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宿敵の家の当主を妻に貰いました。~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~  作者: 紗沙
第3章 宿敵の家と宿敵でなくなってから

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第201話 新たな生命


 最近は以前に比べてアークゲート家を訪れることが多くなった。その理由は、ユティさんと話す機会が増えたからだ。


 両家を一つにするという案を共有した後、ユティさんと共に詳細を詰めている。けれどそれと同時にアークゲート家がどういう家なのかを知る必要があった。その際にユティさん以上に詳しい人は居なかったわけである。


 オーロラちゃんは長年塔に閉じ込められてきた。シアは今でこそ当主として活躍しているが、就任したのは数年前で、それより前はアークゲート家の中で孤立していた。ティアラは屋敷に居なくて、ノークさんも不在。つまり今この屋敷にいて、かつ昔のアークゲート家をよく知っているのはユティさんだけだったりする。


「ふぅ……とりあえずこの話に関してはここまでにしましょう。もうお昼を回ってますし、昼食にしませんか?」


 アークゲート家の話もしつつ、両家を一つにする案の詳細を詰めていたある日、ユティさんは少し疲れたように息を吐いてそう言った。昼前からこちらに足を運んでいた俺も空腹を感じていたので、そうしましょうか、と頷いた。


 場所はユティさんの部屋……ではなく、話し合いのために新たに用意されたやや広い部屋。日当たりも良く、明るく、綺麗に片付けられている二階左側の部屋だ。訪れる機会も多くなり、見慣れた部屋の一つになりつつある。


「当主様も屋敷に居るので、一緒に取りましょう。呼びに行ってきますね」


「あ、いや、俺も一緒に行きます」


 ここに居ても手持無沙汰だし、ちょうどシアにも会いたいと思っていた。ユティさんは微笑んで頷き、俺達は共に部屋を後にする。

 部屋を出て左に向かい、廊下を歩けば突き当りが当主の執務室、つまりシアが今いる場所になる。ノックをすればどうぞ、という声が聞こえたので、扉を開けた。


 広い執務室の奥には、シアの姿があった。


「あ……こんにちはノヴァさん……ユティ……」


 しかし、その声は弱々しい。よく見てみると顔色もあまり良くなかった。


「シ、シア!? 大丈夫!?」


 慌てて彼女の方に駆け寄る。


「……大丈夫です」


 シアはそう言うけど、とてもそうは見えない。昨日の夜や今朝は大丈夫そうだったのに、今はやや怠そうな様子だ。


「当主様……体調不良ですか? 珍しい……というより初めてですね」


「そうなんですか?」


 後ろから覗き込むようにしていたユティさんが呟く。思わず聞き返すと、ユティさんは頷いた。


「フォルス家の覇気と同じように、アークゲートの魔力も生命力に繋がるんです。魔力が多ければ多いほど体は丈夫に。さらに当主様は外からの体に有害なものを自動的に遮断できますから……魔力が暴走していた昔ならともかく、今なるのは珍しいですね。相当疲れていて、中から崩れた、という事でしょうか?」


「それは心配だな……」


 元々体も丈夫で生命力もあり、しかも外部からの影響を受けない。そんなシアが体調不良になるのは、ある意味で危険なようにも思える。


「大丈夫? 辛い?」


「大丈夫です。たまにこうなるといいますか。ですがすぐに収まるので……」


「それ……あんまり良くないんじゃ……」


 シアとそう会話をしていると、ユティさんは執務机に近づいてその上を見渡しているようだった。何かを確認しているようだったけど、しばらくしてハッとした様子を見せる。そして俺とシアの方を向いて、まさかという表情をした。


「……医者を呼びます。ノヴァさん、申し訳ありませんが部屋を出てもらっても良いですか? そうですね……少しの間、応接間に居てもらえると」


「ええ!? そ、そんなに悪いんですか!?」


 大丈夫なのかと心配で胸が張り裂けそうになる。けれどユティさんは無表情のままだった。


「大丈夫だと思います。ですが確認したいことがありますので……あまり不安にならないでください。きっと……いえ、今は言わないでおきましょう」


「えぇ……まあ、分かりました」


 気にはなったけど、シアの健康が第一だと考えて、俺はユティさんの言葉を受け入れた。




 ×××




 誰もいない応接間で時間を過ごす。時折メイドさんがやってきて話し相手になってくれたけど、不安な時間だった。ユティさんは大丈夫だと言ってくれたし彼女の事は信頼しているけど、それで不安が完全に消えるわけじゃない。


 そうして数時間が過ぎて、メイドさんが俺を呼びに来た。彼女についていくと、案内された先は二階左側の奥、シアの私室だった。扉を開けて中に入ると、ベッドに横になるシアが目に入った。


「シアっ!」


 居ても立っても居られなくなって、俺はシアの元へ。彼女の元へ行き、膝をついて手を握った。ベッドに横たわるシアの姿が昔の母上と被って、心配で心配で仕方なかった。


「シアは……シアは大丈夫なんですか!?」


 周りに居たユティさんや、白衣のお医者さんに向かって大きな声で聞く。するとユティさんは穏やかな顔で、俺の背中を摩った。


「ノヴァさん、落ち着いてください。当主様はどこも悪くありません」


「悪くない!? いや、今こうしてベッドに横になっているじゃないですか!」


 思わずユティさんに食って掛かるも、彼女の背中を摩るという行為は止まらなかった。


「おめでとうございます旦那様、当主様……いえ、奥様はご懐妊です」


 ベッドの向かいに立つ白衣の女性のお医者さんの言葉が耳に届く。その言葉の意味がよく分からなくて、頭の中をぐるぐると回る。

 奥様は……ご懐妊……?


