なぜ私が転生なの? ── 少年少女編
投稿作品『那須家の再興 今ここに!』の続編かと勘違いしてしまうが、全くの別の作品となり新作です。令和時代に生きていたおばさん玲子が過去の世界に転生してしまう、史上初の女将軍誕生という野望を懐く千寿の物語です。
ドレスコードで生まれて初めて夫婦で訪れた三ツ星の本格フレンチを堪能し共に還暦を迎え様々な出来事を楽しく語り昨夜は久しぶりに手を繋いで就寝・・・・したはずなのに? ・・・えっ! これって転生という言うラべノ物の異世界物語なの?
翌日目が覚めて横を見るとそこには大人の女性が寝ていた?・・・・夫は・・・反対側には知らないおじさんが寝ていた・・・?
驚きの余り声も出せずに焦りまくりそっと逃げだそうとしても寝返りも出来ない玲子、それは当然であり生まれてまだ数ヶ月の赤ちゃんだったのだ、言葉もあぅあぅとか、う~う~しか言えないやっと首が座った赤ちゃんであった。
昨夜の事やこれまでの事を思い出し、玲子は冷静に考える、昨夜は本格フレンチを食べ夫と就寝した夜に残念ながら亡くなったのだと理解し、そして新しく生を受けたのだと理解したが、ここは何処? 日本らしいけど? ・・・そして半年が過ぎハイハイが出来る頃に衝撃を受ける、え~え~ここは過去の世界だったのかと、それもテレビも電気もラジオもねぇー古い時代であった事に衝撃を受けハイハイの途中で気絶した玲子であった。
あの気絶から2年が経過した事で家の中をある程度自由に動けることになり、様々な情報を入手し自分の置かれた立場を理解し数年がさらに経過した。
私の名前は千寿貴族の娘5才、貴族の階級は名家ではあるが父親は内政の官僚トップの地位にいる権大納言という関白、大臣の次に値する超エリートであった、住いの屋敷は内裏という帝が住む平安京の区画の一角にする高位の貴族であった。
父親の名は中御門 宣胤藤原北家勧修寺流中御門家当主、官位は後に従一位まで上がる、現在は正二位の権大納言であり現代の副大臣、祖父である中御門明豊も優秀で権大納言であったという名家の中ではピカ一の貴族の家であった。
母親の名は甘露寺朝子、この甘露寺家も名家で父親の名は甘露寺親長、同じく権大納言の娘が母親である、要は権大納言の家同士の息子と娘が結婚し、娘として生まれたのが千寿の私であったという、まだ5才でもあるにも関わらず婚姻の話がちらほら舞い上がっている様である。
そしてもう一つ分った事は、今は文亀4年《1504年》であり戦国時代に突入していたという恐ろしい時代であった。
私は前世での記憶があり何を隠そう歴オタ、専門は戦国期であり、何の因果で転生したのかという不思議な国のアリスちゃんの様に世間を巻き込み暴れていく事になる、そして一番恐ろしい史実に気付く事になる、私が大人になり、婚姻を結び愛の結晶となって生まれて来た息子の名前が『義元』であった、そう誰もが知っている今川義元、信長に殺された義元が私の息子であった事に気付いたのである、そうです私の名前は戦国史に燦然と輝く不幸な尼将軍『寿桂尼』だという事が判明した。
史実における寿桂尼は今川家を亡き夫に代わり家を支え今川家最大の栄華を極めるまで発展させ導いた戦国期の女傑、しかし、息子の義元が信長に討ち取られてより坂道を転げ落ちる様に衰退していく事に、息子の後を継いだ孫の氏真が暗君の中の暗君という事で皆が離れて行きあっという間に今川家は滅亡して行きます、あ~幼い私に何が出来るのか、嫁ぎ先を他の家に・・・出来ない物か、はたまた史実を変える事は出来るのか? 5才の私に一体何が出来るのでしょうか?
