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王子×ヒロイン推しのモブ令嬢、王子様に迫られる

第1話

私はいわゆる転生者というやつだ。

それも乙女ゲームの世界に転生したタイプ。



「リーナ、今日は髪型が違うんだな」

「あ、これはニイミアがしてくれて……おかしいでしょうか」

「……かわいいな」

「フヌ……」



乙女ゲームとは、ヒロインが1人とヒーローが複数人いて、その内の1人を選んで恋に落ちるというシミュレーションゲームだ。

題材は多岐にわたり、学園ものからガッツリファンタジー、歴史や童話をモチーフにしたものまである。



「リーナ、街で人気だという菓子を買ってきた」

「わぁ、すごいですね!ではぜひあのお方と」

「リーナも一生に食べないか?」

「いやっあの、私は」

「ほら行くぞ、お前が好きなあーんしてやる」

「……ピッ」



そんな中で、私が特にハマっていた乙女ゲーム――「ハートリフレクト〜心愛なるあなたへ〜」。

ある特定の状況下だと人の心の声が聞こえてきまう主人公のお話だ。

心の声が聞こえるという能力は不気味でしかなく、虐められていた主人公が魅力的なヒーローたちと出会い、触れ合ううちに心の氷が溶けていくのだ。



「リーナ、聞きたいことがあるんだが」

「はい、なんでございましょう、トライド様」

「どうしたら俺と結婚してくれるんだ」

「……フグゥ」



舞台は中世ヨーロッパをモチーフにした世界の王立学園。

主人公は男爵家の一人娘で、家族に愛されて育っている。

人と触れ合うことを怖がる主人公だが、唯一心の声が聞こえない幼なじみ(攻略対象)と共に入学を決意。

そして様々なイベントを通して心を通じ合わせていくのだった――。




さて、ここで1つ、どうしても言いたいことがある。

「転生者」と聞いて、あなたは何を思い浮かべるだろうか。


ヒロイン?

悪役令嬢?

