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第228話 オーロラは圧倒する

 自分の屋敷で準備をして、ゲートを使い、私は本邸へと跳んだ。移動した後に気づいたのは強い力のぶつかり合い。魔法薬を飲んで体内の魔力を回復した私は、あまり近づきたくない塔の方へ駆けた。


 そしてユティお姉様に迫るティアラ叔母様の魔法をギリギリで防いで今、ここに立っている。どうしてユティお姉様とティアラ叔母様が戦っているのか、なんとなく予想はついていた。


「……お姉様の出産タイミングで、ティアラ叔母様が謀反ですか」


「はい」


 私の後で膝をついたユティお姉様が答えてくれた。まさかティアラ叔母様が謀反を起こすなんて。それも、お姉様が出産する今日この日に。

 私はティアラ叔母様を……ううん、ティアラを睨みつける。


「……最低」


 言葉をかけるとティアラは顔を歪めた。


「……相変わらず生意気だなオーロラ。だが姉上が戻った今、その性格も矯正されよう」


「? ついに頭でも狂ったわけ?」


 意味不明なことを告げるティアラに対してため息を吐く。彼女は目が血走っていて、笑みを浮かべているけれどそれは喜びというよりも狂人のそれに近い。ついに幻覚まで見るようになったかと思った。


「気を付けてくださいオーラ。ティアラはお母様時代における強者。魔法と剣を組み合わせた攻撃は厄介ですが、それ以上にあの赤い防御魔法が厄介です」


「ふーん……そうなんですね」


 ユティお姉様の言葉をしっかりと理解して、私は考える。敵は力を持った、しかし冷静さの欠片もない相手。この場合にどのように戦えばいいかは、もう頭が導き出している。


 私はくすっ、と悪戯に笑い、心底馬鹿にする気持ちと口調でティアラに話しかけた。


「でも私も防御魔法には自信があるんだよね……本気で撃ってきてよ、おばさん」


 すなわち、こういった敵への最適解は挑発に挑発を重ねてさらに思考する余裕を奪うことである。


「……躾が必要なようだな、オーロラ!」


 そして今のティアラにはそれが上手く行った。剣を振り上げ、火と雷を纏わせたそれをティアラは力の限りに振り下ろし、刃を飛ばしてくる。確かに攻撃魔法としての威力は高い。ユティお姉様が苦戦するのも頷ける強さだ。


 それを、私はしっかりと目で見る。右手を再び前に出して防御魔法を発動すれば巨大で青い盾が出現する。私とユティお姉様を守るには十分な大きさの盾にティアラの斬撃は激突。


真っ先に思ったことは、この程度なのか? ということだった。


「…………」


緊張して……警戒して損した。そう思った私に呼応するように、盾を砕こうと勢いづいていたティアラの斬撃は、結局は打ち破れることはなく霧散して消えた。


確かにティアラの一撃は重い。けれどそれは、かつて受けたあの屑……ゼロ―ドの決死の一撃よりも多少は上な程度。お姉様の一撃や、お姉様の力を受けたノヴァお兄様の一撃に比べれば大したことは無い。


昔の私なら顔をしかめたかもしれないけれど、今の私なら余裕だ。


「……ああ……そりゃあ、そうだよね」


何を当然のことを、と思った。私が知る中で最も強力な力はお姉さまのものだ。その力は至高で、他とは一線を画している。もはや次元が違うともいえる。それとティアラの今の攻撃を比較したとして、それが足元にも及ぶわけもない。


それこそ、お姉様の力はお母様すらいとも容易く凌駕するのだから、それに圧倒的に劣るティアラの攻撃なんて大したことは無い。それを悟り、私の中にさらなる余裕が生まれた。


「その程度? アークゲート家で歴代最高とまで言われたお母様に次ぐと言われていたのに、ちょっと残念かな。あ、でももう過去の話だっけ?」


「っ!?」


そう、どこまでも私はティアラを煽る。そしてティアラは冷静さを失い、ただ怒りに身を任せればいい。それが、確実な勝ちに繋がるから。


「減らず口をっ!」


 ティアラは私の言葉を受けて前に出てくる。そして青い盾目がけて、力の限りに剣を振り下ろした。鈍い金属音が響くものの、私はそれを酷く冷たい目で見るだけ。だってもう分かってしまった。もうティアラの剣は私には届かないと、私の方が防御力が高いと、分析りかいしてしまったから。


だから、私は好戦的な笑みを浮かべ、ティアラを挑発する。


「無理無理、正面から私の防御を打ち砕くのは、おばさんには無理だよ」


「オーロラぁ!!」


 叫び、何度も剣を振るうティアラ。その一撃一撃を盾で受けながら冷静にさらに分析する。確かに一撃一撃は重い。けれどやっぱり今まで受けた中で最も強い一撃からは程遠い。


ノヴァお兄様を守るときに受けた屑の一撃よりは重いと思ったけど、あの時から私は成長していたみたいだ。自分でも分かっていなかったけど、ティアラをあっさりと追い越すくらい急成長をしていたらしい。


