表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宿敵の家の当主を妻に貰いました。~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~  作者: 紗沙
第3章 宿敵の家と宿敵でなくなってから

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

180/237

第180話 長年の呪いの終わり

「ナタさん、今日はありがとうございます」


 フォルス家の屋敷の中庭で、俺は最終確認をしているナタさんに声をかける。中庭には彼女以外にもテイラーさんを初めとする多くの研究者達が居た。

 フォルスの覇気とアークゲートの魔力の反発をなくす開発。それが今日、完成するからだ。


「今日は私が時間をかけた研究の一つが実を結ぶ日。むしろありがとうと言うのはこっちの方」


 この研究に数年を費やしてきたというナタさんもどこか嬉しそうだ。その横にはテイラーさんの姿もあり、今の今まで二人で念入りな確認をしてきたことが伺えた。

 ユティさんと一緒にこの開発を始めとして色々と貢献してくれたナタさん。彼女には感謝しかない。


「ナタさん、本当にありがとう。今回のもそうだけど、ゲートの機器や魔法の便箋と、本当に」


 正直に感謝を伝えると、ナタさんは穏やかな雰囲気になる。


「どういたしまして。……でも、これが成功したら一区切り。ちょっと休もうかな」


「先輩、その間はお任せください! 先輩は自分たちの事は気にせずに、ゆっくりお休みください!」


 すぐにテイラーさんがナタさんにそう言うも、彼女はテイラーさんの方を向いて首を傾げた。


「いや、私が休みならテイラー君も休みだよ?」


「え? な、なぜ……」


「私と同じことをするっていう条件で引き抜いたからね」


「し、しかし自分はまだこの研究所に来たばかりで……」


「いーの。今まで当主様の無理に答え続けてきた私だよ? テイラー君一人の休み位なんとかできるって。だから一緒にゆっくりしよう。もし文句を言う奴が居たら……」


 そこで不穏にも言葉を切るナタさん。テイラーさんはごくりとつばを飲み込んで、恐る恐る尋ねた。


「もし居たら?」


「ノヴァさんとユースティティアさんと当主様に言う」


「ヒェ」


 首を絞められた動物のような声を出すテイラーさんに苦笑いする。まあ俺はともかくシアとユティさんの二人は切り札のようなものだし、実際テイラーさん一人にナタさんと同じだけの休暇を出すくらいは出来るだろう。


「旦那様!」


 そんなやり取りを見たり、参加していると背後から声が聞こえた。振り返ると、ギリアムさんが中庭に入ってきたところだった。


「すみません、遅くなりました」


「いや、こっちこそ急に呼んですみません。ゲートを繋げられれば良かったのですが……」


 ギリアムさんの住んでいるところに一度伺っていればゲートを繋げたんだけど、未だに出来ていなかったために今回はギリアムさんに来てもらうことになった。


「近いうちに遊びに行った方が良さそうですね」


「おお、ぜひいらしてください! ついでに剣術の模擬戦をば」


「ええ、もちろん」


 互いに微笑みあう俺とギリアムさん。ナタさん達にも挨拶を済ませたギリアムさんは、少し離れたところにある瓶に目をつけた。


「おや、あれが噂の?」


「そう、覇気を少しだけずらす薬」


 ナタさんの返事を聞いて、ギリアムさんは興味深そうな顔をして薬の置かれた簡易な机に近づく。見かけは透明な液体が入っているだけの小瓶。これを服薬することでフォルスの覇気とアークゲートの魔力は反発がなくなる。


「不思議なものですな、長年解決できず呪いとまで言われた反発が、このような小さなものでなくなるなどとは」


「正直片方だけでも効果は十分。でも双方がそれぞれの薬を服薬することで反発は完全に起こらなくなる」


 ナタさんの説明は事前に王都の研究所でも聞いたことだ。双方の内、片方が服薬しただけでも日常生活において反発は起こらなくなる。けれど覇気やアークゲートの魔力を行使する場面、つまり本気での戦いの場合なんかはそうもいかないみたいで、完全に反発を無くすには双方がそれぞれ薬を飲む必要があるんだとか。


 そんなことを思い出していると、ナタさんは言葉を続けてくれた。


「既にアークゲートの魔力に作用する薬は効果を実証している。この薬に関しても、効果が出ない可能性があるだけで副作用が出る可能性は皆無。……あのろくでなしから得た情報でそれは確認済み」


