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 噂は初めこそまとまった一連の情報として伝えられた。


 クリスチャンがマリアンヌを支援している。

 マリアンヌとクリスチャンは秘密裏に会っているようだ。

 クリスチャンからの出資をコルドゥアン男爵も把握しているらしい。


 だが、身分が上の人間に伝えられる頃には、多くの人間の耳と口を経由する。耳と口は直通ではない。必ず間に脳みそが挟まっている。

 脳みそは情報に世界観をかぶせるフィルターだ。

 情報は勝手に選別されて断片的になり、欠けた部分は妄想によって補われる。



 王都にほど近い場所に領地を持つ伯爵は、近隣に領地を持つ子爵と狩りをしていた。

 山林から勢子が追い出した獲物を、広い平地で待ち構えて撃ち取る遊びだ。大きな牙と太い前足を持つ、ヤギのような獣が飛び出した。

 伯爵は先込め式のライフルを放つ。獣はもんどりうって倒れた。


「お見事です」


 子爵が拍手をした。広大な自然の中で、たった一人の拍手が空しく響く。

 何が面白いのか。いや、別に面白くはないのだろう。誰の目と耳が隠れているかもしれない密室より、見通しの良い屋外の方が、秘密の会話ははかどるというもの。

 彼らにとっての「狩り」は、地球におけるゴルフと似た意味合いを持っていた。


「しかし、今更になってヨーゼンラント公爵家が王家と縁を繋ぐとはな」

「マリアンヌ王女と繋いで何の意味があるのか、とも思いますが」

「そのマリアンヌ王女の価値を下げたのが婚約破棄だ。ヨーゼンラント公爵家と繋がるのであれば、また価値が上がる」


 伯爵はカールした口ひげをつまんで捻り上げた。


「だが、なんの為に……」

「マリアンヌ王女を一時的に隠しておく意図があった、のでしょうか?」

「確かに、縁を繋ぎなおしたのではなく、繋がったまま隠していたとするのが自然か。王家と公爵家の策謀だ。理解できぬのであれば、素直に振り回されておくのが多数派になれるかもしれぬな」


 多数派になれば、策にまったとしても力でひっくり返せる。そんな意図を込めて伯爵は言った。


「では、立食パーティーとやらの誘いがあれば参加されるので?」

「いや、贈り物だけしておこう。卿が参加するのであれば、縁繋ぎを頼みたい」

「では、誘いがあれば馳せ参じるとしますか」


 2人は揃って頷いた。




 所変わって王城内の談話室。

 行政を指揮している2名の男爵が、香炉の煙をお供にお茶を楽しんでいた。


「噂が広がっている」

「王太子に万が一のことが起きれば、陛下はクリスチャンを次期王太子にするとまで話されているが……まさか」

「可能性としてはゼロではないが……流石にあるまいよ」


 竜をかたどった香炉の口から、薄い緑色の煙が吐き出されている。タバコとムスクを混ぜたような独特の匂い。わずかな酩酊感を得られるが、すぐに抜けるということで、酒の代用品のように扱われていた。


「はぁー、ヨーゼンラントは不穏な動きが多い」


 年かさの男爵が大きく溜息をついた。

 彼はここ近年に成立した証券取引の概念を分析する行政局の長だ。経済という複雑怪奇な魔物を相手に、日々奮闘している戦士とも言える。


「情報を閉ざして延々と物資をかき集め、独立戦争でもやるのかと思ってましたがね」


 比較的若い――といっても30代も後半の男爵が言った。

 王家の紋章がいくつも描かれた、やけに派手な上着を身に着けている彼は、紋章官だ。平時には王家や貴族家の紋章を管理し、戦時には伝令や使者の役目をこなす。


「マリアンヌ王女を迎え入れれば、独立もしやすいんじゃないか? 子が生まれれば王の孫だ」

「まぁー、それもそうですな。ですが、そんな大事ならなぜ手紙なんぞから情報が漏れたんですかね。普通は家の者に届けさせるでしょうが」

迂遠うえんな警告かもしれん」


 年かさの男爵は語る。

 ヨーゼンラントを繋ぎ止めたければ、王家の意思表示をしろという脅迫ではないかと。


 魔王の危機を声高に主張し、とかく力を求め、あまつさえ王女と婚約破棄までしたヨーゼンラントを王家は持て余していた。

 しかし、改めてマリアンヌを庇護することで、関係を再構築する意思を示した。

 ここでマリアンヌを王家の一員として宮中に戻せば、ヨーゼンラントは再び王家と歩み寄れる。逆にマリアンヌを冷遇し続ければ、ヨーゼンラントに連れていき大義名分の御旗にする。


 そういう脅しだと説明した。


「ううむ、そうなんですかね。いえ、そうであって欲しくないということは、きっとそうなのでしょうな」


 紋章官の男爵は汗を拭いながら、独特の言い回しで肯定した。


「では、王に伺いを立て……ヨーゼンラントに使者として行ってみますか」


 紋章官には何者も攻撃してはいけない。不穏な場所に使者として行くには最適な人選である。本人もそれがわかっていた。

 1次情報が足りていない。広がった憶測だけで勢力図が変わろうとしている現状に、彼は冷汗が止まらなかった。



 そしてその頃。

 ご機嫌なアントワネットは、コルドゥアン男爵と招待状の作成に取り掛かっていた。なお、面倒な手配はすべてコルドゥアン家の執事に丸投げしてある。


「マリアンヌ様の綺麗なお姿を、早く皆様にお見せしたいですわ」

「ほっほっほ! いかにも! 王都にマリアンヌ様あり! マリアンヌ様が表舞台に帰られるとなれば、このジジイは嬉しくて嬉しくて……」


 男爵はハンカチでぶおおおおと大きく鼻をかんだ。これでもう8枚目である。洗濯もしている女中が遠い目をしながら、新しいハンカチと交換した。

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