第三章 第一話:「南の海への道」
*天正六年(1578年)初夏——敦賀港・黒川家本拠
南蛮貿易の独占を崩し、黒川家が新たな交易ルートを開拓する——そのための第一歩が、東南アジアへの進出であった。
俺は敦賀港に立ち、眼前に広がる海を眺めながら、新たな計画の構想を練っていた。日本国内の交易ネットワークはすでに確立し、明国との勘合貿易も成功した。次に必要なのは、日本と東南アジアを直接結ぶルートの確保だ。
「殿、琉球王国との交渉が進んでおります。」
藤堂宗春が報告する。
「彼らは、明国との中継地点としての役割を強めたいようです。我々が彼らと協力すれば、明国との交易をさらに安定させることができます。」
「なるほど。琉球を経由して明国との交易を円滑に進めるのは理に適っている。しかし、南の海を目指すなら、もう一歩踏み込む必要がある。」
俺は琉球からさらに南へと指を滑らせた。
「シャム(現在のタイ)とマニラだ。」
________________________________________
*琉球王国との交渉
黒川家の使節団は、琉球王国の首都・首里城へと向かった。琉球は薩摩の属国であるが、明国とも朝貢貿易を行っており、この時代の日本の大名たちにとっても重要な中継地となっていた。
首里城では、尚元王の側近である 蔡顕が出迎えた。
「黒川様の名は、すでに耳にしております。」
蔡顕は慎重な表情で言った。
「貴家は明国との交易を認められたと聞きました。我が琉球王国としても、その影響を無視することはできません。しかし……。」
俺は微笑んだ。
「しかし?」
「貴殿は、琉球を交易の中継地点として見ておられるのでしょう。しかし、我々にも考えがある。我々は単なる通過地ではなく、交易の中心としての地位を守らねばならないのです。」
「ならば、互いに利益を得られる形で協力すればよい。」
俺は扇を広げ、慎重に言葉を選んだ。
「我々は、琉球を通じて明国との交易を拡大することを考えている。そして、琉球もまた、日本と明国、さらには南蛮勢力との交易をさらに発展させることができる。」
「具体的には?」
「我々は、琉球を通じて東南アジアとの交易を試みたい。琉球がこれに協力してくれるならば、日本からの特産品を優先的に供給し、琉球経済の発展にも貢献できる。」
蔡顕はしばらく考えた後、微笑を浮かべた。
「……興味深い話ですな。我が王に提案する価値はあるでしょう。」
琉球王国は、日本と明国の間で微妙な立場にある。黒川家が琉球を交易の要所として確立できれば、日本の貿易基盤はさらに強固なものとなる。
________________________________________
*南蛮勢力の警戒
その頃、ポルトガルとスペインの商人たちは、日本の交易の動きに注意を向けていた。
「黒川家という大名が、新たな交易ルートを開拓しようとしている……。」
マカオのポルトガル商館では、総督ジョアン・メンデスが報告を受けていた。
「彼らが琉球を通じて東南アジアと結びつけば、我々の独占体制が揺らぐことになる。」
スペイン側もまた、マニラを拠点にアジア交易の拡大を図っていた。彼らにとって、日本の新たな交易ルートの確立は、既存の勢力図を変える危険な動きだった。
「このまま黙っているわけにはいかない。」
彼らがどのような動きを見せるかはまだ分からない。しかし、南の海は、これから新たな戦場となる。
________________________________________
*次の戦略
敦賀に戻った俺は、藤堂宗春、間宮時継とともに次の戦略を練った。
「琉球王国との協力は順調に進みつつある。しかし、南蛮勢力の動きを無視するわけにはいかない。」
藤堂宗春が地図を指差した。
「次に接触すべきは、シャムかマニラか……。」
「どちらも重要な拠点だが、まずはシャムだ。」
俺は即座に答えた。
「シャムは独自の強力な王権を持ち、ポルトガルとの関係も深い。しかし、彼らは交易の利益を何よりも重視する。黒川家が魅力的な取引を提案できれば、協力を得ることは可能なはずだ。」
間宮時継が微笑んだ。
「つまり、次の交渉相手はシャム王国というわけですな。」
俺は静かに頷いた。
「ここからが本当の勝負だ。」
東南アジアの交易ルート確立に向け、黒川家の新たな挑戦が始まる——。
薩摩ともめないように琉球とつきあわねばなりません。