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「ええ、恨まれるでしょうね」
男爵は溜息をついた。
「マリアンヌ様を巻き込まなかったことだけは褒めてやろう」
「あら、意外ですわね。てっきり巻き込んだなとお叱りになられるかと思いましたのに」
「老いぼれとはいえ、そこまでボケとらんよ。マリアンヌ様の行動に、ちゃあんと別の意味合いを持たせているじゃろ」
「――流石ですわね」
今度はアントワネットが溜息をついた。
まるで詐欺の手伝いを認めるかのような言い回しで、マリアンヌに手伝いを求めたアントワネット。だが、実際に頼んだのはルージュラントに縁のある貴族を探すことだった。
マリアンヌが紋章官から聞き出した情報は、現在は軍の編成で利用されている。現地に縁のある貴族に、ルージュラント内の戦況を聞き出してもらっているのだ。
周囲の目からは、マリアンヌ自身は戦争に注力していると思われている。
「マリアンヌ様を巻き込まなかったとして、自分が恨みを買っては、マリアンヌ様が悲しまれるとは思わなかったのかのう」
「優しい方ですからね」
「マリアンヌ様はお優しく聡明で公明正大で輝かしい将来を約束されたお方じゃが――そうでなくとも、友が嫌われ者になれば、誰だって悲しむじゃろう」
「友、ですか」
「そう。友じゃ。どうした、驚いた顔をして」
アントワネットの顔を下から覗き込み、男爵は笑った。
「いえ、そうですわね。彼女と友であれたなら、嬉しく思いますわ」
「王族とて友くらいは出来る。アントワネット嬢は、マリアンヌ様の家臣というわけでもあるまい。言うなれば、家に泊まり込んでおる友人じゃろう」
「そういえば、コルドゥアン卿のお屋敷でしたわね。今更ですがお邪魔してます」
「幾らでもすれば良い」
アントワネットは小さく頭を下げた。
この老貴族には、自分の正体も考えも全て見透かされているような気がした。それでも温かく接してくれるのは、マリアンヌと仲良くしているからだろうか。
「さておき。アントワネット嬢の計画に、そろそろ目敏い諸侯は気づき始めたようじゃな。バロウンス公爵が落ち着きなくしておるようじゃ」
「ええ、そういえば何通か手紙が来ておりましたわ」
「配当を払っていないとか?」
「ええ。配当を払う相手を選んでおります」
「それでは詐欺と露見するのではないかの?」
アントワネットは不敵な笑みを浮かべた。
「露見させるのです」
「なるほど」
ポンジスキームの終わりは、配当を払わなくなったとき。
配当が支払われなければ、被害者たちはビジネスの実態をきちんと調べ始める。そして、騙されたことに気が付き、怒り狂う。
本来であれば、露見する前に逃げ出すべきだ。
だというのに、アントワネットは王都に居座りながら一部の人間にだけ配当を払わず、あえて詐欺の発覚を早めていた。
「分断を誘うのか」
「ええ。まだマリアンヌ様に恭順を誓っていない諸侯にだけ配当が支払われないとなれば、何かしらの行動を引き起こせますわ」
「――よく考えておる。だが、あまりにも近視眼すぎるぞ。戦後のことは考えておるのか? 戦争は国家にとっても人生においても一大事じゃが、生きていく上では戦争が終わってからのほうが長いじゃろ」
「ご安心くださいませ。きちんと考えは練っております」
男爵はゆっくりと髭を撫でながら、目をつむった。
「アントワネット嬢がそう言うのなら、そうであることを老いぼれは願っておるよ」
「ええ、そうしてくださいませ」
「落ち着きをなくしている」と評されたバロウンス公爵だが、彼はその身分に似合わず行動が早い。
経済の前線で戦っているからこそ、拙速を尊ぶのかもしれない。実際の戦争がそうであるように、経済でも一刻の遅れが致命傷を招くことがある。
アントワネットが管理する屋敷、コルドゥアン男爵が住む屋敷、そしてギルドなどにも使いを出すが、早朝だというのにアントワネットは不在だった。
もしやと思い王城の前に行けば、そこにはちょうど門を開けてもらうアントワネットの姿が。馬車から飛び出し、アントワネットに駆け寄る。
アントワネットの真っ赤な服装が白い城門に映えて、どこか不穏な未来を暗示しているようだ。
不安と焦燥と怒りがない交ぜになった感情を抱え、バロウンス公は声をかける。
「アントワネット嬢、待たれよ」
くるりと振り返ったアントワネットは、異様な色香を放っていた。
もとより美しい様子をしている。その振る舞いひとつひとつにも魅力のある女だった。だが、今日は普段の彼女すら霞むような、独特の気配を放っている。
神懸かりのような。いや、悪魔を下ろしたかのような。人間離れした魅力だった。
「あら、バロウンス閣下。ご無沙汰しております」
慈しみすら感じるような笑顔だった。
目上の貴族に配当金すら支払っていない身の上で、ありえないほどの余裕な態度。
「ご無沙汰とかじゃない。鉄道計画はどうなっている」
「あら、閣下も細かいことを気にされるのですね。今の世間は、ヨーゼンラントと魔王のことで一杯ですわ」
はぐらかすような態度に、バロウンス公の額に青筋が浮かんだ。




