賀茂 清之助 外伝 第四話:鉄は命を救う
――『炎の下に夢を見る――技術と鉄の職人記』より
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越前・黒川城下。
春の雪解け水が小川に流れ込み、若草が地表に顔を出すころ。
村の鍛冶場に、悲鳴のような声が飛び込んできた。
「清之助様っ! 村の子が……水車に、腕が!」
鍛冶場で煙の具合を見ていた賀茂 清之助は、
槌を置くと迷いなく立ち上がった。
「どこだ!? 案内しろ!」
泥だらけの小道を駆け抜ける。
道ばたには冬の名残の泥濘がまだ残っていた。
辿り着いたのは、水車小屋。
そこで清之助が見たのは、泣き叫ぶ子ども――片腕を血まみれにして座り込む姿だった。
駆け寄った村人が口々に言う。
「水車に布が巻き込まれて、そのまま腕ごと――」
「折れてはいないが、関節が潰れておる」
「……もう、この子の手は……」
医者が来るまでに、と村人が応急処置をしていたが、
清之助は、それを見て、そして子どもの目を見た。
涙を流しながらも、必死に唇を噛んで耐えている。
まだ幼い少年だった。
「なぁ、坊主。痛いか」
清之助の低い声に、子どもはこくりと頷く。
その頬に、ひとすじの涙が伝った。
「俺が、“手”を作ってやる」
周囲の者は息を呑んだ。
だが、清之助の目はただまっすぐに、少年を見ていた。
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鍛冶場に戻るとすぐに、清之助は図面を描き始めた。
古びた木の机に、煤で汚れた指先で筆を走らせる。
「……この軸に、関節を。支点は……ここ。指は三本でいい。
いや、二本でも、“握る”ことができれば……」
深夜までかけて設計したのは、**“動く鉄の義手”**だった。
素材は折れにくい鋼と、柔らかな銅板。
関節の可動部には、古道具から外した鋲と、細工鋼を用いた。
そして、指の動きを補助するための“皮紐によるバネ構造”。
正直、医学でも工学でもない“職人の手癖”にすぎなかった。
だが、清之助は信じていた。
**「鉄は命を奪うだけじゃない。命を、“支える”ことができる」**と。
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完成までに三日を要した。
義手は重く、ぎこちなく、装着にも時間がかかった。
しかし――
少年の手に装着されたその“鉄の指”は、確かに、
村の老婆が差し出した小さな梅干しの壺を、ぎゅっと握ることができた。
「つかめた……!」
少年が驚いたように声を上げたとき、
清之助は、鉄の鎚でなく、己の胸を打たれた気がした。
その夜、鍛冶場の隅で火を見つめながら、彼はひとり呟いた。
「俺が叩いてるのは、刀じゃねぇ……“人の未来”なんだな」
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数日後、黒川真秀がその話を聞いて訪れた。
黒川 真秀は、静かに微笑みながら
「清之助。君は、また一歩“未来”に近づいたようだな」
「違ぇよ、真秀様。俺はただ、“今ここで必要とされたから、叩いた”だけだ」
「……それが、“未来”ってものだよ」
そう言って笑う真秀の目には、どこか誇らしげな色が浮かんでいた。
その日、黒川は新しい図面を置いていった。
“義肢の調整構造”、そして“筋力補助装置”の図面。
それは、さらに先を見据えた夢だった。
清之助はそれを見て、ため息混じりに笑った。
「……無茶ばっかり、しやがって」
けれどその夜、火床にくべられた炭が、
また一段と力強く燃え上がったのは――言うまでもない。
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このエピソードは後に、「越前義肢製作の起源」として記録され、
日本における初期義手・義足技術の萌芽とされる(※黒川史・未来史内設定)。
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