そんな物語がスタートします、はてさて困った物語、大暴風の戦国サバイバルが始まります。
── 時代背景 ──
織田信長も武田信玄も上杉謙信も登場していない戦国期前期の1500年初頭は応仁の乱が終息し
後土御門天皇が即位するも朝廷の財政はひっ迫しており即位式も出来ずにいた、将軍家である足利家も乱による影響で力を失っており日ノ本の中心である京は荒れ果て五摂家である高位の公家でさえ糊口を得る為に右往左往する始末であった、朝廷が力を失う中、地方の豪族は領地拡大の生き残りを図るべく応仁の乱を契機に群雄割拠の戦国サバイバル時代に突入、力ある豪族へ身を寄せるべく公家社会においても武家との結びつきを強固にしていきます。
武家社会でいち早く戦国時代に突入した京の地は細川家の内紛、阿波の国から進出して来た三好一族により本来であれば第十一代征夷代将軍足利義澄が乱を平定すべきであるがその実態は細川一門の傀儡であり力もなく何も出来ずにいた、他にも京には所司代という治安警備の警察組織も存在していたがその組織ですら応仁の乱にて瓦解していた、そのような状態であれば当然朝廷の力も日に日に衰え行うべき各種行事も先送りされていた。
大臣格の中御門家であってもそれは例外では無かった、帝を支えるという重要な役目柄であればこそしっかりとした後ろ盾が必要に迫られていたと言えよう。
何はともあれ京の都は荒れに荒れている嵐の只中に千寿は誕生した。
しかし権大納言という大臣格の家であり近くには荘園もあり何とか石高を得る手段もあり中御門家は静かに嵐の去るのを待つしか無かった、ところがその中御門家に大事件が襲い掛かる、千寿は未だ6才の時であった。
── 乱取り事件 ──
この日は正午を過ぎた頃より千寿の住む館、中御門家では突如雷鳴がなり響くが如く誰もが悲鳴を上げ右往左往していた、夕刻には騒ぎを聞きつけ中御門家の当主、父親の宣胤も髪を振り乱し内裏より帰宅し、妻と共に居間にて震え上がっていた、千寿も泣いている侍女達に囲まれ唖然としていた。
「一体どうしたのじゃ?、何故父様も母様も泣いておるのか? 千草よ妾に説明をしてたもれ!」
「皆が泣いているのはお家でお持ちの田畑が荒らされ稲を全て盗まれたと・・・収穫目前の米が盗まれ先行きが経たなくなったと嘆いているのです、権大納言様も今は途方に暮れておりお母上様が御慰めしている所です」
「その様な事が起きたのか、では館には後幾日程の米があるのであろうか? 」
「賄い方の話では半月分程だそうです」
「では急ぎ手当せねば・・・妾の米が盗まれるとは・・・ (許せん!!) 」
その日の夕餉を終えた後に父親のもとを訪ねる千《千寿》であった。
「何用か!! 父は忙しいのだ、用向きがあるなら母上に言うが良い!!」
「父上様少しだけ・・米を盗んだ者達は誰であるのかお判りなのでしょうか?」
「判っておるが・・武家の者達じゃ・・・手が出せぬのじゃ・・・今は米の手当算段に忙しい‥千は母上の処に行くが良い!」
「判りました、父上様、千に考えがあります、お任せ下さい。」
やはり狼藉におよんだ者達は武家の者達という事に納得した千、歴オタの千に取って今の京の状態は手に取る様に解っていた、その武家という言葉だけで相手の正体を見抜いた千であったが、武力を持たぬ公家であり権威だけがある朝廷の社会、その権威を最大限生かして千が宣戦布告する事を決意した。
── 直訴状 ──
「何じゃこれは・・・何故儂にこのような直訴状が届いたのじゃ!!」
「それがこないだの評定で殿が明年に備え軍備を整えよと発した事で一部の者が収穫前の米を乱取りしていたようなのです、よりによって三好の幟旗を背負っての乱取りだったとの事です、そこでその直訴状が届いたと言う訳であります」
「うむ~・・その様な事、捨て置いても良いが・・権大納言の娘からの直訴状・・・どうすれば良い?」
「帝にこの事が伝われば今後の事を考えれば良い事はありませぬ、取り合えず見舞いに米を少し返却すれば解決しましょう」
「うむ、大事の前じゃ、取り合えず穏便に誰かを遣わせよ!」
「解り申した」
千は盗まれた米を取り返すべく三好家当主・三好之長に権大納言の娘という立場を利用し怒りの直訴状を出したのであった、父親の知らぬ処で勝手に出した直訴状であった、父上がこの直訴状の事を知れば必ず制止され折檻を受ける事間違いなしであり、仮に三好家が怒り罰を与えようとしても直訴の事を知らぬ中御門家には害は及ばないであろう、何しろ齢6才の娘が相手であればなんとかなるであろうとの楽観的な観測のもと出した直訴状であった。
