『蒸気革命』第三章「生きた鉄を生む、火の塔」
天正十二年・越前・黒川開発局試験炉建設地
――すべてはこのためだった。
火を封じ、鉄を溶かし、文明の骨格をこの国に打ち込むため。
黒川家の領内、山裾の傾斜地に、異様な構造物が建ち上がろうとしていた。
高さ六間(約11m)、底部にふいご口、側壁に観察孔。
それは“高炉”――火を以て鉄を生む、“火の塔”だった。
如月 千早の研究日誌には、
「明国の《景徳鎮冶金巻》、中原の鉄冶本《万金冶法録》、そして南蛮写本の《鍛鉄の記》より、三種の炉構造を解析。 焼結炉・下吹き炉・連続炉――いずれも理屈は明快、だが材料が見つかっていないしたりない」
こう書かれている。
賀茂 清之助は、明快に答える。
「なら、今あるもんで“百年後”のものを叩き出す。職人ってのは、“間に合わせ”を極めた奴が勝つんだよ」
工区責任者となった朝比奈 重蔵は煉瓦の工房に来ている。
「煉瓦の気泡率は、10分の1まで抑えろ。焼きむらがあれば、圧に負けて爆ぜる」
気泡率って何?という質問は許されない、焼き上がった煉瓦をたたいて割ってみて数えるしかないのだ。
伊藤 百野が配合した草木灰入りの耐火煉瓦は、意外な粘りを見せた。さすがは瀬戸物の産地直輸入の粘土である。
山師から提供された“赤土の火石”、そして百野が見つけた“川底の白粘土”が炉の内張りを支える。いわゆる耐熱モルタルである。
百野は、静かに記録しながらつぶやく。
「この土、火に当てると……音が変わる。熱の中で、“生きる”音がするわ」
とにかく高炉らしき物は完成した。
ついに火入れの日が来る。様子がよく分かる夕刻に実験は開始された。
鉱石、炭、粘土、ふいご――すべてが整い、あとは“火”を待つだけ。
水車で回るふいごが唸り、底部から送られる熱風。
筑前炭が燃え上がり、炉の中の鉄鉱石が赤く変わり始める。
輻射熱で、半端じゃない暑さのなか、汗を流しながら、如月 千早は観察口を遠くから見つめる
「朱から黄色、白い火です。還元反応が開始されたか……白煙から赤煙へ。鉄が、反応している」
重蔵が厳しく告げる。
「この圧で鉱滓が抜けなければ……炉が死ぬぞ」
耐火煉瓦は保っている。
清之助が、炉の下部にある「流鉄溝」へ目を凝らす――
そしてその瞬間が来た。
ゴォォ……ゴポポ……
そして、ついに――
ドロォォッッ……
オレンジに光る赤い鉄の“溶けた血”が流れ出した。
「……出た……!」
千早が、呟くように歓声をあげた。 百野が、両手を合わせて見守る。 重蔵が、寸分の狂いなく記録を走らせる。
そして清之助が――
炉の“叫び”を聴きながら、静かに言った。
「これが夢にまで見た溶けた鉄だ……血のように流れる。ついに鉄が命を持った」
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深夜、黒川真秀は、ほのかに赤く見える火の塔を見上げていた。
ここまで遠赤外線が届くのか頬に熱さを感じる。
「人は太古より火を恐れてきた。だが、その火で鉄を、鉄で国を、国で未来を動かせる」
巻物に書かれていた言葉を、ふと口ずさむ。
“火があれば、夜は終わる。鉄があれば、道ができる”
「この国は、走り出す準備を始めたんだ」
次章予告:「第四章:反射炉を穿て」
高炉の成果を経て、さらに精錬度の高い“鋼”を求めて反射炉へ。
幕末に出来たのだからできるはず。
頑張れ!越前の技術者集団。




