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 ヨーゼンラント公から手紙が来たのは、昨晩のことだった。

 アントワネットへの手紙も含め、知らせを持った伝令はのべ30人も放たれたという。

 最初は魔王襲来の報だった。

 次に来たのはクリスチャンの遺言。

 そして最後に来たのが、クリスチャン戦死の報だった。


 これらの情報は士気の低下を避けるため、ヨーゼンラントに辿り着いていない貴族たちには伏せられている。あくまで王家とアントワネットに確実に伝えるためのものだった。


「惜しい若者だった」

「ええ、本当に」


 アントワネットの目が遠くを向く。

 王は彼女の変化の正体に気が付いた。深い喪失を全身から匂わせているからこそ、人を引き寄せる何かが出てしまっている。

 死、絶望、喪失。それら暗い深みは、なぜか強烈に人間を魅了する。色気ではなく、死の気配がまとわりついていた。


「あまり妙なことは考えるなよ?」

「ご心配には及びませんわ。やるべきことをやり、成すべきことを成すだけです。それこそクリスチャンがそうであったように」


 アントワネットは昨晩の知らせを受けとったときのことを思い出した。



 予感はあった。予想もしていた。

 国家をかけた大戦争にて、最前線で指揮をとる青年が長生きすることなど出来ないと、はっきりと言語化された思考で予期していた。

 だから、取り乱しはしなかった。


 ただ、静かに訊ねた。


『彼の最期をご存じですか?』

『はい。直接見た者から聞きました。立派な最期であったと』

『本当ですか? 忌憚なく伝えていただきたいです』

『――胸を貫かれたそのとき、泣いていたそうです。ただ、最後まで先頭で戦うことを諦めず、魔王と一騎打ちし、味方を逃がしたと』

『ああ……』


 なぜだか、アントワネットにはその情景がはっきりと思い浮かんだ。

 とてもクリスチャンらしい最期だ。死に際の涙が、彼の人生の価値を貶めることは決してない。


『勇敢な彼に敬意を』


 アントワネットは静かに黙祷した。

 どれほどの時間そうしていたのか。目を開いたときには、既に伝令はいなかった。



「ともあれ、後は少しばかり待つことと、ヨーゼンラントが耐えることを祈るばかりです」

「恐らく耐えられる。シラノは強い。それに、ルージュラントもただで踏み躙られるばかりじゃない」


 今まさに食い破られているルージュラントは、戦い方を切り替えた。

 徹底的な焦土作戦。それも魔法を使った文字通りの「焦土」作戦だ。秋の実りも冬への備えも捨て、土地の未来そのものと共に、ケンタウロスの餌を焼き払った。

 補給に困らないというケンタウロスの利点を潰す作戦によって、有利に戦える都市に引き寄せていた。


「ふふっ、身命を賭して戦っている者がいるというのに」

「それ以上は考えるな。動かせる策は立った。あとは成功までの最善を尽くすまで。あまり感情に振り回されるなよ」


 それは王なりの優しさであった。慰めではなく、感情を抑えろと言う。

 アントワネットは天を仰いだ。


「まったく……大した神様だこと」


 ――随分とできた人間たちが多い場所に送ってくれたものだ。



 アントワネットが王城に泊まり込んで、しばらくの時が経った。

 王都には男爵家が整えた王直轄の軍が集結しており、さらには遠方から来たマリアンヌ派の貴族の軍も滞在している。


 そして。それらの軍と向かい合う軍勢がいた。

 バロウンス公爵を中心に、アントワネットに騙された貴族たちの連合軍だ。


 彼らはアントワネットの身柄の差し出し要求と、彼女を保護している王家への賠償請求を訴え出るつもりで集められた軍だった。


 この世界この時代、王家や他の貴族に要求を伝えるため、軍を集めて行動するのはよくあることだった。

 あくまで威嚇じみた行動であり、実際に戦う意思はまた別である。


 王家直轄地を諸侯軍が通行することを許可していることもあり、スムーズに辿り着いた連合軍は意気軒高だった。

 大嘘つきの悪女を成敗せん。そしてあわよくばアントワネットを自分の手に、という邪な考えを持つ者もいた。


「来ましたね」


 アントワネットとマリアンヌは城門の上にいた。

 もし万が一攻城戦になったときのために、周囲には多くの武装した兵士がいる。この守備兵の指揮をとっているのはコルドゥアン男爵だ。


「正直なところ、あまりに雑な策だったから不安なんだよね」

「いえ。領地に引きこもって出てこない諸侯の軍を引っ張り出しただけで、大手柄ですよ」


 胸壁の隙間から、地上にずらりと並ぶ大軍を覗き込む。吹き寄せる強い風が、2人の髪を揺らした。

 相対する軍勢は、国家の趨勢を決める決戦でもするのか、という数になっている。間違いなく万単位。どころか10万以上いるかもしれない。大人数を数える経験などないアントワネットにはわからなかったが、それでも見ているだけで胸が躍るような光景だった。


 大地の魔法だろうか。細長い石柱がゆっくりと地面からせり上がる。その上には、非常に目立つ深紅のマントをはためかせる人影があった。

 王その人である。


『諸君』


 王が口を開いた。

 両軍の兵、城壁の上、そして王都の民。叫ぶような声ではないが、その言葉は全ての者に届いた。

 風と空気のひりつき。風雨と雷鳴、両方の魔法が使われていた。


『諸君、聞け。余が礼を言う』


 王の演説が始まった。

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