「オーラ……すごい……」


「…………」


 ユティお姉様に褒められて口元が緩む。けどちょっと気恥しくなって返事はしなかった。


 おっと、嬉しさで思考を放棄するところだった、いけないいけない。とはいえまだまだ余裕はある。魔力量でも私の方がティアラに勝っているけれど、それ以上に相性の差が大きい。防御魔法を一族の中でも群を抜いて得意とする私にとって、ティアラのような攻撃一辺倒の相手ほどやりやすい相手は居ない。


 真正面から大きな力で殴ってくるのなら、それが通用しないくらいの力で護ってやればいい。これがユティお姉様相手なら他にも色々と考えることがあるだろうし、向こうもありとあらゆる手段で攻撃を通しに来るんだろうけど、ティアラのようなタイプはおそらくそれをしてこない。いや、きっと出来ない。


 だから何度剣を振るったところで、どれだけ魔法を行使したところで、私の盾が壊れることはない。そんなことで、成長した私の魔法はまったく揺るがない。


 私はもう成長した。ノヴァお兄様やお姉様、ユティお姉様達がそばにいてくれた。大好きなみんなと一緒に居たからこそ、少しも怖くない。ティアラ以上に強くて、暖かい人を沢山知っているから。


「くっ……なぜ……なぜだ……姉上の作ったお前がっ……なぜっ!?」


「相変わらずムカつくなぁ……その私におばさんは負けるんだよ」


「うるさいっ!」


 口では散々挑発しつつ、私は空いている手を動かして魔法を発動。何もない空間から魔力弾をティアラに放つけど、それは彼女の纏っている赤い防御魔法に打ち消されてしまった。


「……うん?」


 首を傾げる。あれがユティお姉様の言っていたティアラの防御魔法だろう。あれは厄介だ。私の手持ちの魔法で打ち破ることが出来るだろうかと心配になるくらいには固そうだった。


「ユティお姉様、あの防御魔法について教えてください」


「全方位に対して効果を及ぼすようで、かなりの硬度のようです。私とノクターン先生で開発した超威力の魔法があるのですが、それでも少ししか損害を与えられませんでした」


「うわー、厄介だなぁ……」


 ユティお姉様の言う超威力の魔法を見たことはないけれど、それでもあのユティお姉様が満足に動けなくなるくらいの魔法。それをもってもあの傷。けれど逆に言えば、完全なる防御ではないという事。


「戦っている途中に話とは……恥を知れ!」


「情報は戦いにおいて大事なんですけどー? そんなことも知らないの?」


「黙れっ!」


 ティアラは剣を構える。切っ先が私の方へと向くけど、その間には絶対の防御がある。地面を蹴って力の限りに突っ込んでくるティアラ、しかしその切っ先は青い盾でまたしても防がれる。


「おー、ちょっと威力が増したねおばさん。ほら、もっと頑張って?」


「っ!」


 私の言葉にさらに怒気を増すティアラ。もう十分かな? と考え、私は悪戯な笑顔を引っ込めた。ここからは、絶望を押し付ける番だ。頭の中で自分の知る最も強い女性を思い浮かべ、教わったことを再現する。


『良いですかオーラ。戦いにおいて相手の心を折るのは簡単です。相手と同じことを、相手よりも高い水準で再現すればいい』


 ティアラの使用する赤い防御魔法から目を離し、自分の中で魔法を構築する。ティアラもアークゲート家の人間である以上、彼女が使っている赤い防御魔法もアークゲートの魔力で出来ているのは明白だ。


 そして私以上に防御魔法に長けている人はアークゲート家には居ない。ユティお姉様もティアラもお姉様も……はちょっと微妙だけど、でもそのくらい自信がある。


 だからお姉様がやったみたいに、魔法を作ることだってできる。それが既にあるもので、しかもアークゲート家の人間が作った防御魔法なら当然のごとく。


 ほら、出来た。


「へえ……これは凄いね。こんな魔法は思いつかなかったけど、これは確かに強力……」


 私を包むのは、「蒼い」防御魔法。ティアラの赤い防御魔法と全く同じ形をしているけれど、その色と魔力による濃さが違う。彼女の使っている魔法の完全上位互換であることは明白だった。


「馬鹿……な……」


 それまで怒りで剣を振るっていたティアラも、私の魔法の発動に言葉を失っている。魔法のみならず、戦局の操作にも成功した。お姉様のように相手に絶望を与えることが出来た。

 だから、次は。


「ユティお姉様、ありったけの強化魔法をください。それで、終わらせます」


「オーラ……分かりました。任せてください」


「お願いします」


 後ろで護り続けた大切な人に、協力を要請する。使える物はすべて使い、敵を倒すのはアークゲート家の基本。けれどこの一戦においてユティお姉様の力は必須だ。だから力を使うのではなく借りることで、最後の一撃とする。


