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もう一人の転生者



千寿は中御門家の娘として転生したが、前世では60代の夫婦であり夫がいた、還暦を迎えドレスコードでフレンチを堪能し、その夜は手を繋いで眠り目を覚ますと千寿に転生していた、では取り残された前世の夫はどうなったのか?


夫も不思議と同じ時代に転生していたが、千寿とは大違いの山奥の寒村とした集落に転生していた、その名は耕助という名で村にも満たない戸数の半農と狩猟の家に転生していた。

耕助の転生した集落は駿河国の小河内という大井川上流の標高700m程ある谷間の集落。

持田は田一枚の一反、取れる米は僅か5俵その内3俵は年貢として納める、残る2俵で祖父と祖母に両親と弟1人と妹が1人の7人での山暮らしという極めて貧困の農家に転生した。


耕助は前世では農機具メーカー○○マーにメンテナンス技術者として長年働き、家も兼業農家であり晩年は農家の育成技術者として働いていた、言わば農家の事なら何でも知っている専門家でもあった。

米だけではとても食べていく事の出来ない貧農家であったため、山村という立地を生かし農繁期以外はマタギとして主に鹿と猪を狩猟しての生計であった。


集落は15軒程であり似た様な山村の集落が幾つか合わさって井川村という単位になっておりその中でも山側の奥深い家が耕助の家であった、要は山の中にぽつんと一軒家という見捨てられたような環境で転生していた。


前世では子供の頃に冗談半分に昔の菓子だと言って食べた事があるどんぐり粉のクッキーが、この家では大切な食物だった、山栗を筆頭に木の実を三歳の頃より集める様にと家の周りで採取させられこの家では貴重な食料として食べていた。


木の実の『どんぐり』はその大昔から人類にとっては貴重な食料として縄文人以前より食べられていた、現代ではその栄養価が見直され販売されている。

耕助の家では秋口からは鹿と猪を狩るマタギとしても狩猟で生計を立てていた、簡単な言葉で言えば田んぼ一枚を持つ野人の様な家であった。


戦国時代と言うのはこんな山村であってもいざ戦となれば井川村の海野屋敷に農民足軽として村の男達の3割が交代で出張る事になる、駿河の海野家は信濃の豪族海野家から枝分かれした一族であり今川家に仕えていた、井川村は大井川上流に位置しており、甲斐の武田家が駿河に攻め入る際の最前線の監視の役目と道を封鎖する防衛の砦が海野屋敷である、武田が動けば50名程の海野家の侍と周辺の村から足軽として100名程が集められる。 ※ 海野家の枝分かれした家には小県の真田家がいる。



そして耕助は7才の秋を迎えた。


「父上! 本当に稲が増えたでしょう! 稲刈りすれば一俵以上増えておると思われます、これで少しは楽になるかと!!」


「確かに稲が頭を垂れ実がしっかり入っておる、稲の数も多いのがはっきりと判る、何度も言うから試して見たが驚きじゃ!!」


「どうして増えたのじゃ? どんな理由でこうなった?」


「あのように隙間を開け綺麗に植える事で風通しが良くなり、田からの栄養も万遍なく行き届くので実がしっかり実るのです、それと日当たりも良好となりますゆえ病になる稲が減るのです、人も同じです、狭い部屋で皆が一緒に窮屈に暮らしていては鬱憤も溜まります、稲も同じです」


「あっはははー、確かに家が窮屈になってしまった、寝床1部屋で7人では鬱陶しいな、あっははははー、お前も大きく成って来たゆえ寝床を増築するか? 耕次も菊も益々大きくなるであろう、それに米が1俵増えたとなればこれは凄い事だぞ!!」


