魔窟
寿桂尼は耕助と地図を睨めながら前世の知識と問答するようにこれから起きるかも知れぬ予測を立てていたがもはや前世の知識とすり合わせる事で混乱した予測結果となる事に耕助より冷静になるように諭されていた、前世での戦国時代を詳細に知っている事で寿桂尼は混乱している、それよりも今起きている事象を冷静に見る事で次に何が起きようとしているのかを判断した方が正解に近いと諭されていた、その事も理解している寿桂尼であったが、その事象から先に起こる正解すらも中々導き出せていなかった。
「洋一さん《前世での耕助の名前》の言っている事は確かなんだけど、どうしてこんな事に一体誰が・・・差配・・・これから先・・・!?」
「玲子さん《前世での寿桂尼の名前》は誰かが策動していると? 私達の知る者がいると? そう判断しているのですか?」
「三家を動かせる人物が居なければこれ程早く六角が追い詰められているという事は・・・何かが動いていると思えるの、六角が去れば次は三好と直に三家は遭遇するだろうけど今の三好は大物だよ、朝廷を支えている実力者との遭遇が迫っているという事だよ!!」
「帝が後ろから誰かを使い手引きしているとかはありえない?」
「それなら私の情報網に引っかかる筈だから帝は関係無い、けれど相当な実力者が三家を策動してる筈よ、そうで無ければこの時点で美濃の斎藤義龍まで動くとは、史実に全く無い出来事だよ!!」
「でも史実では義龍は若くして病死するけど!?」
「それは前世で父親の道三と権力移譲に固執した道三との親子関係が崩れ結局斎藤家は下剋上の内乱に発展し息子が道三を殺したから、その道三側の忠臣によって毒殺説もあって表面上は病死となったのかも知れないんだよ、今世では父親の道三とも関係は悪くなく寧ろ二人三脚で斎藤家は信長と手を組んでいるから早死にしないと思うよ!!」
「義弟の浅井まで一緒に動いているから・・・三好の前に六角を倒した後に力を増大させた、織田、斎藤、浅井の連合が今川に向けて動く事はないの?」
「洋一さんが言うようにその線も残っている、けれど私達今川を相手にするにはまだまだ力不足だよ、三好とは互角に戦える力にはなるだろうけど今川に矛先は向かわないかな、仮に今川に向かって来たら、昔の縁をたよって三好と挟撃して信長達を懲らしめてあげるよ!!」
「ではこのまま追い詰められた六角が三好と手を組む事は考えられない? そうなると結果が読めなくなるかと?」
「史実と違い過ぎて私にも益々読めない展開に!! あ~頭が痛い!!」
三河以北の関東が戦国期の中でほぼ戦の無い平穏な安定期に入ったと言えたが史実違う事が尾張、美濃、近江で起きていた、史実では信長と後に対立する斎藤龍興が手を結び両家が浅井家を支える形で従属同盟者の六角を浅井が裏切り戦を仕掛けたのだ、当然裏切った浅井を懲らしめる為に両家は戦となったが、主不在となった観音寺城に織田、斎藤両軍によって城が攻撃され、さらに野戦で六角軍は挟撃された事で防戦の模様となり大家六角家が徐々に苦しい展開になっているとの報告を受けた寿桂尼であった。
史実にある意味似ている動きだが三家が手を取り六角攻めを行うにはそれを策動する者がいる筈だと探るもその相手が見えて来ない事に自分の知る歴史と違う事が起こっていると不安を羽鳥耕助に吐露する寿桂尼、当然と言えば当然と言えた。
「玲子さん他に西国の動きは、私達の知る前世と同じ動きなんですか?」
「まだはっきりと言えないけど、服部衆の報告だとほぼ同じようなんだけと、しかし前世での暦より早く動いている感じなの!? 特に毛利の動きが数年は早い感じなの、史実が年代を間違っていたのか或いは今世での動きが史実より早いのかは不明だけど刻が速く動いている感じ!!」
「そうなると・・・一向の死兵が気になりますね!! 京は危険ですね!!」
「今の所三好が将軍と帝を支えている様だから一向門徒が暴走していないけど史実では宗教勢力も敵対する他宗との僧兵同士で至る所で殺し合いが始まるから信虎がいる京屋敷に兵1500を預けているのよ、一応屋敷には深い堀を廻らして作ってあるから1500もいれば充分かと思うけど!!」
「東北はどうなんでしょうか?」
「ほぼ史実と同じだね! 伊達、南部、津軽、最上、その他国人領主多数が鎬を削っている所だね!!」
「それだとこれからの10年で伊達が伸びて来る頃合いなんですね!!」
「そそ、そんな感じかな!!」
「だとするとやはり織田、斎藤、浅井の動きが気になりますね、朝倉はその連合に入って来ないのですか? 史実だと朝倉も浅井と一緒に動くと思いますが?」
「朝倉はそれどころじゃないのよ、一向の死兵と長尾景虎と戦中よ!! 外に出る余裕なんてどこにも無いって感じ、武神の朝倉宗滴が健在だからなんとか持ち応えているって報告が入っている!!」
「朝倉と言えば宗滴ですからね!!」
「ここからは勝手な予想になるけど、織田の三家連合が六角を破ると次は三好と対治する事に、織田側の三家と全面的な戦に発展する事は充分可能性がある、そしていざ合戦と成れば、勝った側が朝廷を支配する方向になるかと!!」
「私の予想もほぼ同じだね~! 問題は史実の知識が通じない場面がこれから沢山事象として現れて来るって感じなのかな?」