ここで中御門家について述べる、応仁の乱以前には荘内《福井県》の阿久和・柚尾(湯尾)・宅良等の地にも荘園として領地を持っていたが乱により何時しか朝倉家の領地となり今は大内裏近くの村にある荘園にて100石程《250俵》しか米としての収穫は無く、とてもでは無いが家を維持する費用は賄えず、多才であり優秀な官僚として地位もある事で有力な商人等へ詩を贈るなどして返礼として賂を頂き家計を維持していた、そこへ来てその貴重な100石もの米の手当てが出来なくなれば侍女及び下男下女への給金となる支払いも出来なくなると言う一大事であった。
そもそもではあるが、応仁の乱ってなんなの? と言う戦国時代の原因はどうして起こったのか? という処を理解しないとスッキリと戦国物の作品を面白く読めない点がある、ここで少しおさらいをしたい。
時代は足利幕府の時代であり室町時代と呼ばれている時です、時の将軍は足利尊氏より始まり、千寿が誕生した1500年時の将軍は第十一代足利義澄であるが足利家はお家騒動の余波が大きくて混乱している状態、そもそもの戦国時代の幕開けは足利将軍家のお家騒動から始まったとされる、要は後継者問題によって時の有力者達も足利家の後継者をめぐって西と東に分かれて戦に発展した事で戦国時代の号砲が鳴らされたというのが大まかな説明で良いかと、全ては将軍家である足利による政治の失敗のツケが100年以上続き一説では100万人以上の死者が出たとされるのが戦国時代です。
── 千の腹積もり ──
千寿は現代の転生者、前世では還暦を迎えた熟女であり何処にでもいる普通のおばさん、仕事はフルーツサンドを主体とした甘味処のパティシエール(男性はパテシェ、女性はパティシエール)であり経営者であった、中学生の頃より誰もが認める歴オタという歴史専門のオタク、得意分野は戦国史という現代でも多い歴オタの一人である、但し千寿の場合は歴オタの中でも群を抜く程の有名人、自称歴オタ神と呼ばれる程の歴オタであった、この自らを歴オタという分類には幾つかに分けられる、例えば織田信長系とか徳川家康派、秀吉派とか偏った分野の人もいるが千寿の場合は特殊系と言われている忍者系、又は忍び系と言われている裏社会に興味を示す少数派でありその中ではトップクラスの歴オタであった。
何故に裏社会に興味を示したのか、それは単に真田幸村が大好きになった為であった、豊臣家が最後、大阪の冬の陣、夏の陣で滅亡する史実、圧倒的に劣勢な秀吉亡き後の豊臣家に身を投じて起死回生の一矢を報いるべく大阪城に駆けつけ獅子奮迅の働きをした真田幸村に恋した少女が転生前の千寿であった。
ここで少し解説しておこう、転生とは死んだ後に新しい生を受け次の世界に転生する訳だが、何故か戦国時代に転生してしまった???? それも貴族の中の貴族でありかなり上位の立場の家に転生をしてしまう、ただ幸運な事に転生した時代が歴オタに取っては憧れの戦国時代であった事で、自分の力でのし上がって女性ではあるが天下人になって見たいと言う野望を懐く6才の少女であった。
戦国時代は明確な男尊女卑の差別社会であり、女性の身でありながら天下を差配した者は短期間ではあったが歴史上一人しかいない、その一人とは北条政子と言われている、源頼朝の正室であり北条家の娘、頼朝亡き後の鎌倉幕府を支えた尼将軍であり日本三大女傑の筆頭が北条政子だと言われている。
但し政子は頼朝が急死した事で北条家の権力維持という消極的な姿勢であり次の世代が育つまでのピンチヒッター、中継ぎである、それに引き換え千寿の野望は史上初の天下を左右する、差配する天下のご意見番であり武家でいう処の天皇という立場を得たいと言う大野望であった、戦国時代に転生した事を知り気絶した三才より既に6才となり、その最初の大チャンスが、コレキタ━━━━(゜∀゜) ━━━━!! チャンス到来───、わははははは、草草草笑笑笑という場面が訪れた、チャンスとは三好家による稲の乱取りであった、果たして挑戦状とも言うべき直訴状の行方は如何に!!
戦う相手は三好家、米を取り返せるのか、中御門家の危機を救えるのか?
次章「直訴状の行方」になります。