「では裏山に寝かしてある杉で増築を致しましょう、新しく出来た部屋に爺様、婆様に寝て頂きましょう、窮屈な部屋では可哀想です」


「おう、それが良い!! 何やら希望が湧いて来たわい、収穫が楽しみじゃ!!」



耕助は前世での田植えが正条植えという方法が常識であったがこの時代は乱雑に稲を植える方法が常識であった、本来であれば種となる米も塩水選によって元気な種を植える事が一番なのだが、山奥に住む耕助の家では塩自体が貴重であり使う事は許されなかった、しかし2年がかりで正条植えをしたいと父親に頼み込んで初めての収穫で成果を得たのであった。


この時代もそうであるが男尊女卑の家父長制度の色濃い時代であり家庭の中では父親が絶対者であり、前世での知識があっても許しを得てからしか何事も出来ないというのが普通であり子供は労働力でしかなかった、耕助の家は山からのどんぐりを恵みとして食しているだけ貧困の家であったが代々狩猟も行う逞しい家と言えた。


この時代は年貢納めは家々で決められており耕助の家では毎年3俵の米が年貢となっており不作の時は鹿や猪などの干し肉も不作分として納め許して頂いていた、結果この年は正条植えによって1俵半の増加となり、家に残る米は3俵半となった、倍増に近い増と言えた。


耕作の集落では貨幣での経済は成り立っておらず、必要な物は一里程離れた井川村にある海野屋敷に行けば並びに二軒の店がある、一つは塩など生活必需の店と、隣には鎌などの刃物を売り修繕する金物屋の2軒である、店で品を買う場合は銭が無い場合は物々交換で仕入れる事になる、むしろ銭を持っている百姓は一部の名主や村長と顔役だけでそれ以外の百姓は物々交換で品を買っていた。


年貢を納めた後に米半俵で大甕おおがめ、塩、ノコギリ、古布(古い生地)、糸などを購入して父親と戻った。

家を増築する事は特に許可など不要であり、それぞれの家が自給自足であり他家の家を干渉する余裕もなく割り振りされている年貢を供出するだけで精一杯の生活でありそれが最下層の百姓と言う者達。



「父上その大甕で何を溜めるのです!? あっはははー気になるか! 今年は爺様にもどぶろく(濁酒)を進ぜようとな、米が増えたのじゃ、どぶろくの酒粕でお前達も甘酒を飲むが良い!! 」


「それは嬉しいですが、ちと甕が大きいのでは? 本当は父上が飲みたいのではありませぬか?」


「あっははははー、それだけ儂も米が増えた事を喜んでいるのよ、それと塩も多めに買ったゆえ、お前が言っていた元気な種選びに使うが良い、それにしても楽しみな正月を迎えられる、耕助には感謝じゃな!」



米が増える、同じ田から1俵半増えると言う事は宝くじに当たった様な物と言えた、父親が喜ぶのは当然である、1俵半とは約90キロ米を手に入れた事になる、例年2俵120キロがこの年は3俵半の210キロとなったのである、米を主食とする日本では大人が食べる年間の米は約1俵と言われている、1俵で米1000合の計算になる、耕助の家は大人が4人、子供が3人、という事で米だけでは全然足らない、この時代の百姓達は麦と五穀という穀物を混ぜた芋粥が普通であり、米は高価であり多少混ざった米が食べれれば良い方である。


例年には無い豊かな正月を迎えた2月、田植えに向けての土お越しが始まる、固くなった土を掘り起こす作業であり土地に空気を入れ微生物のバクテリアを活性化させる為にこの上なく重労働の作業と言える、馬や牛などの農耕馬もいない百姓達に取っての田植えは自分の命を注ぎ込む重労働の連続となる。

貧農の農家に転生した耕作は父親に認めてもらった事で次のステップを提案した。



「父上! 田植えが終わりましたら自分を駿河の海に連れて行って下され!!」


「えっ! 海じゃと? 行くのは良いが往復で5日もかかるぞ、何しに行くのだ?」


「父上と私で塩を作りに行きましょう、村で買うには高価であり、米と交換するのでは勿体なくて仕方ありませぬ、父上と駿河の海に行けば米を使わずに倍は得られるでありましょう!!」


