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 威厳溢れる口ひげの端から泡を飛ばし、バロウンス公がブチ切れる。


「鉄道計画はどうなったと訊いている! 先々月まで順調に配当が振り込まれていたというのに、ぴたりと音沙汰無し! 調べてみれば線路の一つも引いていないというではないか!」


 それを面白そうに、アントワネットは眺めていた。バロウンス公の怒りの矛先で、まるで他人事のように。


「ええ、ええ。それで?」

「鉄道はどうなった!? どうなる!? 私の金は!? それより、そもそも配当はどこから出ていた!?」


 アントワネットの表情が楽しそうなものになる。まるで子どもの話を聞くかのように問う。


「それで、閣下はどうお思いで?」

「訊いているのは私だ!」

「そう怒らないでくださる? 聡明な閣下のこと。すべてお分かりでしょう」


 口の端が吊り上がる。半分開いた大きな門から、逆光が差した。

 光を通す真っ赤なレース。表情は影に消え、三日月に白い歯だけが浮かび上がる。


 ――怪人。バロウンス公の脳裏に浮かんだ言葉だ。


「鉄道なんて最初からない。閣下の金は前線で剣とパンになり。配当は閣下が投資した大金の切れ端」


 悪びれもせず、開き直ったような言葉が紡ぎ出された。

 怒りで血が上っていたバロウンス公の顔が、段々と青くなる。


「う、嘘だ……」

「ウソです。最初から最後まで、徹頭徹尾ウソ。私がしたこと、閣下が受けた仕打ち。これを世間では――」


 爽やかな朝だった。門の影から見上げる空は、秋らしく透き通りどこまでも高い。

 アントワネットの声は軽やかで、小鳥のさえずりのよう。


「『詐欺』と申します」


 女はくるりときびすを返し、門の内側へするりと身を潜らせた。

 巨大な扉は無慈悲に閉ざされる。

 騙された者の慟哭どうこくが響いた。



 門の中。

 外でのやり取りを聞いていた門兵が、不安そうな表情でアントワネットを窺う。

 よく王城に出入りしているため、アントワネットの顔は覚えている。門兵が知れる情報はそう多くはないが、これだけ頻繁に出入りしているということは、王にも気に入られているはずだ。


 だが、無位無官の女が公爵を怒らせてタダで済むはずがない。

 王城内で斬られるなんてことはないはずだが、それでも今後どんな目にあうことか。

 張本人は余裕の態度を崩さない。そこに通りがかったのは、王その人だった。

 家臣を何人も引き連れての行列である。


「朝から面白いことをしているな。上で聞いていた」

「あらお恥ずかしい」

「鉄道計画が詐欺だったとは、よもやよもやだ」


 白々しい会話である。

 残念そうな顔をする王。全てを知っているというのに。


「ああ言ってしまいましたが、実は少しばかり計画が遅れているだけなのです。配当が振り込まれていないのも、銀行の方のミスではないかしら? 原因調査中ですわ」


 アントワネットの言い訳も白々しかった。

 誰がどう見ても嘘だとわかる。それなのに、王はさも同情するような顔をする。


「で、あるか。鉄道は国家の未来に繋がる大事業。初めてのものだ、少しの失敗もあるだろう。めげずに励め」

「ええ。光栄でございます」

「しばらくは王城に滞在するといい」

「光栄ですわ、お言葉に甘えさせていただきます」


 王の言葉は実質的にアントワネットを保護する宣言だった。

 王とアントワネットは事前にこの流れを予想していた。バロウンス公という大物が直に来ることは想定していなかったが、伯爵の使いや、子爵くらいなら来るだろうと踏んでいた。


 詐欺が露見するであろうこと、そこからしばらくの間だけ身の安全を守って欲しいという要求を王にしていた。

 王はアントワネットの描く未来図を見て、面白いと許した。


「折角だ、茶の一杯くらい飲んでいくといい」


 王の誘いに応じたアントワネットは、サロンで王と向かいあう。

 部屋には香など焚かれておらず、侍女もお茶とポットを置いて退室した。完全に内密の話をする体制だった。


「さて。予想より少しばかり規模が大きくなったな」

「ええ、しかも想像よりも直接的でしたわね」

「《《来る》》と思うか?」

「それはもちろん。ですが、御しきれる規模になるかどうか」

「規模はなんでも構わん」


 王は目つきを鋭いものに変えた。

 武人としての側面が色濃く滲み出している。


「国のために動かん諸侯は要らん。以前までなら余も許した。だが、魔王本人までもがヨーゼンラントに来ていて、ルージュラント各地で軍が潰走している報が入っている中、個人の利益ばかり追うのは看過できん」

「ええ、そうですわね」


 アントワネットの派閥、そうでない者。

 それ以前の問題として詐欺に騙されている者は、この状況下でも利益を追っている者たちだ。

 利益を求めること自体は悪くない。が、兵も出さずに富を蓄えることを、王はひどく嫌っていた。


「移動にどれほどかかることか。短時間で集まるほど精強であればなお良いのだが」

「少しだけ後悔しております。こんなことを考えず、もっと早くに1兵でも多く前線に送るべきではなかったかと」


 王の表情も少しだけ暗いものとなる。


「――クリスチャンのことは残念だった。だが、半端なことをしていて防げるものではあるまい。情に流された場当たり的な対処が許される情勢ではない」

「ええ、そうですわね」


 アントワネットは瞑目めいもくした。

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