第198話 明確な拒絶
カイラスの兄上に二つの家を一つにする事を話した数日後、俺はとある屋敷に足を運んでいた。以前カイラスの兄上の屋敷を訪れた時も緊張していたが、今日の緊張はその比ではない。
なにせ、今日訪問したのはライラックの伯父上の屋敷なのだから。
屋敷に勤める執事さんに案内され、俺はライラックの伯父上が待つという執務室へ。扉を開けるように言われたのでそれに従えば、中ではライラックの伯父上が立ったままで待っていた。彼は俺が入ってきたことで体の向きを変え、向き合う形になる。
「よく来た、ノヴァ。それで話とはなんだ?」
事前に伝えたいことがあるという旨は手紙で伝えてあるから、そのことを催促される。少しだけ緊張するけれど、もうライラックの伯父上以外には共有したことだ。覚悟を決めて、俺は口を開いた。
「お伝えしたいことがあります」
「ほう?」
「私は今、フォルス家とアークゲート家を一つにしようと考えています。両家を合併させ、新しく一つの家を作るつもりです」
「…………」
俺の言葉に対して、ライラックの伯父上はまず目を見開いた。そんなことを言われるとは思っていなかったようだ。
けれどすぐに、表情を怒りへと切り替えた。
「フォルス家とアークゲート家を……一つに? ふざけているのか……?」
「いえ、俺は本気です」
「ならなおの事悪い! アークゲートと一つになる!? フォルスではなく新たな家になる!? 貴様は何を言っているのか分かっているのか!?」
予想通り、激しい怒りの感情を見せるライラックの伯父上。けれど俺も一歩も引くつもりはなかった。
「長年宿敵の関係であったフォルス家とアークゲート家をなんとかできるのは、今しかないんです!」
「何のために一つになる必要がある!? そもそも我々とアークゲート家には元々は呪いが――」
そこまで話して、ライラックの伯父上は何かに気づいたようだった。ハッとした表情を見せた後に、悔しそうな顔を俺に見せる。
「そのための薬か……? なんだ貴様……フォルスを、アークゲートに売ったのか?」
「違います、伯父上――」
「違うものか! あの薬はアークゲートの当主が発案者だろう! くそっ、こんなことになると分かっていれば薬を飲まなかったものを……なにか嫌な予感がしていたんだ!」
吐き捨てるように叫ぶライラックの伯父上を見て、俺はマズイと思っていた。そう簡単に受け入れてくれないとは思っていたが、予想よりも強く反発されている。しかもシアがこの案を考えて、アークゲート家がフォルス家を乗っ取ると、そう勘違いしている。
「伯父上、聞いてください! 俺もシアも、フォルス家を売るつもりも買うつもりもありません。俺達はただ、両家の確執を本当の意味で無くしたいだけなんです!」
「余計なお世話だ! そもそもフォルスとアークゲートは相容れぬ! 貴様はアークゲートに近いかもしれないが、私やカイラスは前から何も変わっていない!」
「だからこそ、これからの関わりの中で――」
「そもそも、なぜ一つにする必要がある!? 今まで通りフォルスとアークゲートで分かれていても特に問題はないだろう!」
「子供の事を、考えました!」
声量が次第に大きくなるライラックの伯父上に負けないように、より大きな声で叫んだ。俺が大きな声を出すのが予想外だったのか、言葉を止めるライラックの伯父上。
俺は彼の目を見て、静かに自分の気持ちを語った。
「近い将来生まれるであろう子供の事を考えたときに、俺に何が出来るのか。その答えの一つが、両家を一つにすることです。子に一族を残すときに、フォルスとアークゲートという宿敵の関係同士だった二つの家があるよりも、一つの家の方が良いと、そう思ったんです」
「…………」
俺の言葉にライラックの伯父上は答えなかった。けれどそれは俺の言葉を受け入れている様子じゃない。伯父上は自分の両手の拳を強く握りしめていて、奥歯を強く噛んでいるようだった。
「俺はっ……一切認めんっ……」
「伯父上!」
一人称が変わるくらいの強い怒りを、ライラックの伯父上から感じた。
「勝手にしろっ! 俺はこの件に関しては一切関与しない!」
もう取り付く島もないような状態の伯父上。それを悟って、俺は懐からユティさんが作成してくれた書類を取り出し、テーブルに置いた。
「今回の件に関する詳細な書類です。良ければ目を――」
「くどいっ! 帰れ!」
「……分かりました。失礼しました」
これ以上話しても埒が明かないと思い、俺は頭を下げて部屋を後にしようとする。扉に手をかけたときに、背後から声が聞こえた。
「出来損ないが……」
ドアノブを握る手に力が入る。久しぶりに聞いた言葉だった。
それを気にしないように扉を開き、外へ出る。後ろ手に扉を閉めてしばらくすると、執務室の中で物が倒される音がした。
「結局……相容れないか」
なんとなく分かっていたことを小さく呟く。
これまでのフォルス家を守りたいライラックの伯父上と、将来のために両家を一つにしたい俺。護りたい人と変えたい人で意見が食い違うのは当然だ。だから多少は口論になることを予期してはいた。
けれどまさかここまでこじれるとは、思っても居なかった。
執務室の扉から離れて、俺は一人廊下を歩き始める。その中で、俺はさっきのライラックの伯父上の事を考えていた。
伯父上の言いたいことは全てではないにせよ、分かる。でもそれらを加味しても、俺は両家を一つにしたい。例え伯父上に、兄上に反対されたとしてもそれが最善だと信じているし、何よりも将来の俺達のために、生まれるであろう子供のために、そうしたい。
気持ちを切り替えて、俺は次を考える。カイラスの兄上、ライラックの伯父上には共有した。アークゲート側ではユティさんとオーロラちゃんには共有済みだ。けれどもう一人、いやもう一つの場所でこの意見を共有したい。
「国王陛下の所にも、行かなきゃな」
残った最後の一人を考える。これまでならそこまで不安には思わなかった相手。けれど今は、その姿を思い浮かべるとほんの少しだけ、なぜか知らないけれど不安を感じた。