あるいはヒロインの友人や、攻略対象の妹だろうか。

しかしながら、私はそのどれでもない。

では何かというと……。




――私ことリアリーナ・ハモンドベルは、正真正銘のモブキャラクターである。




――――――――――――――――――――




モブキャラクターとは、物語において主要キャラクター以外のその他大勢のことを指す。

物語に直接関わってくる訳ではないが、いないと困る存在。

かくいう私もその1人で、ゲームでは名前すら登場しなかったモブだ。

どこにでもいるありふれた栗色の髪と、これまたどこにでもいるありふれた赤茶の瞳。

小さな領地を持った子爵家に生まれた、ぱっとしない、どこにでもいるありふれたモブ令嬢なのである。


しかし、ここで問題が発生した。


「……リーナ、こんなところにいたのか」

「オズヴェルト様……!」

「俺のことはトライドと」


授業も終わり、さぁ帰ろうというところて私を呼び止めたのは、1人の美しい男だった。

私はれっきとしたモブなのだが、蕩けそうなほどの甘い笑みを浮かべて近づいてくる男……トライド・オズヴェルトに、なぜか迫られているのだ。

もちろん、恋愛的ななにそれで。

そしてあろうことかこの男、ゲーム内では攻略対象という立ち位置にいやがるのだ。


大事なことなのでもう一度言います。

トライド・オズヴェルトは、ゲーム内では「攻略対象」という立ち位置にいるのです。


「ト、トライド様……どうかされましたか?」

「この間言っていた小説が手に入ったんだ」

「え!?もしかして「トルロフ・ワールド」の最新作ですか……!?」

「あぁ。俺はもう読み終わったから、良ければ貸そう」


オズヴェルト様の手にあるのは、少しずつ人気になってきているファンタジー小説だ。

ここではない世界を舞台にした冒険物なのだが、やはり異世界を舞台にした物語というのはいつだって大人気なのだ。

そんな大好きな小説の続編をチラつかされ、思わずよだれが出そうになってしまう。


「……あ、ありがたく、お借りいたします……」

「あぁ」


思わず緩みそうになる顔をぎゅっと引き締めながら本を受けとれば、なんとも嬉しそうに微笑むオズヴェルト様の顔が視界に入る。

その顔は、エフェクトでもかかっているのでは無いかと思うほどに美しかった。




トライド・オズヴェルト。


新雪を思わせるような銀色の髪と、深い緑の瞳を持つ、レイリア王国の第一王子である。

真顔がデフォルトなこの王子、真面目で勤勉、剣の腕も中々のもので弱点など見当たらない、完璧超人なキャラクターだ。

だが、トライドは自分でなんでもできてしまうが故に、人と関わることをしてこなかった。

ここ、レイリア王立学園でヒロインと出会い、そして人と関わりあうことの大切さを知る。


――というありふれたストーリーではあるが、この王道ルートが1番人気であった。

オズヴェルト様の顔が綺麗すぎたのもあると思う、だってキャラクター投票では人気ナンバーワンだったし。

ヒロインと打ち解けてから見せてくれる、蕩けるような微笑みで一体どれだけの乙女ゲーマーが撃沈したことか。

かく言う私もその1人だが、今は美しすぎる微笑みに撃沈してなどいられないのだ。

なぜならば――。


「あ!オズヴェルト殿下〜!」


ヒロインは私ではなく、別の女の子だからだ。

何度も言うが私はただのモブキャラクター、ヒロインとヒーローの背景もしくは壁。

自分の領分を弁えたかしこいモブは、きちんと背景に徹しようと思う。


向こうからとたとたと走ってきたのは、ふわふわしたピンクの髪が愛らしい1人の少女、ルルリア・テナイター男爵令嬢だった。


そう、この乙女ゲーム「ハートリフレクト〜心愛なるあなたへ〜」における正真正銘のヒロインである。


「オズヴェルト殿下、こんなところにいらしたんですね!」

「……来たのか」

「朝の約束を忘れたのですか!?」


ああああああ朝の約束!?

なんですかそれは!!!!

走ったことで弾んだ息と、多く聞くてくりっとした可愛らしい水色の瞳をうるうるさせたヒロインから飛び出た衝撃的な言葉に、思わずよろめきそうになる。


「大丈夫か?リーナ」


おっと失礼、よろめいてしまったようだ。

ナチュラルに腰を抱いてくる不埒な王子様は置いておくとして、何を隠そうこの私、王子×ヒロインを激推ししているオタクである。

並んで立っているだけでも尊いのに、あ、朝の約束……!?

ああ無理だ、考えただけで動悸が。


「ハモンドベル様!」


私の存在に気づいたルルリア様が、まだ少しぎこちないカーテシーを披露し、大丈夫ですかとこちらに駆け寄ってくる。

オズヴェルト様しか眼中になかったのかもしれない……そんなところも、イイ!


「リーナ、もう少し寄りかかってもいいんだぞ」

「い、いえ、それは……もう離して下さっても大丈夫で」

「駄目だ、またふらついてしまうかもしれない」


ヒ、ヒロインが見てるから〜!

逞しい左腕が腰をきゅっと引き寄せ、反対の手が私の右手をやわく握る。

密着している右半身が燃えているかのようにに熱くて、今度は違う意味でよろめきそうだ。


「オズヴェルト殿下!婚約者でもない女性になんてこと……!」


もっと言ってください、ルルリア様!

正ヒロインが、ヒーローと地味なモブとのイチャイチャを見せつけられるなんて、どんな地獄絵図だ。

きっと心を痛めているのでは……そう思ってそろりと目を向けた先には、何故か頬を染めうっとりとしたルルリア様が。


「いいんだ、リーナは俺と結婚する予定だからな。それでテナイター嬢、約束の件だが――」

「オズヴェルト様!」

「ん?」

「……トライド様」

「あぁ、なんだ?リーナ」


ヒロインの前で腰を抱かれるというこの状況に耐えきれず声をあげれば、またもや蕩けた微笑みを向けてくるオズヴェルト様。

そういうのは!ヒロインに!してください!

などと言えるはずもなく、さりげなく体を押し返しながらドギマギと言葉を紡ぐ。


「わ、私は用事がありますので、あとは若いおふたりで〜!!」


くるりと体を反転させ、勢いのまま腕から抜け出した私は一目散に駆け出していく。

ドレスだったら走りにくかっただろうが、今身にまとっているのは学園で定められた制服。

膝丈より下のスカートは、前世の制服に比べて全然可愛くないがドレスよりは走りやすくて助かった。



(朝の約束ってなんなの……!?気になる〜!!もうすぐある校外学習のこと!?それとも不慮の事故イベント!?時間軸的にはもうそろそろ誘拐イベントがあってもいいハズ……はっ!ということは、街へのお忍びデートからの誘拐、そしてオズヴェルト様が自分の気持ちに気づくイベント――!?)



