『蒸気革命』第四章 「反射炉を穿て」
天正十二年・越前・黒川技術開発局
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その鉄は、美しかった。炉から流れ出た鉄を鋳型に流し込むとき、鉄の表面に浮かんだ光はまるで鏡のようだった。
だが、それは“未完成”の輝き。高炉で得たのはあくまで銑鉄、不純物を多く含む“重い命”だった。
その鉄をさらに精錬し、“刀にも橋にもなる鋼”へ昇華させる装置こそ『反射炉』である。
史実ではオランダの技術書を読んで、1849年頃から日本では作られた。
高炉で作られた銑鉄を再溶解する装置であり、1680年代にヨーロッパではいろいろな金属の精錬に使われていた物だ。
黒川真秀が一枚の巻物を広げた。
描かれていたのは、上部に燃焼室、中央に反射空間、そして下部に融解鉢を持つ構造――
「……これは、“火を曲げて、鉄を練る”炉だ」
賀茂 清之助が眉を寄せる。
「火がまっすぐ届かない……? それじゃ温度が下がるんじゃねぇのか」
如月千早が指を差す。
「違うわ。炎の“熱”だけを反射板で集中させて、直接火に触れずに鋼を育てるの。鍋じゃなく、“窯”で焼くってわけ」
朝比奈重蔵が図面をじっと睨みながら呟いた。
「……理屈は通る。だが、素材が持たない。反射壁が割れたら、温度が暴走してすべてが崩れる」
百野が静かに手を上げた。
「粘土に、“炭化貝灰”を混ぜて煉瓦をつくりましょう。光と熱を返す性質があります。」
真秀は頷いた。
「よしまずは試してみよう。」
反射炉の炉材は、越前の白粘土と百野が調合した反射材灰の混合で、内部は丸みを持たせ、炎が対流して鉢の中央に集中するように設計された。
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火入れは夜明け前に行われた。
朝の空が青くなる寸前、炉の内部に炎が吸い込まれる。
送り込まれるのは高炉で精製された銑鉄の塊。反射された熱が壁を這い、中心の鉢に集中していく。
千早が鉄の色で、温度記録を取りながら眉をひそめる。
「……温度が上がりきっていない。反射熱が分散してる」
清之助が叫ぶ。
「壁の一部、冷えすぎてる! 熱風が逃げてやがる!」
重蔵がすぐさま遮熱板を動かし、送風量を調整した。
それでも、炉内は不安定な熱流に揺れていた。
「やり直しだ。一旦火を落とそう。」
原因を調べた百野が言った。
「貝灰が不十分。湿気で熱が吸われてる。……“乾かした草灰”を補填して、輻射層を追加します」
千早が驚いて声を上げる。
「まさか……補反射層として草灰を?」
百野は静かに頷いた。
「試験で似た温度の反応がありました。薄く塗るだけで、熱の反響が安定します」
炉の外から、百野と助手たちが即席の草灰スラリーを作成し、予備反射層へ塗布。
三日後、再び火が入れられた。
千早が鉄の色で、温度記録を取りながら言った。
「色温度が前回より上がっている。良い感じだ」
その瞬間――
炉内の熱が、まるで音楽のように“響いた”。
中心部に置かれた鉄鉢が赤から白に、そして、青白く光る熱の中で、溶け出した鉄が鏡のように輝く。
千早が記録を走らせる。重蔵が冷却器を調整する。
火鉢を傾け溶けた鉄を流し出す。
百野がそっと、冷えた粘土型から鋼の塊を取り出すと、
「いい鉄だ……!」
清之助が呟いた。
「今度のは……ただの鉄じゃねぇ。“鍛えることができる”鉄だ!叩いてみたいぜ。」
鉄の表面には、まるで波のような模様が刻まれていた。
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火入れのあとの静けさの中、真秀は言った。
「反射炉は、“火の言葉を聴く装置”だ。直接叩かず、押しつけず、火の流れを“導いて”やる」
清之助が笑った。
「火に道を作るか。……なら次は、叩く番だな」
千早:「鋼板、ですね」
百野:「厚くて、折れにくいもの」
重蔵:「――圧延だな」
真秀は巻物を一つ開いた。そこには、棒材をローラーではさんで薄くする行程の図が描かれていた。
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次章予告:「第五章:鉄を伸ばせ、圧延機を作れ」
鋼鉄の棒材を作れれば、色々応用が利きます。
鋼を鍛造から連続生産へと進める画期的な“圧延工程”の発明です。