「え……それって……」


「当主様のお腹の中には、ノヴァさんとの子供が居るということです。子供ですよ、ノヴァさん。おめでとうございます」


「あ……」


 ユティさんの言葉にようやく理解が追い付いた。そうか、そう……だったのか。


「シア……」


「ノヴァさん……いつかこうなると思いましたが、意外と早かったですね」


 困ったように笑うシアに、目頭が熱くなってくる。俺もいつかこの日が来るとは思っていたし、そのためにすることをしようと思ってきたくらいだ。でも実際にこの場面に居合わせると、言葉にならない感動がある。


 俺とシアの……子供。


「ありがとうシア……本当に……ありがとう……」


「ありがとうは私の方です。ノヴァさんとの子供に恵まれるなんて夢みたい……とても幸せです」


「ああ……とっても幸せだ」


 シアの右手を両手で強く握りしめる。安心したっていうのもあるし、今まで感じたこともない嬉しさも感じて、心の中がぐしゃぐしゃだった。けれど中には大きな一つの感情、喜びしかなかった。


「……当主様の机の上を見て、やけに柑橘系のお菓子や紅茶が多かったのでもしやと思ったんです。流石の当主様も初めての妊娠は分からなかったと言いますか、そもそもこういったことについては疎すぎると言いますか……」


「す、すみませんユティ……迷惑をかけましたね」


「かけたのは迷惑ではなく心配です。最強の妹が体調不良という事で、この結論に至るまでは心が張り裂けそうでしたよ……ですが、おめでとう……レティシア」


「……はい、ありがとうございます」


 ユティさんとシアはお互いに頬笑み合う。そこには当主と補佐という関係ではなく、姉と妹という関係がよく見て取れた。


 しばらくしてユティさんは俺の方を向いて、口を開く。


「当主様の執務室でも話しましたが、アークゲートの魔力は生命力にも直結します。代々、アークゲートの……それも当主が妊娠し、出産に失敗した例はありません。正直この段階で子宝に恵まれたとそう思い込んで良いとは思うのですが……最大の喜びは出産時に取っておきましょう」


「そうなんですね。それを聞いて安心しました」


 どうやらシアが無事に出産を終えられる可能性はかなり高い、というよりもほぼ確実らしい。とりあえず子供やシア自身に悪影響は無いようで、安心した。


「あと当主様には話しましたが、これまでの当主様は自分の体調不良を自身の魔力で無理やり整えていました。普通の体調不良ならばそれをしても問題はありませんが、妊娠中は止めてもらいます。代わりにアークゲートに代々伝わる薬があるので、そちらを使用する予定です。体調不良の程度は軽くなりますが、頻度は少し増えるでしょう。このことは当主様には説明済みです」


「そう……なんですね……」


 シアが少し苦しむという事で、不安になる。しかし俺の両手を、シアの右手が強く握った。


「大丈夫ですよノヴァさん。そんな心配そうな顔しないでください」


「う、うん……そうだね」


 シアに言われて俺の心の中の不安が消えていく。そうだ、俺の妻は凄いんだから大丈夫だと、そう自分に言い聞かせた。もう、不安な気持ちは出てこなかった。


「……それにしても」


 俺とシアを見て、ユティさんは何とも言えない顔をした。どうしたんだろうと思っていると、やや言いにくそうに口を開く。


「この時期ですから、魔法で測定した胎児の成長度から逆算すると、妊娠したのは当主様が魔法の使用を止めてすぐ、ということになります。アークゲート家の女性は妊娠しやすいというのは書物に残っていますが、誰よりもその魔力を持つ当主様はその最たるものなのか……それともノヴァさんとの相性が良すぎるのか……」


「…………」


「…………」


 ユティさんの言葉に、俺とシアは黙るしかなかった。当主様が魔法の使用を止めてすぐ、というのは妊娠しなくなる魔法の事を言っているんだろう。それはシアから聞いたことで、それにより俺の中の理性の糸が切れたのは鮮明に記憶に残っている。


 というよりも、初回もそれからも、俺もシアも互いに求めあったのは明確で。


 ベッドに横たわるシアに視線を向ければ、彼女は顔を赤くして恥ずかしそうな顔をしていた。俺も同じような顔をしていただろう。俺の中には、いや多分シアの中にもある種の確信があった筈だ。


 おそらく……いやきっと、シアとの子に恵まれたのは最初の時だ、と。


 何度も足を運んだアークゲート家。そこで俺はついに父親、そしてシアは母親になった。


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