「う・・・お前は潮の作り方を知っておるのか?」


「はい、窯で土鍋で駿河の水を煮れば良いだけです!」


「良くしっておるのう、誰に聞いたのじゃ!!」


「誰にも聞いておりませぬ、芋粥を作る時に塩を少し入れております、食べ終わった後の鍋には粥のかすと塩が付いております、それと同じです、駿河の水を煮れば塩が作れます!!」


塩の作り方を最初から知っている耕助ではあるが前世での転生した記憶を話す事は出来ない以上、あたかも観察した事で予想できる話をするしか無かった。


「確かに我も聞いた事がある、耕助と一緒ならば持ち帰る事が出来るかも知れるのう・・・よし田植えが終わった後に駿河の海に行って見ようでは無いか、塩を買わずに済むなら・・米で交換せずに済むなら大儲けである、何を持って行けば良いであろうか?」


「土鍋と水桶と塩を入れる塩壺があれば、それと道中に食べる食料かと!!」


「それだけで良いのか?」


「折角ですので、干し肉を持って魚と交換してきましょう、海魚を食べた事がありませぬ、父上は如何ですか?」


「あ~何度か食しておる、戦で駿府まで行った時に塩の味がする焼き魚を食した、実に旨かった、あの魚を食べれるとなれば・・・どぶろくを持って行きたい処だ!!」


「干し肉と交換すれば良いでは無いですか、この山奥から濁酒を運ぶなど大変です、それに私はまだ飲みませぬ、父上の為に重い荷物を背負う訳には参りませぬ!!」


「あははは、それは冗談よ、確か海の者は干した魚を食べておった、日持ちすると海の足軽達が持っておったな、その魚と米を交換したのよ!!」


「では米も少し持って行きましょう、干し魚と交換もして参りましょう、さすれば爺様達も母上も喜びましょうぞ!!」


「川魚のカジカも囲炉裏の上で固干しすれば何年も腐りませぬ、海魚もきっと同じかと、味は落ちますが、囲炉裏干しすれば良いかと思われます!!」


「お前はよう見ておるのう、あの囲炉裏の上で固干ししているカジカを温めた濁酒に入れて飲むと身体がホカホカして来るのよ、そりゃもうたまらんという味にもなるしのう、良く知っておったな!!」


「そりゃ父上を見ていれば判ります、爺様もこっそり嗜めている時を見ております!!」


※ 海のない地域ではカジカを干した干物を酒に入れて飲むカジカ酒が居酒屋で時々あります、魚の出汁が利いた絶品の熱燗になります。



2月から徐々に田植え準備を行い、3月下旬に塩水選を行う耕助。


「この塩水に漬けた種が沈みました種を稲として使うのです、浮いている種は実が軽く弱い種です、元気な種は実が重く沈んでいるのです」


「ほう~相変わらず物知りよ! その種を使うたげか? それだけで米が増えるのか?」


「昨年より増えるかと思われます、田が1枚なので少しでも増えれば儲けものです」


「田を増やす事は出来ても大変だぞ、畑と違って泥が必要じゃ! 爺様も作ろうとした事があったようじゃが、泥が足りなくて水が全部吸い込まれたと、それで断念したと言っていた」


「では田1枚ではなく半分程であればどうでしょうか? 谷水が湧ている処に粘土が沢山あります、それを泥に変えてやれば水が吸われないかと、田が半分増えるだけで毎日濁酒が飲めますぞ父上!!」


「儂を説得する為に濁酒を出すとは、これは笑えた、仮にあと1俵増えたとすれば相当なもんだぞ、1俵半増えただけでいろいろな物が買えたし、芋粥に米が沢山入るようになった、飯が美味しくてたまらん、後で爺様と相談して見るか、儂とお前だけでは大変だ、先ずは田植えじゃ!!」


無事に田植えを終え駿河の海に出立した二人、果たして塩を手に入れられるのか?


前世での妻は公家の娘に、夫は貧農の農家に転生、この二人交わる事はあるのであろうか?

次章「塩」になります。

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