走りながらも心の声は止まらず、ゲームのイベントを思い出しては心臓を高鳴らせる。

今頃、ふたりでデートの予定を立てているのだろうか。

オズヴェルト様は、きっと今は勘違いしているだけなのだ。

ヒロインに向けるはずの気持ちを、なぜだか私に向けてしまっている。

だから、イベントが起こることで、軌道修正されるに違いない。


「はぁ、はぁ……」


ふたりからだいぶ離れたであろう所でストップして、息を整える。

心臓が少し痛いのは、走りすぎたから。

息がしづらいのは、急に立ち止まったから。

胸が詰まって苦しいのは、ふたりの未来が楽しみだから。


私は、そう、推したちの幸せな姿を一番近くで見れる、一番の幸せものなのだ。





――と、思っていたのだが。



「ひっひっひっ、お嬢ちゃん、恨むんならその自分の立場を恨むんだなぁ」


薄暗い小屋の中、縛られた腕と足が少し痛い。

周りには下品な笑みを浮かべる中年の男が数人。


(は、は、話がちが〜う!!)




――――――――――――――――――――




「ニイミア!今日は街へ降りるわよ!」

「突然何を言い出すのかと思えば……お嬢様はれっきとした子爵家のご令嬢なんですよ!ご自身の立場をしっかりと自覚なさって」

「でもねニイミア!」


朝一番。

眩しい朝日がさんさんと照らす中、ベッドの上に仁王立ちした私は部屋に入ってきた私付きのメイド、ニイミアへと宣言した。

が、帰ってきたのは氷のように冷ややかな視線だった。

私より5つ上のニイミアはよくできたメイドで、メイドであり親友であり、そして姉のような存在でもある。

そんなニイミアの説教は始まるととんでもなく長いので、早めにぶった斬るのが大切だ。


「ニイミア、その、今日はね、好きな人が街の視察へ出かけるの」

「……続けてください」

「学園では毎日会えるけど、やっぱり制服じゃない姿をひと目でも見てみたくて……」


嘘だ。

好きな人というか推しだし、その推しと推しがデートする現場を見たいだけである。

しかし、ニイミアは恋に夢見る乙女……そう、こう言えば絶対に味方になってくれるのだ。


「まぁまぁまぁ、お嬢様ったら!いつの間にそんな事に……!わたくし、ありとあらゆる手を使ってでも、お嬢様を世界一可愛い女の子にいたします!!」

「あ、いや、それはいいかな……街だし……」

「なぁにを仰っているのですか!」


そして始まったのはニイミアによる、「一目惚れ間違いなし!お忍びで街に降りた天使のようなお嬢様コーデ」で街へ行くことになったのだが。



(私のバカ!ここで捕まるのは私じゃなくて、ヒロインでしょ〜!?)


王子ルート……オズヴェルト様のルートでは、ある一定の好感度に達するとデートイベントが起こる。

しかしただの胸きゅんイベントではなく、ヒロインとヒーローの関係値が一気に進む大事なイベントだ。

露店を覗いたり、食べ歩きをしたりと楽しむ中、はぐれてしまったヒロインが誘拐されてしまうのだ。


そしてヒロインが誘拐されたことにより自分の気持ちに気づいたヒーローが、「泣かないでくれ……これからは俺がずっとそばで守ろう」と言うシーンなんてもう涙無しには見れない。

スチルも綺麗だったし、個人的には1番好きなイベントだった。



――が、なぜだろう、なぜ私が捕まっているのだろうか。


(困ったなぁ……)


街に降りたオズヴェルト様とルルリア様を見つけたはいいのだが、観察するのに夢中になってしまいこの賊共に気づけなかったのだ。

私がふらりと護衛たちから離れた瞬間、意識を奪われこうして薄暗い小屋へと連れてこられたらしい。

この賊共の狙いは、人身売買を行っている闇オークションへと令嬢たちを売りつけることだ。


なんとも胸糞悪い話だが、この世界には人身売買が平気で行われていたり、闇オークションがあったりと意外とダークな部分がある。

それもシナリオの1部なのは分かる……が、いざ巻き込まれてみると、とんでもない世界だとあらためて思う。


「さぁお嬢ちゃん、場所を移動しようか。お嬢ちゃんをたぁくさん可愛がってくれるご主人様が見つかるといいなぁ」

「……」


気持ちが悪い。

ルルリア様が誘拐されなくて良かった。

イベントだなんだと言ってはいたが、さすがに現実となるとはしゃいではいられない。

どうかオズヴェルト様とは違う道筋で幸せになってほしい……!


