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08 「国体護持」

「大日本帝国ハ萬世一系ノ天皇之ヲ統治ス」


 太平洋での停滞をよそに、ヨーロッパでの戦争はドイツが断末魔へと追い詰められつつあった。

 1944年12月にドイツ軍による連合軍に対する大規模な反抗作戦があったが、連合軍はこれを何とか退ける。

 連合軍は、アメリカ軍がレイテでの大敗で厭戦気分の上昇や士気低下を懸念したが、殆ど影響は見られなかった。多少あったとすれば、将軍達がアメリカ軍の戦死者を減らす事により一層腐心したという程度だろう。


 そして翌1945年1月、ちょうどアメリカで大統領就任式が行われたのと同じ日にソ連軍は遂にドイツ領内へと進撃を開始。

 一方の連合軍も、ヤルタでの会談が始まる日にライン川を越えてドイツ領内への侵攻を開始する。

 ヨーロッパでの戦争に終幕が見えた頃に行われたのが、ヤルタ会談だった。


 だが太平洋方面では、戦争が停滞し続けていた。

 日本軍の反撃が大成功して、アメリカ軍の渡洋侵攻能力が半壊するほどの大打撃を受けたのが直接的な原因だった。

 また1944年11月の大統領選挙でそれまでのルーズベルトが敗北して新たにデューイ政権が発足した為、政治の大きな停滞とその後の転換が起きたのも大きな原因の一つだった。


 それでもアメリカは、1945年2月にはある程度の規模の作戦が行える体制を再び整えた。

 しかし大規模となると、まだ揚陸機材が整わない。上陸作戦を支援する第七艦隊はいまだ再編成中で、艦隊や部隊として投入できる状態ではなかった。

 そして何より、レイテで猛威を振るった日本海軍を完全撃破できるだけの準備が整わなかった。そして整わない以上、危険を犯しての大規模な渡洋侵攻を実施するわけにはいかなかった。


 対する日本は、既にあらゆる物資が欠乏し、船が沈み、兵力が底を尽き、人材も払底する惨状だった。故に、せっかくの戦略的とすら表現できるレイテでの勝利を、あまり有効活用できていなかった。

 アメリカ軍の攻勢が一時的に停滞した事で一息つくのが精一杯ですらあった。日本には、もはやまともな総力戦を遂行する力は残されていなかった。


 レイテでの勝利の立役者の日本海軍も、数多くが生還した艦艇の3分の1はドック入りか長期の修理中。稼働可能な艦艇の多くも、輸送任務に駆り出されるか、船の護衛に引っ張りだことなるか、内地(日本本土)に石油がないので南方に派遣されるという状態だった。


 しかもアメリカ軍の潜水艦や爆撃機を用いた通商破壊戦の為、せっかくレイテの戦いで生き残った駆逐艦などは、護衛作戦の中で日々消耗を重ねていた。大型艦の一部も、移動中に損傷したり沈められたりもした。

 とても、もう一度大規模な戦闘、決戦を行う力は残されていなかった。


 そうした中、日本軍が中国大陸での攻勢を続けていた。ここだけは、日本軍が優勢を確保できたからだ。

 だが他では劣勢で、レイテでの勝利がなければフィリピンも短期間で陥落したのは間違いなかった。

 実際、レイテでの敗北と関係ない場所では敗北が続き、ビルマでは日本軍の全面的な潰走とすら言える後退に次ぐ後退が続いていた。


 また、1944年6月から始まった、Bー29爆撃機による日本本土爆撃は、11月からは中国奥地からではなく西部太平洋のマリアナ諸島からの爆撃が始まっていた。

 そして1944年内は製鉄所、航空機用発動機工場の高高度爆撃だけだったものが、1月半ばから日本本土の海峡などに対する機雷投下作戦中心に移った。

 機雷の効果は、日本が対処能力に欠ける為非常に大きいと分かるが、分かる前に歴史は動き続けた。



 アメリカが日本に対する戦争方針を明確に変更したのは、ヤルタ会談が終わった1945年2月11日以後。

 政権中枢の全て、政府内の一部、特に国務省のスタッフの一部が刷新され、対日停戦に向けて動き出した。全ては、貪欲さを隠そうとしなくなった、赤い帝国、ソビエト連邦ロシアに漁夫の利で極東で石ころ一つ渡さない為だ。


 アメリカの理想は、ソ連が日ソ中立条約を完全破棄する前に日本を降伏させる事だった。

 そうすればソ連は、日本の降伏や停戦、そしてその後の講和会議などに一切口出しできない。加えて、満州などの領土問題にも関わる事が政治的に不可能となる。


 戦後の世界情勢を考えれば、ソ連を少しでも封じ込める事、領土拡張、勢力圏拡大をさせない事は、アメリカの戦後の世界戦略に極めて重要と考えられた。

 そしてアメリカの動きを、他の主要参戦国であるイギリス、フランス、中華民国(国民党)が賛成していた。それどころか、ヨーロッパのすべての国が賛成した。

 全体主義が消え去りつつある今、共産主義、社会主義が次の相手だと各国が真剣に考えるようになっていたからだ。


 しかし問題も山積みだった。

 アメリカ国内は、一度に15万名もの戦死者を出した事に大いに驚き、そして犠牲が大きすぎると厭戦機運も高まった。だが「パールハーバー・アタック」をした卑怯な日本に対する敵愾心はまだ十分に高かった。

