頼と尊敬の念を確かめ合った。
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その後、真秀は柴田勝家とも会談を設けた。勝家は秀吉への不信感をあらわにしたが、真秀は冷静にそれを諭した。
「勝家殿、今ここで秀吉殿と争えば、天下は再び戦乱に戻る。織田家の団結を守るためには、まずは協調が必要です」
勝家は珍しく、真秀の説得を静かに聞き、やがて頷いた。
「貴殿の言葉に嘘偽りはないと信じよう。だが、秀吉殿の動きを注視せよ。あの男の野心は、いずれ織田家を超える」
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こうして戦乱は一旦の収束を見たが、それでも天下の行く末には、なお不透明さが残っていた。
次は第四章 第七話「天皇の権威と黒川家の立場」