「……なぁ、その前に少しだけ味見してみようぜ」

「!?」

「お前そりゃダメだろ、求められてんのは処女の令嬢だぞ。値が下がる」

「だってよぉ、俺だって楽しみが欲しいぜ」


私を立たせようとした男を遮って近くに来たのは、目をギラギラさせた髭面の男だった。

汚い、直ぐにその言葉が思い浮かんで、慌てて目をそらす。

それ以上その顔を見ていたら、吐いてしまいそうだった。


「ちょっとだけならいいだろぉ?」


うそ、嘘だ、イベントではこんなシーンなかったはずだ。

だって、連れていかれそうになったところで、ヒーローが現れるのだから。


でも、それは――ヒロインだから。


(じゃあ、私は……?)


なんだかんだ私が余裕でいられたのは、ゲームで展開を知っていたから。

このあときっと助けが来て、そのまま幸せな暮らしに戻れると思っていた。

だってこれはイベントなんだから。


(でも私は、ヒロインじゃない……)



ただの、モブだ。



男の汚い手が伸びる。

血走った目が合った。

荒んだ息が頬にかかる。


嫌だ、助けて、怖い。


目に浮かんだ涙をそのままに、私は思わず目をぎゅっと閉じてしまった。


(――助けて、オズヴェルト様!!)




