第171話 国王陛下との食事会
「今日はよく来てくれた。最近はどうだ? ノヴァ?」
「本日はご招待いただき、ありがとうございます。特に大きな問題もなく、順調です」
王城の中にある広い一室。そこに置かれた長いテーブルにて席に着き、出された食事を頂く。この国一の料理人が手掛けてくれただけあって、どの料理も絶品と言える美味しさだった。
俺の右手側には国王陛下が、そして正面にはレイさんとベルさんが並んで座っている。俺達の他には席についている人は居ないけど、使用人や警備の兵士の姿はちらほらと見えている。
「レイモンド殿下とマリアベル皇女殿下も仲睦まじいようで、とても嬉しく思います」
「あら、私はもう皇女ではありませんよ、ノヴァ殿」
「これは失礼……」
すぐにベルさんに指摘されて訂正する。ほんの一瞬だけ目が合って細められた。彼女とは以前から話をする仲だったけれど、今は国王陛下の御前。お互いに礼儀を意識した立ち回りをしている。これが裏で秘密裏に会うような食事会なら、砕けた話し方をしているだろう。
そしてそれは、この人も同じこと。
「ノヴァ殿には結婚式典の時にとても世話になったからな。ベルと仲睦まじいと言われるのは嬉しいものだ」
レイさんはワインを一口呷り、口元を緩ませながらそう言葉を発する。二人揃って頑張って固い話し方をしている俺を微笑ましく見ているような状況に、少しだけ背中がむず痒くなる。
いや、こういった場でしか畏まる機会が無いんだから仕方ないじゃないか。……大貴族で身分的に上の人がほとんどいないっていうのも考え物だな、なんて思ったりした。
「北のコールレイク帝国との関係も良好だ。重ねて、私達の結婚式典を警備してくれたノヴァ殿とレティシア殿には礼を言わなくてはな」
「いえ、その件に関しては当然の事をしたまでですので」
貴族として、というのもあるが、レイさんとベルさんはそれなりに親しい仲だ。仮に二人が王子、皇女という身分でなくても警備は請け負っただろう。まあ、仮に二人の身分が違うなら式典が開かれていない、という話はあるのだけど。
「……私がこの部屋に貴族を招いて食事をすることはそこまで珍しい事ではない。ノヴァ、お前以外にも呼んだ貴族も多い。だがフォルス家とアークゲート家、この二つの貴族家だけに許していることがある。何か分かるか?」
急にオズワルド陛下に尋ねられて、少しだけ困惑する。けれどこの場で当てはまりそうな答えは一つしかない。隣の席に立てかけていた鞘に収まった剣を一瞥して、答えた。
「武器の持ち込み……でしょうか?」
「その通りだ。ほとんどの貴族からは武器を預かるが、ノヴァとレティシアは別だ。……まあ、レティシアは武器など持ってはいないのだがな」
シアは武器を所持していない。聞いた話によると、剣も杖も扱ったことがほとんどないそうだ。通常、魔法使いは杖を装備するのが普通。アークゲート家に関しても、システィさんは短剣、ティアラやエリザベート、メリッサは長剣を扱っていたらしい。
ただ補佐が主な役割のユティさん、天才的な実力を持つオーロラちゃん、そして歴代最強のシアはそういった得物を所持していない。
ついこの前シアの母たちの事を聞いてそれぞれが扱う武器の話になったけど、今のシア達が珍しいだけで歴代では武器を持っていることがほとんどだったとか。
シア達を見ているからアークゲート家は武器を持たない一族かと思っていたけど、どうやら全然違ったようで、そうなんだー、と思った記憶がある。
「これは以前からの決まりでもあるが、私からすれば両家をどれだけ重視しているかの証明でもある」
「ありがたきお言葉……そのご期待にお応えできるように、これからも励んでまいります」
