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09 「日ソ中立条約破棄?」

「第三帝国は千年続くだろう」


 1945年4月15日、連合軍がベルリン攻略を開始。

 1939年9月1日からヨーロッパ全土を震撼させた第三帝国とも自称したナチス政権下のドイツは、断末魔を迎えつつあった。


 一方でその10日前の4月5日、ソ連のモロトフ外相は、モスクワ駐在の佐藤尚武大使をクレムリンに呼ぶ。日ソ中立条約は1年後に期限が切れるが、延長しない方針であると伝える為だ。

 この「不延長」は実質的な「破棄」を意味していた。

 東の果てでも、戦争が最後の佳境を迎えつつあった。


 ソ連、というよりソ連の独裁者スターリン書記長は、対日参戦及び日本に対する勝利にこだわっていた。

 単に領土を奪うのが目的ではなく、洋の東西で偉大なるソ連、偉大なるスターリン書記長が勝利を飾る事にこそ、自身の独裁体制のさらなる強化は当然として、次のアメリカとの覇権争いに必要だと考えていたからだ。

 また、戦後に始まるアメリカとの覇権争いを少しでも優位にする為、アジア極東地域で自らの勢力圏を広げておく必要を強く感じていた。

 特に太平洋での不凍港の獲得が重要と考えられた。


 加えてスターリン書記長は、日露戦争でロシアが日本に負けた事に強いこだわりを持ち、日本に対する勝利を求めていたと言われている。

 そしてソ連が対日参戦し、アジア極東に侵攻する為に必要な武器、弾薬、各種物資の援助を、アメリカに求め続けていた。

 だがアメリカの回答は、その逆だった。


 なお、それまでソ連を援助するレンドリースを届ける為、いくつかの援助ルートがあった。そのうちの一つが「シベリア・ルート」と呼ばれる、ソ連の船舶がアラスカや西海岸まで援助物資を取りに来るルートだった。

 そしてウラジオストクなどに陸揚げされた膨大な量のレンドリースは、シベリア鉄道でヨーロッパロシアのソ連軍へと届けられていた。

 日ソ中立条約もあってこのルートが最も安全で、最も多くの物資がアメリカからソ連に渡されていた。


 しかしヨーロッパの戦争の終わりが見えた事、アメリカが「ソ連国内の惨状を案じ」対日参戦を求めなかった事から、1945年3月初旬に4月からは援助物資の減少を、5月からは事実上の終了を通達していた。


 戦争は4月中に終わりそうだし、援助が前線に届くには援助の船がアメリカを出てから2ヶ月程度かかるからだ。

 そしてレンドリースは返済するのが前提なので、戦争が終わる以上、相手国に負債を背負わせるわけにはいかないというのが大きな理由の一つだった。


 当然だが、スターリンが求めた対日参戦に必要な100万トンの援助物資は1グラムも届ける予定はなかった。


 この為、追加の100万トンがなくても今まで得られた物資を対日戦に投じるつもりだったソ連は、目算が完全に外れてしまう。対日戦の為に求めた100万トンの物資どころか、その前の数十万トンの物資すら届かなくなるからだ。

 しかも当時のソ連極東地域は自活能力に乏しく、ヨーロッパロシアからの農作物、工業製品を必要としていた。

 特に食料自給率が70%程度なので、放っておくと大量の餓死者を出すような状況だった。


 つまりソ連が対日参戦したければ、ロシア極東地域の住民の分に加えて、極東に大幅に増強する軍隊の物資の一切合切を自分でヨーロッパ方面から運ばなければならなかった。

 この為、対日戦の研究を密かに命じられていたソ連赤軍のナンバー2のヴァシレフスキー元帥は、対ドイツ戦終了から90日での対日戦は不可能、最低でも倍の180日が必要と報告する。


 つまり対ドイツ戦が4月いっぱいで終わるとしても、対日戦の開始は冬になってしまう。そしてシベリアの冬は非常に厳しく、ソ連軍が冬の戦闘に慣れていると言っても、大規模で短期間の電撃的な侵攻作戦を実施するには無理があった。

 それ以前の問題として11月になってしまうと、アメリカは日本本土に攻め込んでいるか、日本が既に降伏している可能性が十分にあった。


 スターリンは報告に激怒して90日後の対日開戦を厳命したが、ヴァシレフスキー元帥は頭を下げただけだったという。

 準備はするが、どうなっても知らないという事だ。

 この時ヴァシレフスキー元帥は、無理に対日参戦した場合にはソ連赤軍は100万人の死傷者を出すと考えていたと言われる。

 そして大打撃を受けた戦力で、南から押し上がってくるアメリカと、極東で対峙しなければならないとも考えた。

 故に彼が考えたのは、どうやって責任を回避するか、誰に責任を押し付けるかだったという。


 一方のアメリカは、水面下で日本との戦争終結の話を進める傍で、大規模な侵攻作戦の準備にも余念がなかった。

 その一方で、ソ連の動きを見て日本との停戦も急いだ。

 そして日本も、ソ連に攻め込まれて国体護持が揺らぐ前の停戦を焦る。


 日本との停戦の土台は、デューイ大統領がヤルタでの秘密会談でも示したカイロ会談。しかしアメリカは、対日戦で何もしない、するとしても火事場泥棒を企て漁夫の利を得ようとしているソ連に何も渡す気は無かった。

