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『蒸気革命』第六章(2) 「蒸気機関を作ろう(後編):金属が、自ら動く」

旋盤はロクロの形から、よく見知った旋盤の形になり、細かい目盛りの付いた精密なものが出来た。

この回転式水力旋盤によって、気密性を持つシリンダーとピストンが完成した。

摺り合わせることで鋼の筒の内側は滑らかに鏡の様に磨かれ、真円を保つ。外殻に刻まれた小さな目盛りが、“精度”という新たな言語を語るようだった。

ピストンも正確に磨かれ、ぴかぴかである。クランクシャフト等も完成し、形になった。

しかし、機関はまだまだである、蒸気を送り込むボイラーを作らねばならない。

金属に命を吹き込むもの――それが、蒸気の力だった。

黒川真秀は言った。

「これに魂を持たせるためには、その飯である蒸気を流し込めて膨らむ管と弁、それが必要だ。」

真秀はそう言いながら、図面を広げた。

そこには、ボイラー、給水管、逆止弁、安全弁、そしてピストン室が描かれていた。

「こうやって運ばれる蒸気の圧力が、この“鉄の心臓”を動かす。」

クランク軸とフライホイールの図を指し示し、

「そして、これでこの往復運動を回転運動にする」

________________________________________

ボイラーの製作が始まった。朝比奈重蔵が模型を手にしていう、

「この紙で作った模型の通り鋼板を丸め、リベット止めして円筒形に。内部に火床、上部に蒸気空間を設ける。だが、この鉄板がどのくらい保つか、圧力試験なしでは動かせん」

賀茂 清之助がいう「リベット穴のゆがみは千早の指示通り0.3分以内しなければならない。下手に火を入れりゃ、継ぎ目が避けて“鉄の花火”になる」

伊藤 百野がいう「蒸気漏れテスト用に、この石けん水を使いましょう。泡の有無で亀裂や穴の箇所が分かります。」

如月 千早は「蒸気の圧力はとりあえずは最大1気圧強(現代の1500ヘクトパスカル程度)でいきましょう。もっと上げたいけど、上限は2気圧で。それを越したときに開く安全弁というものが必要ですね」

黒川真秀は、現代の圧力鍋の笛吹き弁の話を持ち出した。

「こんな形で、蒸気が限界に達したとき、押し上げられる玉があれば爆発は防げる。作ってくれたまえ。」


朝比奈が言われて作ったものは、小さな銅球を乗せた浮上弁、重さでとりあえず内圧をコントロールするものだ。圧力が限度を超えると玉が浮き、蒸気を外に逃がす。

千早が評価する。「これで、炉は“破裂せずに済む”わね」


しばらくして、試作第一号が出来た。

工房中央に据えられたのは、高さ五尺の鋼製ボイラー。温度や圧力などのいろいろなメーターも作られ付いている。

傍らにはピストンと連結された往復運動用の連桿とフライホイールの試作機構。

それは、どこから見ても無骨な“鉄の塊”だった。

しかし、全員の目には、ただの機械では映っていなかった。

それは「火の意志」「水の声」「人の知恵」が封じられた、“未来の胎動”だった。

いよいよ火が入れられた。

百野の選んだ脂炭に点火され、ボイラーがゆっくりと熱を帯びる。

給水された内部から、“コポポ……ポポポ……”と音が響く。

千早「温度、上昇中。圧力計……0.7、0.8……限界域、目前」

重蔵「安全弁、良好。しまったままで漏れなし」

真秀「……では、弁を開け、蒸気力を送れ」

清之助がバルブを操作。

プシューとシリンダー蒸気が送り込まれた瞬間、ピストンが押され、

ガッ……ッッ……ゴン……

という重々しい音と共に、クランクシャフトが揺れる。

ギィ……ギィィィィ……ッッ!

フライホイールが回り始めた。

それはまるで、**“鉄が呼吸を始めた”**ような感覚だった。


皆、音もなく見つめていた。

ついに金属が、ただの塊ではなく、蒸気を食い、白い湯気を吐き、自ら動いた瞬間だった。

シュッパッ  シュッパッ  シュッパッ  シュッパッ 

規則正しく蒸気を吸い吐きながら、ピストンが動き、フライホイールを回している。

蒸気の送り込みを増やします。清之助がバルブをもっと開いた。

シュッパ シュッパ シュッパ シュッパ シュッパ シュッパ

回転数が上がってくる。

「圧力メーター正常。1.7気圧、 1.8気圧、 1.9気圧」

メータを読み上げる度に回転速度が上がっている。

「2.1気圧!」

プシュー

安全弁から、蒸気が排出された。

「安全弁も調子が良い」

「ボイラーの気室内圧力1.9気圧に戻りました。」

「シリンダーにも漏れはありません」

回転数が落ちてくる。

真秀が、静かに言う。

「よくぞここまで出来た。……これはまだ“始まりの鼓動”だ......だが、ついに我々は、“動力”という名の意思を持った力を得たのだ。あとは、この力を――どう使うかだ」

清之助はゆっくりと頷いた。

「なら次は――この“鼓動”を、“歩み”に変えよう」



次章予告:「第七章:蒸気で動かせ、未来の仕掛けたち」

•水車で動かしてきた鍛冶炉・ふいご・旋盤・織機・精米装置……それらすべてに、蒸気という脈動を与える

•鋳型機の高速化、工房の無煙化、都市の光景が変わり始める

•「静かなる革命」が、庶民の生活を変え始める瞬間へ――


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