オズワルド国王陛下の言葉は嬉しいものだ。この国の頂に立つ人が、アークゲート家とフォルス家を大事に思ってくれている。力を持ちすぎるという事で嫌われたり、距離を置かれるよりは遥かに良い事だろう。
視線を向けてみるとレイさんも首を縦にして頷いているし、ベルさんもニッコリと微笑んでいる。いつかは王座はオズワルド陛下からレイさんに移るだろうけど、この様子ならそうなっても問題はないだろうと未来を信じられる。
「……なあノヴァ」
「はい」
不意にオズワルド陛下は俺の方を見て声をかけてきた。その瞳はテーブル越しに俺の剣を見ているように思えた。
「良ければなのだが、お前の剣を見せてはくれないか?」
「剣を……ですか?」
突然の申し出に困惑するも、オズワルド陛下は笑顔を浮かべて言葉を続ける。
「ああ、実はこう見えても剣の心得が少しはあってな。剣の名家フォルス家。その長たるお前が持つ剣がどれだけ素晴らしいのか、興味があるんだ」
「父上に剣の嗜みがあったのですか?」
どうやらレイさんも初耳のようで、驚いた様子でオズワルド陛下を見ている。
「ああ、といっても今はさっぱりだがな。……どうだろうか? ノヴァ」
「……構いません。……どうぞ」
少しだけ不思議には思ったものの、オズワルド陛下は剣が気になるから見せて欲しいと言ってきているだけだ。それだけで断る理由にはならないと思い、俺は立てかけていた剣を手に取り、それをゆっくりと陛下に渡す。
彼はそれを手に取り、ほう、と呟いた。
「鞘に収まっているときから名剣だろうとは思っていたが……これは中々のものだな」
そう呟いたオズワルド陛下は、その場で剣の柄に手をかけ、鞘から引き抜いた。部屋の明かりを受けて、刀身が怪しく輝く。
まさかこの場で剣を引き抜くとは思っていなくて、少しだけ驚いた。
「ノヴァ……この剣はフォルス家に代々受け継がれるものか?」
「いえ、その剣は妻から贈られたものです。アークゲート家の方で打たれ、妻達が魔力を込めてくれたと、そう聞いています」
正直にそう答えると、オズワルド陛下は俺の方をチラリと見る。瞳からは感情が伺い知れないけど、どこか嫌な感覚がした。
「妻……達?」
まさかそこに着目されるとは思っていなかったけれど、俺はこれに関しても正直に答える。
「妻の姉であるユースティティアと、妹であるオーロラが共同で魔力を込めてくれました」
少しだけの間、沈黙が走る。オズワルド陛下がしばらくしてから呟いた、ふむ、という言葉が、やけに大きく聞こえた気がした。
「ノヴァはレティシアのみならず、アークゲート家の他の者とも親しいようで安心した」
穏やかな笑みを浮かべるオズワルド陛下。少しだけ嫌な予感が消えるのを感じるのと同時に、ベルさんが伺うような声を上げる。
「お、お義父様……その……この場で剣を抜き放つというのは……」
突然剣を抜いたことで少し緊張しているのか、怖がるようなそぶりを見せるベルさん。これに関しては無理もない、と俺は感じた。
「父上、食事の場です。その辺で」
「ふむ……すまないな、素晴らしい剣と思い、つい抜いてしまった。マリアベルも怖がらせたな。愚かな私を許してくれ」
「い、いえ……私が少し驚いただけですので」
オズワルド陛下は剣を鞘に納めると、俺の方に返してくる。
「ありがとう、ノヴァ。とても良いものを見せてもらった」
「私も所有している剣を褒めて頂き、光栄でした」
そう言って剣を受け取り、再び立てかける。あの短い間で、しかも見ている前で何かが出来るわけもなく、特に剣に変わった様子はなかった。シア達三人の魔力に関してもいつも通り感じられるし、おかしい点は何一つない。
つまり、オズワルド陛下は本当にただ剣を見たかっただけという事になる。
けれど俺の中には、嫌な予感がかなり小さく、薄く、消えそうになりながらもまだ残っていた。




