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 クリスチャン=ド・ヨーゼンラント。それがマリアンヌの元婚約者の名前だ。

 王国の東を守護するヨーゼンラント公爵家の嫡男である。


 ヨーゼンラント家は、グリーズデン王国における武の名門だ。王家を除くどの家よりも戦争に慣れており、定期的に発生するルージュラントとの紛争で、最前線を張り続けている。

 広大な領土と肥沃な大地を武器に、多くの兵士を動員できる強みも持っている。


 クリスチャンとマリアンヌの婚約は、国内の安定化という意味での政略結婚というのが表向きの理由だった。

 だがそれ以上に、ヨーゼンラント家が、マリアンヌの母の実家であるペルシュルガ家との縁を求めたのが大きい。

 同じ武の名門として魔王に当たりたいという気持ちと、ルージュラント国との関係改善を狙っていたようだ。


「で、それもまた魔王が粉砕しちゃったと。というか、ペルシュルガ家ってそんなに凄い家だったんだ」


 アントワネットは不思議そうに言った。他国の国内での婚姻にまで影響を与えるほどの武家というのが、アントワネットにはイメージしづらかった。


「ペルシュルガ家は、前の魔王を討伐した家なのです。雷撃の魔法を得意とし、海から攻め寄せた大船団を打ち破りました」

「ふーん、雷撃の魔法ね」


 アントワネットは呟く。

 彼女は「なんとなく魔法っぽいのはあるな」と薄々感じていたが、街中で実物を目にしていないため、実感がなかった。こうして自然に会話に出てくると、どうにも違和感がある。


「魔王ってそもそも何?」

「人類の敵です」


 マリアンヌは即答した。目が据わっている。

 魔王とは、人ならざる種族のうち、人間にあだなすものの王を指すらしい。身体能力や魔法に優れ、大いなるカリスマ性を発揮し、数えきれないほどの屍を積み上げる。

 国家単位で殺戮を行う為、自然災害よりもよっぽど恐れられていた。


 ペルシュルガ家は、過去に魚人マーマンの魔王を倒したことで、魔王対策の切り札と目されていた。だからこそ、グリーズデン王国の王家と婚姻関係を結べたとも言える。


 それが、他家が救援に行く時間すらも稼げずに落とされた。

 ペルシュルガの名は失墜したのである。


 マリアンヌは当時のことを思い出したのか、深々と溜息をついた。


「表向きの理由だけでしたら婚約も続いていたのでしょうが……。クリスチャン本人も悪い人ではありませんが、婚約破棄によって公爵家から見限られた王女という認識が広がったのは確かです」


「悪影響ってのは連鎖していくからねぇ」


 アントワネットは食卓のワインをグラスの中でくるくると回した。酒で死んだのに懲りない女である。


「で、そんなマリアンヌを損切りした男が、何の用?」

「損切りなんて言い方……」


 マリアンヌは少しばかり抗議するような目を向けてから、続きを話した。


「王都に来ているから久しぶりに会いたい、と。それと婚約破棄が原因で苦しい思いをさせたことを詫びたい、生活の保障もしたい、ですって」

「ほーん、誠実で結構なことじゃないか」

「今さら過ぎますし、どんな考えでこんなことを言っているのかもわかりません」

「ふむ……」


 アントワネットは思案するような顔でワインを口に含む。


「面白そうだし、会いに行けばいいじゃないか」


 が、飲み下してから発した言葉は、思慮の欠片もないものだった。


「面白そうって」

「面白いのは何よりも大事だよ。私がマリアンヌに絡んだのも、面白そうだったからだしね」


 地球ですでにモラルを捨てたカスは、異世界においてなお反省の様子がない。他人のセンシティブな話題について、「面白い」だけで判断を下した。


「会いに行くなら連れてってよ。何かが起きそうだ」


 アントワネットはくつくつと笑った。



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 マリアンヌの元婚約者、クリスチャン=ド・ヨーゼンラントは領主貴族である。

 王に従ってこそいるが、領地を持ち独立独歩の機運が強い領主貴族。彼らは法衣貴族のように王都内に屋敷を持つことができない。

 当然だ。いつ敵になるかもわからない相手に、お膝元に軍事施設を作る許可を出すバカはいない。


 屋敷というのは軍事拠点になりうる。それ単体で戦争は出来ずとも、無視できない戦力を隠せるというのは、それだけで戦術的な価値を持つ。


 では、領主貴族は王都に来たときにどこで宿泊するのか。

 王城ではない。王城なんかに泊まれば、いつ王族に寝首を掻かれるかと、領主貴族は不安で眠れない。


 正解は、付き合いのあるギルドの建物だ。

 馬車、兵士を置ける広いスペースに、頑丈な建物。貴族と渡り合うということは、逆にそれだけ信用できる。


 ということで、アントワネットとマリアンヌは再びイーペ川沿いに来ていた。

 クリスチャンは皮革ギルドにいるらしい。前回の大工ギルドと似た雰囲気の建物の中に、彼女たちは案内された。


 応接室では、成人したばかりのような年若い男が、背筋を伸ばし立って待っていた。

 線の細い、お坊ちゃまといった雰囲気の優男である。正統派の王子様系、といったところだろうか。


「あ、あ、ま、マリアンヌ。ひ、久しぶり、だね」


 部屋に入って来たマリアンヌに、クリスチャンはしどろもどろな様子で挨拶をした。

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