 最後は小さな声で何かを言っていたけど、聞き取れなかった。

 ふむ、と呟いたギリアムさんは瓶に再び目を向けて、再度ナタさんを見る。


「もう準備はよろしいので?」


「ん、一応こっちは問題ない。ギリアムさんの心の準備が出来たら飲んでみて」


「では」


 瓶を手に取り、蓋を外すとそれを口に運び、一気に流し込むギリアムさん。全く躊躇のない男らしい飲みっぷりに、少しだけ唖然とした。

 全て飲み干したギリアムさんは瓶を机に置く。ほんの数秒の出来事だった。


「ふむ、味は……苦くはありませんが、味わったことのない味ですな。美味しくはない」


「味に関しては申し訳ない。一回しか飲まないので許してほしい」


「いえ、ただ感想を述べているだけですのでお気になさらず。ところで効果はどれくらいで?」


「薬が体に回り始めるまで二、三時間かかる。体内の覇気に影響を及ぼすから、その間は安静に待っていて欲しい。一応計測は続けているから、この中庭の中なら自由にしていい」


 ナタさんの言葉に頷いたギリアムさんは中庭を見渡す。数人の研究員が機器をギリアムさんに向けていて、彼の情報を取っているのは明らかだった。


「では、ノヴァさんと模擬戦をしても?」


「流石にダメ。覇気に作用している段階だから、おとなしくしてて」


「ふむ……」


 ナタさんに釘を刺され、ギリアムさんは残念そうな顔をしながら引き下がった。




 ×××




 少し時間が経ち、日も橙色になりかけた頃、ナタさんは作業の手を止めて俺達の方へ駆けてくる。他愛ない話をしていた俺とギリアムさんも話を切り上げて彼女の方を見た。


「もう時間的には十分だと思う。ギリアムさん、こっちへ」


「ええ」


 ギリアムさんが中庭の中央へと歩いていく。その様子を少し離れたところで見ていると、足音が聞こえた。振り返るとターニャ、ラプラスさん、ジルさん、ローエンさんが勢ぞろいしていた。


「あれ? 皆どうしたの?」


「研究員の方が最終確認をするのを教えてくれたんです。それで全員で見に来ました」


「なるほど、じゃあ皆でこの完成を見守ろうか」


 目線をギリアムさんに戻す。ナタさんから指示を受けたようで、木刀を手にしたギリアムさんは目を瞑って集中していた。

 少しだけ待てばギリアムさんは目を見開き、彼の体を白い力が包む。その姿も、感じる圧力も、今までのギリアムさんそのままだった。


 彼はそのまま木刀で素振りを数回して感覚を確かめている。何の問題も無いようで、しばらくしてから納得したように頷いていた。

 問題はなさそうだ。


 歩いて二人に近づくと、気づいたナタさんは俺の方を向いて頷く。


「ギリアムさん的には問題はないみたい」


「今まで通り覇気を扱えますな」


 そういって木刀を振るっているギリアムさん。調子は良さそうだ。


「じゃあノヴァさん、ユースティティアさんを呼んで」


「はい、分かりました」


 ナタさんに言われて魔法の便箋を取り出し、シア宛てにゲートを開いて欲しいと書き込んで送る。待機していてくれたようで、すぐに金色の楕円が開き、中からユティさんが現れた。

 中庭に足を着けたユティさんは恐る恐ると言った形でナタさんとギリアムさんに視線を向ける。


 彼女の視線の先のギリアムさんは驚いてはいるものの、不調を訴えるような様子はなかった。


「……どう?」


「これは驚いた。アークゲートの方とここまで近くに居て、何も感じない」


「私の方も問題ありませんね」


 ほんの少しの距離を離しただけで立っているユティさんとギリアムさんの間に、反発は起きていなかった。しかもギリアムさんは覇気を使っているのに、だ。

 頷いたナタさんは次にユティさんに指示を出す。


「ユースティティアさん、適当に魔力を纏って欲しい」


「はい」


 ユティさんの体を包む力を感じる。今この中庭にフォルスの覇気とアークゲートの魔力が共存している。反発を起こすことなく、ただ二つの力が在る。


「うん、問題ない。成功」


『うおおおおおお!』

『やったぁあああああ!』


 ナタさんの言葉で研究者の人達が歓声を上げる。見渡してみれば、ターニャ達も拍手をして祝福をしていた。俺も手を叩いて成功を喜ぶ。今までは共に居られなかったフォルスとアークゲートが共に居るというのが感慨深かった。


