第183話 シアが勝てないたった一人
心地良いまどろみからゆっくりと目を覚まします。太陽の光が差し込むのを感じて、もう朝かと思うと同時に体に鈍い痛みが走りました。けれどそれを感じて真っ先に思ったのは苦しさではなく幸せで。
ベッドの中でぼーっとしていると、次第に意識が覚醒してきます。どうやら今回もベッドから起き上がれるまで回復するには時間がかかりそうです。
怠く、そして特定の体の部分の重さが消えないことに内心で苦笑いしながら天井を見上げます。続けて首だけを動かして横を見れば、私をこんな風にした原因さんがスヤスヤと穏やかな寝息を立てていました。
「ん……」
まだ夢の中なのか、少しだけ声を出して身じろぎをする最愛の人。昨日はよくもやってくれましたね、と心の中で微笑みながら腕を持ち上げて彼の頬をつつきます。
仰向けの体勢で腕だけを動かしたので変な風に力を入れてしまい、攣りそうになるのを感じてすぐに止めましたが、ノヴァさんは起きる気配は全くありません。
その寝顔に愛おしさを感じて、小さく微笑みます。
「本当……ノヴァさんだけですよ。私をこんな風にできるのは」
正直、この世界でノヴァさん以外に負ける気はしません。ただ彼だけは別。彼相手では私の魔法は一切通じずに負けてしまいますからね。
けれどまさか夜のベッドの戦いでも手も足も出ずに完敗するとは思っていませんでした。
昨日の夜の出来事を思い出してしまいます。ノヴァさんは私に比べて体が大きいです。いや、私が少し小柄というのもあるのですが。
加えて幼いころから一日も欠かさず剣の訓練をした体は引き締まっていて、力強さを感じさせます。さらに体力も無尽蔵。私も最低限の運動はしますが、剣を扱うノヴァさんに抵抗できるだけの力はありません。まあ、抵抗するつもりもないのですが。
そんなノヴァさんに上から押さえつけられてしまえば、降り注ぐ快楽からは当然逃げられないわけで、こんな風に次の日に満足に動けなくなるくらい愛されてしまうわけです。
「……最初は主導権を持っていたような気がするのですが」
隣で眠る夫に対して、小声で文句を言います。ノヴァさんはフォルス家の中で将来を期待されていなかったこともあり、そうした教育をあまり受けてこなかったそうです。一方で私はノヴァさん以外とはそういった経験はもちろんありませんが、知識としては持っていました。
もちろん愛し合う前には念入りに調べたこともあり、最初という事で不慣れなノヴァさんに対して優位に立てていた筈。それが気づいた頃にはこんなことに。昨日なんて最後の方は記憶があまりないというよりも、頭が真っ白で何も考えられませんでしたからね。
一度だけ朝のベッドの中で不貞腐れて小さく文句を言ったことがあったのですが。
『その……回数を重ねていくにつれてシアの事がよく分かるようになってきたから……というか』
困ったようにそう言われて、私の方が顔を真っ赤にしてしまいました。ま、まあ体内の魔力が服従している以上、ノヴァさんなら私の事は分かるのかもしれませんし、それはそれで嬉しいから別に今のままでいいと言うか、むしろ今のままの方が幸せというか。
「……全くもうノヴァさんは……仕方ない人ですね」
なにが仕方ないのかよく分かりませんし、声を出すだけで口角が上がるのが止まらないのですが、細かいことは良いんです。幸せな気持ちで隣で眠る人を見ているだけで良いんですから。
「ん……」
そんな幸せに浸っていると、先ほどの小さな囁きで起こしてしまったのか、ノヴァさんが小さな声を上げてゆっくりと目を開けました。眠気眼だった彼は次第に覚醒し、腕に力を入れて少しだけ上半身を起こします。鍛えられた肉体が目に入り、昨日の事を少しだけ思い出してしまいました。
「おはようシア」
「おはようございます、ノヴァさん」
朝の挨拶を交わした後に、ノヴァさんはすぐに心配するような目を向けてくれます。
「だ、大丈夫?」
「えへへ……今日も起き上がるまで時間がかかりそうです」
苦笑いで返すとノヴァさんは申し訳なさそうな表情を浮かべました。愛し合った次の日は、彼はいつもこんな風に私を心配してくれます。
「しばらくゆっくりしていようか」
ただ、最初の方は『昨日は激しくしてごめん』みたいなことを言ってくれたのですが、途中からは言わなくなりました。きっと抑えることが出来ないと自分でも気づいたんだと思います。私としては愛し合うのは休日の前日だと二人で決めていますし、こういう風にされて嬉しく感じているので全く問題はありません。むしろ謝られるよりは一緒の時間を過ごすことを提案してくれる方が嬉しいです。
「ノヴァさん、私思ったことがあるのですが」
「ん?」
ベッドの中でノヴァさんに話しかけます。少なくとも日が登り切るまでは動けないと思うので、それまではこうして話をして時間を過ごすのがいつもの流れになりつつあります。
「フォルスの覇気とアークゲートの魔力の反発がなくなったじゃないですか? 今まで両家が共同で何かをするという事は出来なかったわけですけど、これで出来るようになった、ということで、何かしてみるのもいいかなと思ったりするのですが……」
「確かにそうだね。両家が共同でやったのってレイさんとベルさんの結婚式典の警備くらいだし……ただ具体的に何をやるかは考える必要があるかも……っと」
不意にノヴァさんは手を伸ばし、私の二の腕付近までかかっていたシーツの端を掴むと、少し引っ張って私の首まで掛けてくれました。小さな気遣いを感じて、どうしても口元が緩んでしまいます。
「ありがとうございます……そうですね……もしなにか思いついたら相談しますね」
「うん、俺もそうするよ」
二人して笑い合い、その後も他愛ない話は続いていきます。私やノヴァさん自身のこと、ユティやオーラを始めとするアークゲート家の事、あるいはターニャさんやソニアちゃんを始めとするこの屋敷でのこと。
誰も入ってこない二人だけの夫婦の寝室で、日が高く上り私が動けるようになるまで、私達は幸せな午前の時間を共有しました。




