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 リフォーム詐欺。近代ではメジャーな詐欺の手法だ。


 建物の不備や破損を指摘し、高額なリフォーム契約を結ばせる。

 それだけならまだしも、そもそも存在しない破損を直す、あるいは勝手に壊して直すといった手口も含まれている。


 屋根のように家主が自分で確認しづらい場所の修理が、特に狙われる場所となる。

 飛び込み営業やチラシなどで家や設備が壊れているから直すと言われた場合、まずこれを疑うべき、代表的な詐欺である。


「そんな詐欺の手法が……」


 ざっくりと説明を受けた、豪邸の管理人の少女――マリアンヌは口を覆った。

 年の頃は15くらいだろうか。社会経験の少なそうな、無垢な目をしている。なぜこんな少女に豪邸の管理が任されているのか、アントワネットはいぶかしんだ。


「その、色々とありまして。コルドゥアン男爵が持つ不動産の1つを管理することで、お給金を頂いております」

「愛人かな?」

「違います!」


 アントワネットが脊髄反射で口にした失礼な言葉に、マリアンヌは噛みついた。

 マリアンヌの容姿は幼い透明感と女性らしさの間にあり、色気こそないが可愛らしさと美しさがある。


 ――センスの無い人間が思い浮かべる美の極致。


 アントワネットは脳内で、マリアンヌのほっそりした容姿をそう評した。

 愛人でもなく、貴族の不動産を管理しているとなれば、複雑な事情があるのだろう。隠し子、あるいは別の貴族の縁者。色々と考えることが出来る。


 男爵に対し敬称がないことから、貴族の当主に近しい立場なのもわかった。


「ふむふむ。で、マリアンヌがこの屋敷を管理しているのは、それなりに有名なのかな?」

「知っている人は知っています」


 マリアンヌはつっけんどんに答えた。アントワネットの無神経さにまだ腹が立っているようだが、当の失礼な女は意にも介さない。


「じゃあ、相手さんは貴族の不動産というのも知った上で詐欺を仕掛けている、と。なるほどなるほど。逃げ足に自信があるのかな?」


 アントワネットは周囲を見渡す。

 高い建物はちらほらあるが、マリアンヌの屋敷を見下ろせるもので、工事している様子はない。


「それとも、小娘相手にバレることなんてないと思っているか、かな。ないしは、あくまで合法の範囲でやるタイプか……」


 アントワネットは道中で拾い聞きした情報から考えてみる。


 グリーズデン王国には2種類の貴族がいる。

 領主貴族と法衣貴族。


 領主貴族はその名の通り、領地を持つ貴族だ。

 彼らはグリーズデン王家に屈服した、他国の王だった一族だ。高度な裁量権を持ち、自身の領地内ではそれこそ自分が法のように振る舞うことが出来る。


 法衣貴族は領地を持たない。

 王家に仕えた重臣の一族であり、役職と俸給によって生きる。彼らは王家が定めた法を、粛々と実行する立場だ。


「コルドゥアン男爵はどっちかな?」


 王都に屋敷を持っているということは、法衣貴族だろうと思いつつも、アントワネットは尋ねた。


「どちらも、ですね。基本的には法衣貴族と呼んで差し支えないのですが、領地の代わりに荘園の管理をしております」


 マリアンヌの語るところによれば、コルドゥアン男爵家は昔に起きた大きな戦いで、王都を守り抜く比類なき戦果を挙げたらしい。

 その功績に報いて、王都内の幾つもの土地を荘園として管理することが任されたようだ。


 王に預けられた土地を、まるで領主貴族のように運営し、一部を税として王に納める。まさに2種類の貴族の中間にあるような家だ。


「荘園か! そいつは愉快だ! まさか王都内に荘園があるなんて、この国の王家は実に面白いことをするね!」


 アントワネットはけらけらと笑った。

 それからマリアンヌと幾つかの商慣習などについても話をする。必要な話をあらかた聞き終えたアントワネットは、満足した顔つきになった。


「あー、良いことを聞けた。それじゃあ、ザコを待とうか」

「ザコって……」

「ザコはザコさ。若い女の子相手にチンケな詐欺を仕掛ける小悪党。幼子をカツアゲするガキ大将となんら変わらない。怠惰で、精神的に肥満している」


 アントワネットは自分が過去にしてきたことを棚上げし、吐き捨てるように言った。

 正義感や義侠心などではない。ただの同族嫌悪だ。


 そこに梯子はしごの材料であろう、棒などを積み込んだ荷車をいた職人風の男がやってきた。


「いやぁ、お待たせしました。ちゃちゃっと見ますんで。ええ!」


 本当に職人ではあるのか、男はするすると棒を組み立て、簡易な梯子はしごをあっという間に組み立てた。


「あら、本当に腕のいいこと。たくましい殿方ですわね」


 純粋に驚いたような仕草をしてみせるアントワネットに、マリアンヌは呆れた目を向けた。

 得意げな様子で屋根に登る男。しばらくした後、深刻そうな顔で屋根の端から顔を覗かせる。


「こいつはいけませんわ、お嬢様方。瓦が抜けちまってます。いつ落ちるかもわからないですね。いくつかは割れちまってます」

「あらあら、それは大変ね。マリアンヌさん、修理なさっては?」

「ちょっと――!?」


 詐欺とわかっているのに、なぜ修理させようとするのだ。そう抗議しかけたマリアンヌの唇に、アントワネットの人差し指が添えられる。

 いたずらっぽいウインクに、マリアンヌは思わず口を閉じた。

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