 この戦いを、ティアラの謀反を、終わらせる。


 体の奥底から力が湧き出てくる。その膨大な量に驚きつつも、左手を持ち上げて手のひらを見て理解する。ユティお姉様の方を見れば、私を見ていてひどく疲れた表情で、けれど満足そうに笑っていた。


 彼女はこのわずかな時間で回復した全ての力を振り絞って強化魔法をかけてくれている。空中にある魔力すら取り込んで、それを変換して私に与えるくらい、死力を尽くしてくれている。それは誰にもできない御業。私はもちろんティアラにも、ひょっとしたらお姉様にもできないだろう。


 やっぱりこの人は、戦うのに向いているんじゃない。誰かを支えるのに向いているんだと再認識した。そのために生まれた、そのために生きてきたと言っても過言じゃないことが分かる程の力を感じられるから。


 だから、戦うのは私の仕事だ。


 興奮する気持ちを沈めるために大きく息を吐いて、私はまっすぐにティアラを見つめる。これだけの力が在るからこそ、負ける光景は少しも思い浮かばなかった。


「……避けないでよ?」


 右手をティアラに突き付け、笑顔で警告。私はこれまでティアラの全ての攻撃を受けてきたのだから彼女もまた逃げるべきではないだろう、そういう意味を込めて笑い、魔法の発動準備が整う。


「くっ!?」


 何かを感じ取ってティアラは横に跳んだ。私の警告を無視して、逃げた。それに呆れると同時。


 横に跳んだティアラに魔力の奔流を降らせる。はるか上空から青い力が降る。それは柱のように巨大で、ティアラを丸ごと飲み込んで。


「え……強――」


 自分でも驚いてしまうほどの大きさにそう呟いた直後、轟音と衝撃で声がかき消された。最近は攻撃魔法をあまり使っていなかったから久しぶりっていうのもあるけど、ユティお姉様の強化魔法の影響が大きいのは明らかだ。あまりにも強すぎて少し引いてしまったくらいである。


 お姉様がすごいのは当たり前だけど、ユティお姉様もすごかった。うそ、私のお姉様達、強すぎ。


 青い柱がゆっくりと細くなっていく。その後に土煙が発生するけれど、中にティアラが居るのは明白だった。そして彼女がもう戦闘不能であることも。そしてそれは、予想通りだった。


「お嬢様!……オーロラ様?」


 声を聞いてそちらの方を見ると、システィさんがちょうど駆け付けたところだった。久しぶりに見た姿に軽く手を振ると、慌ててお辞儀をするシスティさん。従妹の関係だからもっと気安くていいと思うんだけど、彼女はいつもこんな調子だ。


 彼女から視線を外し、もう一度ティアラを見る。もう戦えないことをしっかりと確認して、ユティお姉様に目線を向けた。彼女も彼女で残る力を振り絞ってくれたから動けないけど、それもしばらくすれば回復するだろう。


背後を振り返り、無事なユティお姉さまに微笑みかける。


「それにしても驚きましたね。まさかお姉様の出産日に謀反なんて。……でもこれで安心して出産の時を迎えられますね」


「あ……いやその……」


「?」


 歯切れの悪いユティお姉様の返事に首を傾げる。


「……当主様は、既に陣痛を迎えていて、今出産の最中です」


「……はぁ!?」


 システィの言葉にびっくりして彼女を見た後、すぐにユティお姉様の方に視線を向ける。するとユティお姉様はすっと私から目を逸らした。


「手紙で教えてくれるって言ったじゃないですか!?」


「い、いえ……すごく嫌な予感がしていたので、オーラを巻き込みたくないなぁ、って」


「えー……」


 心底心配そうな顔をするユティお姉様に強く言えなくなる。私やお姉様の事を思ってくれるユティお姉様だからこそ、その気持ちは痛いほど伝わったし、私の事を思ってくれての事なら文句を言いたくなる気持ちもどこかに行ってしまうくらいで。


「はぁ……じゃあ今からお姉様の所に皆で――」


「姉上……申し訳……ありませんっ……」


 声が、聞こえた。顔を向けてみれば、土埃の中でティアラが悔しそうに声を上げている。この期に及んでまだ冷静さを欠いているのか、亡きお母様の幻覚でも見ているようだった。


 最後まで困った叔母だ。そう思い、念のために無力化でもしようかと思ったとき。ティアラの真横に、すっと人影が現れた。


「なんだティアラ、負けてしまったのか?」


 ――


「ああ……姉上……」


 ――嘘


 誰もが目を見開いたし、言葉も出なかった。私はもちろんのこと、システィもユティお姉様もだ。


 だって体が訴える。だって心が悲鳴を上げる。あれは……あれは。


「いや……いやっ……」


 体の震えが止まらない。どうして? どうしてここに居るの? どうして生きているの? あなたはもう、居ない筈でしょ?


「それにしても、ここの光景は久しいな。‥‥…ああ、息災だったか? ユースティティア」


「…………」


 体の奥底から恐怖しか出てこない。


「そして、オーロラ」


「ああ……」


 私がこの世界で最も恐怖する相手、エリザベート・アークゲート……お母様が、また私の元を訪れた。


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