「何をしている!」

「っ!?」

「誰だお前は!……ぎゃあっ!」

「ぐぅっ……!」


聞こえたのは、大好きな声。

間違えるはずがない、ずっとずっと、画面越しに聞いてきた声だ。

次いで、男たちの叫び声がいくつも響き渡る。

どす、ばちん、と重い音と、何かが倒れる音も。

何もかもが怖くて目を開けれずにいると、次第にその音は止んでいき、やがて完全な無音となった。


「……」

「……」


静かな部屋の中に、私の震えた息と、そしてゆっくり近づいてくる足音。


「……リーナ」

「っ!!」


怖かった。

もし、あの人が負けてしまったら。

もし、今目の前に立っているのが、賊の男だったら。


しかし、その声が聞こえた瞬間、私は涙で滲む視界をめいいっぱい開いた。


「むぐぅむむううう!!」

「……リーナ……リーナ!」


倒れたままよじよじと近寄ろうする私を見たオズヴェルト様は、慌ただしく走り寄って私をそっと起こしてくれた。

懐から取り出したナイフで手の足の拘束を切り、そして猿轡をはずし、私の両頬をやわく抑える。

いつも冷静沈着なオズヴェルト様が焦っているのがなんだか新鮮で、くすりと笑いが漏れてしまう。


「……何を笑っているんだ」

「ごめんなさい……でも、だって、オズヴェルト様、いつもとってもかっこいいのに、髪の毛もぼさぼさで、服、ボロボロだし……」

「……リーナ」


ああ、嫌だ、オズヴェルト様の前で泣きたくなんてないのに、笑いはいつの間にか涙に変わってしまっていた。

オズヴェルト様が大きな手で拭ってくれるけど、それでも涙は止まらくて次から次へと溢れ出てくる。


「泣かないでくれ、リーナ、リーナ」


大きな手はそのまま背中へと周り、大きなその体が私を包み込んだ。

甘い、香水のような匂いと、少しだけ混じった汗の匂い。

熱くほてった体は、かなり焦っていたであろうことを如実に伝えてくる。


「……オズ、ヴェルト様……」

「リーナ、遅くなってすまなかった。怖かっただろう」

「私、私……う、うわああああん!!」


力強く抱き込まれ、その温かさにやっと安心した私は、赤ちゃんにも負けないくらい泣いた。

泣いて泣いて泣いて泣いて泣きまくって、やがてオズヴェルト様が困り果てて泣きそうな顔になる。

私の頭を撫で、涙を拭い、背中を優しくさすり、それでも私は中々泣き止むことが出来ずに、オズヴェルト様の服をしっかり掴んで泣き続けた。


そんな私が泣き止んだのは、オズヴェルト様の咄嗟の行動だった。

オズヴェルト様の少しふしくれだった長い指先が、私の顎を捉え、そしてかぶりつくように――キスをした。


いや、キスなんて可愛らしいものじゃない。

私の泣き声ごと食べ尽くしてしまうような、なんというか、捕食だ。

しかし、それに驚いた私の涙は驚くほど簡単に止まり、オズヴェルト様を呆然と見ることしかできなかった。

そしてそんな私を見たオズヴェルト様は、今までの蕩けるような笑顔ではなく、少しだけ悪い色を乗せた笑顔でこう言ったのだ。



「――涙は止まったようだな、俺のお姫様」




私はモブ失格だ。

ヒーローに迷惑をかけて、ヒロインのイベントを奪って、そして。


ヒーローへの恋を自覚してしまうなんて。




――――――――――――――――――――




さて、それからどうなったかと言えば。


私は家族に大変心配されて、街へ降りることは一切禁止となった。

まぁ当然だ、私も反抗することなく受け入れている。

学園に行く際の護衛は3倍になり、その護衛が言うには子爵家の護衛以外にも私を守っている人たちがいるらしい。

姿を見せることなく常に一定の範囲で守るそれ……心当たりが無くはないが、知ると後戻り出来なさそうなので知らないフリをしておく。


そして学園では。

なぜかヒロインであるルルリア様と共に行動するようになった。


「リーナ様!見てください!あそこにオズヴェルト殿下がいらっしゃいますよ!」

「え、えぇ、そうね」


だいたい乙女ゲームに転生した話では、ヒロインは王子などのメインヒーローと恋に落ちることが多い。

だってメインなのだから。

――だから、まさかヒロインがメインヒーローではなく、サブキャラクターである彼 ――第1王子の良き理解者であり常にそばで護る専属護衛騎士、しかし攻略対象ではない―― を選ぶだなんて思うわけないじゃないか!


「はわわ、ハルトレッド様までいるわ……!!今日も素敵な筋肉……じゅるっ」

「ルル様、よだれが垂れておりますわ……」

「しまった、ありがとうございます、リーナ様!」


あの「朝の約束」というのも、ハルトレッド様とどうやってお近付きになるかの相談だったというし、お出かけイベントですらお互いの想い人へのプレゼント購入だったというし、私にはもう何が何だか。

とにかく、ヒロインの矢印はサブキャラクターへ向き、ヒーローの矢印はモブキャラクターへ向いているというなんとも厄介な展開を生み出しているのだ。


「……リーナ、こんなところでどうしたんだ?」

「オ!……ズヴェルト様、おはようございます」

「トライド」

「トライド様……」


変な状況に頭を抱えていれば、いつのまにかオズヴェルト様……トライド様が目の前にいらっしゃった。

隣にはルルリア様の想い人も。


「ハルトレッド様!今日も素敵な筋肉ですね!」

「筋肉?」

「はっ間違えたっ!……今日も素敵な……キンキラ太陽ですね!!」

「……ルル様、ちょっと無理あるかも……」

「あはは、そうだね、今日も良い一日になりそうだね」


キンキラ太陽ってなんだ。

なんでハルトレッド様はにこやかに対応してるんだ。

目の前のトライド様から凄い圧を感じるし、あぁ、早くここから逃げ出したい。


「リーナ」

「は、はい!」

「今日も可愛いな」

「フグッ」

「……好きだ」

「ングっ」


……もう!!

その蕩けるような微笑みは!本来ヒロインに向けるべき笑顔であって!こんなモブキャラクターに向けるような笑顔じゃないのに!!


なのに、それを嬉しいと思ってしまっている私がいるのが事実だ。


「……トライド様も、その……かっこいい、です、ね」

「…………」

「ト、トライド様……?」

「…………………………」

「あの、何か仰って……?」

「……リーナ、それはいけない」


思い切って言葉にしてみたというのに、完全に無反応なトライド様に不安を覚え、隣を見てみればよだれが垂れそうになっているヒロイン。

トライド様の横にはにまにまとだらしのない顔をしたサブキャラクター。

そして今まで聞いたこともないような低い声で呻く、トライド様。


「……テナイター嬢、リーナを少し借りるぞ。ハルトレッド、分かっているな」

「はいはい、程々にしときなね」

「リーナ様、またあとで!」

「え?え??」

「行こうか、リーナ」

「え?」


少し怖い顔をしたトライド様に、わけも分からないまま引き摺られていく私と、そんな私を笑顔で見送るふたり。

前を歩くトライド様の耳のふちが少し赤らんでいて、少しだけ、可愛いなと思う。

私の手を優しくつかむその手のひらも熱くて、しっとりと汗ばんでいて、心臓がどんどん騒がしくなっていく。


――自分の恋心というやつを自覚してから、いつもこうだ。


心も体も思い通りにいかなくて、全身全霊でトライド様が好きだって叫んでる。

でも、それはきっとトライド様も同じで、いつだって私に向けて全身全霊の愛を捧げてくれている気がするのだ。



「……トライド様」

「どうした?リーナ」

「あの……」


私を守る大きな手のひらが。

立ち止まって目を見てくれる優しさが。

愛情を溶かしたその眼差しが。



「……私も、トライド様が、だいすき……です」







「王子」×「ヒロイン」推しの「モブキャラクター」だったけど、この物語の「ヒロイン」は――。

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