 一方で、対日戦でこれ以上大きな犠牲を出した場合、軍ばかりでなく発足したばかりの政府に対して、市民から厳しい批判に晒されてしまう。


 求められるのは、ソ連が対日参戦する前に少ない犠牲で日本を実質的に降伏させる事。

 そしてその中でも問題なのが、日本自身にどうやって降伏か停戦に対して首を縦に振らせるかだった。


 一方、レイテでの勝利で日本列島は狂喜乱舞となった。

 だが冷静な者、先の見える者は、これ以上日本に戦う力がない事は理解していた。そもそも、決戦だと考えていたマリアナ諸島を巡る攻防戦で呆気なく敗北した事で、戦争に勝機がない事は理解していた。

 マリアナで負けた頃には、首相を暗殺して戦争を早期に終わらせようという考えの者が出たほどだった。

 現に政権交代が起きた。


 だが、政府、各新聞、戦争支持団体に煽られ、自らもそれに酔った国民は、容易に自らが敗北しつつある事を認めようとはしなかった。

 レイテでの勝利は僥倖や奇跡、幸運の中の幸運に過ぎない事も理解していなかった。

 しかも悪い事に、戦況を客観的に見ることが求められる軍人の中にも、矛を収める事に反対の者が少なからずいた。


 そうした中、まずは1945年2月頃から日本に対して「確度の高い噂」が流れはじめる。



・米英は、日本に対して無条件降伏ではなく、自主独立を認める形での停戦を考えている。

・アメリカは、フィリピンで大きな犠牲を出した事もあって、日本本土侵攻をする意思はない。

・代わりに、機雷封鎖、潜水艦による海上交通破壊で、日本を干上がらせる。

・ソ連は、ドイツとの戦争が終わったら秋までに対日参戦する。

・ソ連は日本本土に侵攻後に、すぐにも共産主義政権を樹立する。



 以上5つが噂で、しかも水面下では早くもアメリカは動き出していた。

 そして噂と実際の動きを受けた日本は混乱した。


 一番声が大きいのは、レイテの勝利でアメリカが弱気になった。このままの勢いを維持し有利な講和を結ぶべし、というもの。

 しかしこれは現実を見ていない空虚な論で、正確な情報を知っている者は厄介だとは思っても見向きもしなかった。

 

 それに日本にとって問題なのは、アメリカよりもソ連だった。

 現在進行形でのソ連のヨーロッパ東部での行動も、英米の故意の漏洩によって通常より早く正確な情報が伝わるようになっていたのだが、連合軍の声を無視して共産主義的な政権を勝手に作ろうと動いているなど、噂を肯定するものばかりだった。

 しかも日本全土でなくとも日本の勢力圏を一部でも明け渡したら、そこに傀儡の共産主義政権を樹立する可能性が非常に高いと考えられた。


 そうなれば、ほぼ全ての日本人が日本社会を維持する為に必要だと考える「国体護持」が根底から揺らぐと考えられた。

 そしてドイツを倒した後のソ連が本気で日本に攻撃してきたら、防ぐのは全く不可能とも考えられた。

 特に、自分の関わらないレイテの勝利で浮かれていた陸軍は、真っ青になった。海軍はアメリカに一時的でも勝ったのに、陸軍はソ連に勝てる算段がどこにもないからだ。


 この件は大本営の会議で何度も激論が交わされ、陸軍は海軍だけでなく全方面からソ連に石ころ一つ渡さないと確約できるのかと問われ、虚勢以外の返答はできなかった。

 海軍も、今はまだソ連だけなら内地防衛は問題ないが、次にアメリカ軍が大規模な渡洋侵攻を仕掛けてきたら、ソ連に割ける戦力は残されていないと考えていた。


 つまりソ連が参戦したら全てが終わる。

 その前にアメリカが大規模侵攻をしてきたら王手飛車取り。

 そして防ぐだけの戦力はもうない。

 朝鮮半島ですら日本領なので、そこに傀儡政府を作られたら体制が揺らぎかねないという結論だった。


 そうした結論が出たところで政府内で考えられたのが、抗戦意欲の高い国民と徹底抗戦派を何とかする事。少なくとも、国内で彼らの矛先を逸らすか、向けさせる先が必要だった。

 そしてそれは、現在の小磯内閣を生贄とするだけでは足りないと考えられていた。

 なまじレイテで大勝利し、それを大いに宣伝までした為、さらなる勝利とそれによる有利な停戦と講和を求めるようになっていた。

 もしくは、アメリカなど連合国が日本に受け入れやすい停戦条件を出してくれるのを期待するようになった。


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― 新着の感想 ―
[一言] レイテの大勝利とアメリカ政権交代が活かせない日本。 実にツライ。このままでは史実か、あるいはもっと悪い分断国家ルートに行ってしまいそう。
[一言] このままなら条約をまもってくれてるソ連に身売りすると米に吹かすぐらいしないなら政治外交じゃどうにもならないのでは。
[良い点] この時代の日本に能動的な外交を求めるのは不可能だと知ってはいましたが、本当に酷い。 こうしている間にも、本土は空襲されロクに迎撃が出来ず、商船を守ることも出来ずに沈んで国民が貧しくなってい…
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