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 人はなぜ数学の勉強をしなければいけないのか。

 論理的思考力を養うだとか、統計を正しく扱えるなど、色々な効果がある。が、それ以上に重要なのは「騙されなくなる」ということだろう。


 1人の会員が2人の会員を増やす、というマルチ商法の場合、26世代で累計の会員数が1億人を超える。2の階乗はあっという間に大きくなる、という感覚があるだけで、マルチ商法には引っ掛からなくなる。


「まず、君たちは身なりを変えよう。それじゃあ駄目だね」


 アントワネットはマリアンヌの屋敷で、セフポン伯から派遣された3名の担当者と話していた。

 彼らは王都の富裕層で流行りだした燕尾服を着ている。決しておかしな恰好ではない。不服そうな顔をした。


「はい、その考えが間違い。君たちはセフポン卿に雇われていて、既に成功した立場の人間だ。その目線から考えるから良くないんだ」


 アントワネットはかっさかさに乾いた、見るからに古いパンをテーブルに置いた。


「いいかい。これを食べているような人間が、君たちのその恰好を見て『自分もこうなれるんだ!』なんて現実感を持って見れると思うかい?」


 彼らは押し黙った。

 納得したというよりも、陸にいながらにして、乾いたパンを食べる生活が想像できなかったからだ。


「まずは相手への解像度を上げることだ。君たちは自分が誰に何を売るのかを明確にした方がいい」

「それはやはり金銭に余裕がある人に――」

「違う!」


 アントワネットの鋭い声に、彼らは身を竦ませた。


「問題は金の有無じゃないんだ」


 男たちは必死に頷くが、内心では先ほどの話と違うじゃないかと思っていた。


「今の自分の生活に不満を持っている人、だ」

「そんなの、誰だって大なり小なり持っているんじゃないですか?」

「不満を持っている、だけならそうだね。貧民から陛下まで誰しもがそうだろう。だから、そこにもう1つ視点が必要だ。それは希望」

「希望?」


 ふわっとした言葉に聞き返す。

 アントワネットは頷いた。


「自分の力で、今の生活を続けていけば、きっといつか良いことが起きる。状況が好転する。そうやって考えられない人間は、人生の一発逆転を狙うのさ。この国のことは知らないけど、祖国だったら何もない農村から都市に出ていく若者なんかは同じ心理だったね」

「なるほど……」


 アントワネットの例えで具体的なイメージがついた男たちは、ようやく納得した表情になる。


「じゃあ、そんな人から見て現実味のある金持ちの格好に変えてこようか」


 一度解散して、1時間くらい経ってまた集まった。

 男たちの恰好は、田舎の成金のようなものに変わっていた。アントワネットは頷く。


「うん、うん。悪くないよ! あとはワンポイントだけ流行を取り入れたアイテムを身に着けよう。大きければ大きいほど良いね! 次回の教習までに、これから君たちがなりきる人物が、自慢にしていそうな金持ちアピールアイテムを用意してくれ!」


 男たちは安心した顔をした。美人の叱責は妙な迫力があって怖い。


「しかし、そんな層はあまりお金を持っていないのではありませんか?」

「ないことはない、貯めれば作れる、くらいのお金を狙うんだ。いいかい? この《《販路づくり》》のキモは、相手に儲かることを強調するんだ」


 釣りで考えるとわかりやすい。

 魚に合わせた餌と道具を用意するか、自分が持っている餌と道具に合わせた魚を狙うか。

 今回は餌が決まっているのだから、それに合わせた魚を狙うしかない。


「結局は数を集めればお金になるからね。人口のボリュームゾーンを狙っていこう」


 この時代は大規模な工場生産が生まれたばかり。薄利多売の概念は生まれて間もないものだった。

 そんな中で詐欺の薄利多売をやろう、とアントワネットは言い出したのだった。


「それじゃあ、実際の方法に移ろう」


 マルチ商法をやる上で必要なのは、説明の上手い会員を集めることだ。口が回って、かつ、詐欺に騙されてしまうくらいには頭が悪い人材を捕まえなければいけない。


「そんな都合のいい人材が見つかるまでは、会員が連れてきた人全員に、君たち自身が営業しなければいけないからね」


 アントワネットはどっかと足を組んで、左ひじをテーブルにつけた。

 上の前歯を出す独特な笑顔で、気安い雰囲気で言う。


「おお、来てくれたんだ。ありがと。いいね、めっちゃいい表情してるよ。経験的に、どういう顔つきのやつが成功するかわかるんだよね」


 指を振りながらコッと舌を鳴らした。

 椅子を手で示す。


「いいよいいよ、そんな緊張して立ってないで。座んなよ」


 急に謎の演技を始めたアントワネットに戸惑いながら、男たちは席に座った。

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