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マリアンヌはぱっとアントワネットの手の中のボトルを取り上げた。
「あ、なにするのさ」
ボトルをぐいっと傾けて、マリアンヌまでラッパ飲みをする。
アントワネットの焦ったように伸ばされた手が、行き場を失って彷徨う。
ラッパ飲みなどしたことがないからか、マリアンヌの唇の端に赤い液体が伝った。
「ぷはっ」
「お姫様なのにそんなことしちゃって」
アントワネットは、マリアンヌの首筋から唇までをハンカチで拭ってあげた。
「……まずいです」
「そうやって飲むものじゃないからね」
「でしょうね」
マリアンヌは同意した。身の回りにこんな飲み方をする人はいない。
「まだマリアンヌちゃんには早いよ」
アントワネットはボトルを取り上げた。マリアンヌは大人しくボトルを手放す。
「早かったみたいですね。少しは、貴女の考えに近づけるかなと思ったのですが」
「近づいても何にもならないでしょうに」
「わからないのです。貴女の考えも、これからどこに向かえば正解なのかも。魔王に抗うというのは、迫る脅威に抵抗しているだけで、意思の本質ではないと思うのです」
気づけば多くの人を率いる立場になってしまっていた。マリアンヌの掲げる魔王討伐に多くの貴族が賛同している。
このまま魔王討伐を成し遂げれば、マリアンヌは玉座に大きく近づく。
だが、そんなのは場当たり的で成り行きにすぎない。
「意思の本質ね。私は、意思というものを信じていないから」
アントワネットは、何度も内心で思ってはいたが、口に出していなかったことをついに伝えた。
マリアンヌは首を傾げた。
「貴女の行動には意思を感じます」
「そうかい? でも、もう3本も飲めばぐでんぐでんになって変なことばかり口走るようになるさ。どれだけ強固な意志だって、ワインボトルには勝てやしないのさ」
「アントワネットさんは……」
マリアンヌは少しだけ言い淀んだ。
――今さらか。
気持ちを固めて続きを口に出す。
「……自身満々で他の人も見下しているようなのに、自虐的ですよね」
アントワネットは驚いた顔をする。
「おや、おやおや」
「ご自身で気づいていなかったのですか?」
「うーん、いや、まあ」
そう口ごもった。
他人の心理につけこむような真似をしているのに、自分自身については見えていなかったのだ。
「確かに、そうかもねえ」
アントワネットはワインに目を落とす。
地球のそれと違い、アルコール度数の表記はない。
――なぜ、自分は向こうでもこっちでも酒ばかり飲んでいるのだろうか。
そんな疑問が柔らかく痺れる脳をよぎった。
いつから飲むようになったのか。量が増えたのはいつからだったか。
酒を浴びるように飲むのは弱さの証左だ。自虐が多いのは防衛機制だ。
「本当は、詐欺なんか向いていないのではありませんか?」
マリアンヌの言葉に表情が固まった。
それから、ゆるゆると首を振る。
「まさか。罪悪感に苛まれるような人間に見えるかい?」
空虚な言葉だった。
そう問いかけたところで、惨めさは変わらない。
マリアンヌは小さく首を振った。
「私は、もしかすると貴女に少しだけ憧れていたのかもしれません」
「……なにを」
「普通とは違う。強い意思で、手段を選ばずに何かを成し遂げようとする人なんじゃないかと。悪事を行っても、犠牲を払いながらでも誰かを救う、そんな英雄を勝手に貴女に重ねていたのかもしれません」
「そんな大層なものじゃないよ。所詮はちんけな詐欺師だ」
「そうでしょうね。私の勝手でした」
圧倒的な美を誇る外見と、余裕があって飄々とした態度。鮮やかに金を集め、マリアンヌの派閥を強化した。
見た目も実績も、彼女を英雄たらしめる。
だが。その人間性は、器に見合っていなかった。
「今度は私が貴女の支えになれたら良いのですが……」
アントワネットはソファに腹ばいで飛び込み、マリアンヌに背を向ける。
「んー。それなら。それならさ。何か、私がやったことを意味のあるものに変えてくれないかな」
くぐもった声で、そう言った。
どれだけ深酒をしても、アントワネットは誰よりも早く起きる。
マリアンヌ以外にはだらけた姿を見せなかった。完璧に身なりを整え、完璧に化粧を施し、それから初めて女中の世話になる。
なんともやりがいの無い客人ではあるが、滞在期間が長くなるにつれ、周囲はそういうものだと思うようになっていった。
マリアンヌの派閥が大きくなるにつれて、彼女らの立場は強くなっていった。
数か月間の積み重ねと、大きな資金を鉄道計画で集めたことも相まって、ついには敵対派閥の貴族を王都に呼び出すまでになっていた。
金はあればあるほど金を集める。
金持ちは、「金を出せ」と言うときにすら偉そうに出られるのだ。
久々に訪れたイーペ川のほとり。
ギルドの建物にアントワネットの姿はあった。
アントワネットに呼び出されたのは、王都の西側に領地を持つ伯爵だった。目が細く、狐を思わせる容姿をしている。
彼はマリアンヌを支持していない、いわば敵対派閥の貴族だ。王の長男を支持している。
しかし、アントワネットの鉄道事業に小口だが出資をしている。儲かるとわかっていて無視することができなかったのだ。
「本日は招きに応じてくださり、感謝いたします」
「顔を出さないわけにはいかんだろう。配当金もきちんと振り込まれていることだしな」
「ええ、もちろんですとも。バロウンス閣下の作られた金融システムは本当に素晴らしいですわ」
「ああ……。そういえば、その金融機関――銀行からも金を借りていると噂を聞いたが?」
暗に「経営は大丈夫なのか?」というニュアンスが込められた質問を、アントワネットは笑顔で受け流す。
「ええ、担保もございますから」