 つまり南樺太、千島列島についてすら、アメリカの中では日本に関係なく保留案件になる。


 それ以外となると、第一次世界大戦開戦以前の領土の保全。朝鮮の独立。満州、台湾などの中華民国への返還になる。

 そしてこの中で問題と考えられたのが、中華民国への返還だった。


 何しろ中華民国の軍隊が頼りにならない事が、1944年になって明らかになったばかりだった。

 援助で大幅に強化された筈の中華民国軍は、既に弱体化しつつある日本軍に負けているのに、より強いソ連軍の脅威に対抗できるとは考え難かった。

 しかも国内の共産党と強く対立しており、共産党が満州、内蒙古に入ってソ連の援助を受ける可能性も、この頃すでに危惧されていた。


 この為アメリカは、中華民国単独による領土回復ではなく、連合国共同での満州、内蒙古の占領統治を考えていた。

 そうすればアメリカ軍も満州などに入れる。そしてアメリカを直接敵とする程、ソ連は愚かではないと考えていた。

 そして満州、内蒙古だけでは不自然なので、合わせて台湾の占領統治も考える。

 蒋介石には、まずは大陸中央の統治と安定の回復を最優先するのが目的だと説明する事とされた。

 そしてそうした話を、噂として日本に流れるようにした。


 だが、日本の一部は愚かだった。

 度重なる敗北の後の大勝利を前に、手前勝手な願望と妄想に囚われていた。

 父祖が血を流した満蒙は絶対に譲れない。朝鮮半島を手放すなど言語道断。もう一度勝利して、目にもの見せてから改めて交渉の席につくべし。

 いや、アメリカを交渉の席に着かせるべし、と。

 多くはそう言った現実を見ていない論調だった。


 これに対して、レイテでの復讐の機会を狙い怒り狂っているであろうアメリカ海軍と戦わなくてはならない海軍としては、艦艇がある程度残っているだけで、もうまともに戦えないと主に水面下で訴えた。

 「天佑は二度もない」と。


 しかし既に冷静さを欠いている人々は、ならば人の手で「神風」を起こせば良いと叫んだ。

 次の決戦の地は、かなりの確率で沖縄。

 そこならば、陸海軍の航空機を全て叩きつける事ができる。そしてその戦場で、自爆機の群れで一斉に襲いかかれば恐れるものなど何もない、と。


 「神風特別攻撃隊」と仮に呼ばれた体当たりによる攻撃を主戦法とする攻撃は、レイテでの戦いにおいては台風の影響と米軍の撤退で延期されていた。

 その後もアメリカ軍の侵攻が低調な為、実際に用いられる事は無かった。

 だが、通常の航空戦での劣勢は日に日に強まっており、次のアメリカ軍の侵攻に備えて部隊の準備は着々と進められていた。

 特攻機一千機体制などという狂気の言葉すら言われていた。


 こうした日本国内の情勢の為、主にアメリカ政府が望み急いだ日本との戦争終結に向けた動きに大きな進展は見られなかった。

 と言っても、アメリカ政府が本格的に動き始めたのも1945年2月からなので、短期間で劇的な変化が見られる筈もなかった。

 行われたのは、中立国での日米の秘密会合くらいだった。


 しかし一つの出来事で大きく動き始める。

 それが、4月5日のソ連からの日ソ中立条約の「不延長」だった。

 これで日本の上層部は、噂が真実だったと悟る。しかもその10日後には、ドイツに対する連合軍とソ連による最後の大攻勢が開始された。

 ここから逆算すると、4ヶ月後にソ連は対日参戦をする可能性が現実味を増した事になる。


 日本は外にはあまり見えない形で政治の混乱が発生し、その象徴として4月7日に小磯国昭を首班とする内閣は総辞職。新たに、天皇の信任が厚い鈴木貫太郎を内閣総理大臣とする新内閣が発足する。

 これを内外は終戦内閣だと見た。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ソ連のナイスアシスト。 [一言] いつの時代でも先が見えない夜郎自大ぶりには辟易しますね。 大日本帝國は彼らによって滅ぼされたと思う。
[一言] 日本の戦争継続を煽る共産党シンパとそれに乗る新聞やら右翼やら こいつらを桜花や回天に詰め込みたい
[良い点] ロシアへの恐怖という外圧で初めて冷静になる。 余りにも酷い内部状況で自力判断が出来ないといえ、この時代の日本の無責任っぷりには泣きたくなる。
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