「う~私達の知る歴史が変化している事は確かでしょうが、これまでの処登場して来る人物にほぼ変化は無いかと、私達の知っている歴史登場人物の性格を読み取る事で事象は違ってもその人物がどう動いて来るか予想が出来そうですが? どうですか!!」
「えっ! そうよ! その通りよ! 登場する人物が同じならその者達の性格を私達は知っている!! 知っていると言う事は仮に信長側が勝てば次にどう動くのかという予想が出来るね、史実と違う現象が現れても私達なら対処出来る、いやむしろこれからも先手を打てる!! 何れ織田、斎藤、浅井の三家を動かしている者も判明するだろうし、その人物もきっと私達の知っているキーマンの一人だよ、知っている者達であれば不安に感じる事は無い、洋一さんが、ごめん耕助殿が進めている開発が完成すれば二手、三手先に進める、西側がどう変わろうと私達のアドバンテージは変わらないね!!」
「いつもの玲子さん、いや寿桂尼様に戻りましたね! 私の方の開発は試作品なら完成しています!! 今はそれを使って例の物を作っています、それが量産出来るにはまだ時間が必要ですが今月中にはサンプルが出来ます、大量の火薬の目途も付いているので何も焦る必要はありません、今川は今川の道を進めばいいのです、もう少しお待ち下さい!!」
史実と違う事象が起こり始めた事で不安が走る中、前世での夫であった耕助の助言もありいつもの自信にあふれた寿桂尼に戻っていた、しかし史実と違う事象を手の駒として動かしている者がいた、その者も史実に登場する大物と言えた。
── 魔窟 ──
「宰相様!お見事です、三家を操り六角に戦を仕向けるとは、六角は窮地に追い込まれております、予定通り手助けを行いますのでしょうか?」
「あははは、そちにも麻呂の腹は読めぬか! まあ~それも当然であろう、六角を弱らせ麻呂の手駒と致す、さらに織田、斎藤、浅井には褒美を与え、三好と戦わせることで両者の力を削る事で互いに弱るであろう、そこへ麻呂が又もや手助け致す事で三好も織田、斎藤、浅井を手駒と致すのだ、さすれば後は毛利だけよ、その毛利にも餌を与え石高を増やし、調度頃合いとなった処で毛利も麻呂の手駒と致すのだ、そちには働く場があって良いであろう、その為に態々麻呂の縁戚と致したのじゃ、百姓の身分では麻呂の役には立たぬであるからな!」
「ははっー、某中村は宰相様に帰命しております、この命を捧げて働きまする!!」
「おっほほほほー、そちの諸国を歩いた知識を活かし拾い上げた恩は海よりも深い、何れ麻呂が天下を差配した暁にはそちを正式に公家として身代を格上げ致そう、雅なる世を送る事が出来るであろう、百姓ゆえに誰もそちの出自を知らぬ、その知らぬという事が麻呂の手にかかれば国持の当主であろうとも、そちが訪ねれば会わねばならなくなる、麻呂の力を戦国の世に示しめす為に敢えて百姓であったそちを拾い上げたのじゃ!! そちは麻呂の直臣の手駒ぞ!! 織田、斎藤、浅井、六角、三好、毛利に麻呂の手駒として武家に命じるのじゃ、百姓であったそち中村が麻呂の手駒として命じるのじゃ! 面白い話であろう、あっはははははー!!」
史実と違う事象を作り上げていたのはこの宰相と呼ばれている者であった、この者こそ戦国期を欲望の為に渡り歩いた近衛前久であった、この年に右大臣を経て関白に就任しており、そして配下の者は百姓の出自で中村と名乗る者こそ、史実では後に天下人になった豊臣秀吉であった。
近衛家とは帝を作り上げた公家の中の公家であり帝を支える五摂家の頂点の家である、帝に一番近い家こそが近衛家であり天皇家と密接な地縁関係で築かれた日ノ本で2番目の力ある家と断定出来る極上の大家と言えた、寿桂尼の出自である中御門家は実務における大納言を務め輩出しても家格には天と地の差があると言って良い、その関白近衛が西国の武将達を操り天下を手中に治めようと動いていたのである、決して表には出ず、百姓の秀吉を手駒として使う為に、秀吉に近衛が仮親として名字拝領を行い、中村日吉と名乗らせ武家の家々に近づかせ動かしていたのであった。
近衛の企みは東側の今川をはじめとした、北条、長尾を操ろうにも戦は止んでおり入り込む隙が無かった、そこで領地拡大に鎬を削る織田、斎藤、浅井に目を付け、六角と敵対させる消耗させる中で朝廷の権威を使いそれぞれの家を近衛の手駒にするという企みであり、やがて西国の武家を手中に治め、帝を動かし東国の武家達も近衛の手駒にするというのが大計であり、その行き着く先に自らが帝になるという究極の目的があった、但しこの事を知る者はまだ誰も存在していない。
近衛前久の野望は史実においても似た動きをしている、戦乱に明け暮れる鬼畜と成る戦国期に関白でありながら帝の側を離れ、関東管領上杉謙信に近づき、時には織田信長の側近として朝廷側に敵対しているかの如く不可解な行動を取っている。
一説によると信長は朝廷の仕組みを破壊し新たな権力機構を作る為に帝を廃し、西洋に見習い国王という王国制度を取り入れようとしていたとする説も存在する、その朝廷側を動かし利用する為に近衛と近づいたと言う説もあると言えた、しかし、近衛も実にしたたかな関白であり本能寺の変で信長を殺す奸計を行った主要人物と言う説もあり、事実そのように動いた証拠も残されている、果たしてこの史実と異なる戦国期に秀吉も登場した事で役者は揃ったと言える。
なんか私的に面白なって来ました。
次章「京の異変」になります。