 だが。


「あ」


 不意にナタさんが呟き、それを聞いて歓声が止む。何か問題があったのかと緊張が走る中庭。ナタさんは俺の方を向いて、そして口を開いた。


「念のため服薬した人と服薬していない人の影響関係も見たい。当主様を呼ぶことは出来る?」


「は、はい、出来ますよ」


 そういう事かと思い、胸を撫でおろした。しまった、といった雰囲気でナタさんが声を出すものだから、失敗したのかと不安になったじゃないか。

 苦笑いをしながら俺は再び便箋を取り出して、シアに中庭に来てほしいという旨を書き込む。しばらく待てば再び金色の楕円が開いて、中からシアが現れた。


「ノヴァさん、成功したんですか?」


 真っ先に俺の姿を見つけたシアはそう尋ねてくる。そういえば結果を共有していなかったなと思って彼女の疑問に答えた。


「うん、成功したよ。ユティさんとギリアムさんの間で反発は起こっていない」


「それを聞いて安心しました」


 穏やかに微笑むシア。しかしすぐに思い至ったのか、はて? と首を傾げた。


「ならばなぜ私は呼ばれたのでしょうか?」


「当主様、服薬している人としていない人の影響関係を見たいから呼んでくれるように頼んだ」


 ナタさんが間髪を入れずに説明してくれる。それを聞いて、シアは納得したように頷いた。


「なるほど、それで私は何をすれば?」


「反発は感じる?」


「いえ、感じませんね」


 短く答えるシアを見ながら、俺は疑問に思ったことを聞いてみた。


「あれ? シアの場合って反発しないんじゃないの?」


 俺の中ではシアは唯一反発の影響を受けない人物なのだが、聞いてみるとシアは首を横に振った。


「私自身に一切影響を与えないだけで、反発は起こっているんです。何と言えばいいか……あー、起こってるなぁ、って分かりますが体は何の問題もない、みたいな感じです」


「……そんな風になるの当主様だけ」


 ナタさんの補足説明を聞いて俺は舌を巻く。長年解決しなかったフォルスの覇気とアークゲートの魔力の反発。呪いとも言われたそれも、シアにとっては『あー、起こってるなぁ』ってだけらしい。凄すぎる。


「ギリアムさんも問題なさそうだし、あとは念のために魔力を出してもらえばいいかな?」


「どのくらい出します? 全力ですか?」


「……待って、全力の場合どのくらいまで当主様の魔力は及ぶの?」


「いや、流石にこの中庭くらいに留めるように努力しますよ」


「努力しなかったら?」


「……サリアの街くらいは余裕で及んでしまうかと」


「努力して」


「はい」


 何この会話、と思い、ポカーンとした表情でナタさんとシア二人のやり取りを見てしまう。今凄く短い会話だったけど凄いこと言ってなかっただろうか。いや、あまり考えないようにしよう。


 では、と告げたシアは魔力を解放する。すぐに中庭に、シアの温かい力が満ち溢れた。俺たち全員の体に風のようにまとわりつくシアの力。俺の周りに来た彼女の力は喜んでいるように輝いていた。

 心地が良い。まるでシアに全身を包まれているような感覚。安心するというか、心が穏やかになるというか。


「どう? ギリアムさん?」


「正直力に対する恐ろしさはありますが、これまでのような感覚はありませんな。……それにしても奥様は本当にすごい力をお持ちだ」


 感嘆したように呟くギリアムさん。彼の言葉を聞く限り、シアの力を受けても反発が起こらないようだ。


「では力を押さえても良いですか?」


「ん。流石に当主様でも全力を出し続けるのは厳しい?」


「? いえ、この状態で日常生活を送れますが……」


「ごめん、さっきの質問は忘れて。押さえて」


「??? はい」


 頭に疑問を浮かべていたシアはどこか納得がいかない表情ながらも力を抑え込んだらしい。中庭に満ちていた魔力が消えていく。ただ俺の周りには依然として魔力が残っていた。


「ノヴァさん、これで実験は完了。結果は大成功。一応フォルスの薬を服薬していない人とアークゲートの薬を服薬した人の影響関係はどこかのタイミングで見る必要はあるけど、この調子ならおそらく問題はないと思う」


「ナタさん、ありがとうございます。これで安心できます」


 微笑んでナタさんに感謝を告げる。ナタさんは勿論のこと、この場に居る多くの人の協力で実現した反発を無くす薬。

 それが大きな一歩になったのは、誰の目にも明らかだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