第170話 もはや恒例のターニャとのやり取り
「旦那様、招待状に関してですが、本当に送る相手はこのリストに記載されている貴族達で良いのですか?」
ある日の業務中、隣へとやってきたターニャが紙を差し出して尋ねてくる。目を向けてみれば、今度行う親睦会の参加者リストのようだった。
「ああ、そのつもりだよ」
「……まあ、旦那様が言うなら良いですけど」
少し不貞腐れたように呟くターニャ。気持ちは分からなくもない、今回開催する親睦会にはシア達アークゲート家は不参加にしてもらったからだ。
前回の親睦会ではゼロードによる事件が起きた。それもあるが、主に当主が俺になったことを理由として、一年に一回行う親睦会は去年は行わなかった。前回は俺が21歳になる直前だったけど、今の俺はもう23歳になるところだ。一年半以上の月日が経ってしまった。
少し期間は開いてしまったけど、今回は俺が当主になってから初めて、かつ初めて主催する親睦会だ。そんな親睦会でシア達を招待しないのにはもちろん理由がある。
それはカイラスの兄上やライラックの叔父上を始めとする覇気を扱える人達を招待するためだ。以前あった大きな集まりという意味ではレイさんとベルさんの結婚式典があったけど、シア達が参加する都合上、カイラスの兄上達には参加を辞退してもらった。
その代わりというわけではないけれど、今回の親睦会ではカイラスの兄上達を蔑ろにはしていないという姿勢を見せるのが目的だ。俺はライラックの叔父上やカイラスの兄上に対して思うところが全くない……わけではないけれど、それでも覇気を使える人達を遠ざけたいとは考えていない。
彼らがこれからのフォルス家に必要な人物だというのも、よく分かっているから。
「でもこれ、奥様は勿論オーロラさん辺りは拗ねますよ……」
「あはは……そうだね……」
ターニャの言葉に、俺は苦笑いで返す。既にシアやオーロラちゃんには伝えてあるんだけど、その時もかなりふてくされてしまった。まあシアは最初だけで、その後は覇気と魔力の反発を打ち消す薬が完成すれば全員で参加できるのですが、と残念そうにしていたけれど。
今ナタさん達が開発してくれている薬についても、この親睦会でカイラスの兄上やライラックの叔父上には共有するつもりでいる。お互いに思うところはある関係だけど、反発を呪いと呼ぶほどに苦しんだものなのだから、これについては気楽に受け入れてくれるのではないかと考えているけど、いったいどうなることやら。
それにこの親睦会ではもう一つ南側の貴族に伝えたいこともある。それに関してもライラックの叔父上辺りは反対してきそうだなぁ、と考えて少し憂鬱になる。
「……それで旦那様、今日の夕食は不要、ということでよろしいのですよね?」
「ああ、うん。今日は王城に呼ばれているからね。そこで食事をするから大丈夫だよ」
今夜の予定について返事をすると、ターニャは少しだけ目を見開いて口を開いた。
「旦那様は本当にご立派になられました……国王陛下との食事だというのに、全く緊張されていないなんて……幼いころから見ていた私としては遠くに行ってしまったようでもの悲しいですが」
「いや、別にここに居るって。普通に近いでしょ。あと緊張していないのは陛下の他にもレイさんやベルさんも居るからだから」
苦笑いしながら答える。今回、陛下から直々に食事に誘われた。これが陛下と一対一で食事という事なら緊張するかもしれないけど、その場にはレイさんとベルさんも同席するらしい。二人とは比較的親しい間柄なので、それで緊張が少し和らいでいるって言うのはある。
今回王城で食事をとるのは初めての事だけど、シアが言うには大貴族だとたまにあることらしい。シアも何度か招待されて、参加したことがあるとか。
『昔は仕方なく参加していましたが、最近は断ったりしています。ノヴァさんとの夕食の方が大事ですから』
そう言われて驚いた記憶がある。どうやらシアの中では国王陛下よりも俺の方が優先度が高いらしい。嬉しくはあるけど畏れ多い。まあ、シアらしいと言えばシアらしいんだけど。というか毎日一緒に食べてるんだから、一日くらい良いんじゃない? と思わなくもない。
ちなみにレイさんにその後会ったときにシアが参加を辞退していることについて謝罪はした。だけどレイさんは、別にいい、とぶっきらぼうに言うだけだった。
『あいつに無理強いできる奴なんかいやしない』
と苦笑いされてしまったくらいだ。
少し前の事を思い返していると、ターニャが心配そうな顔で呟く。
「旦那様に関しても心配ですが、奥様についても心配です。今日の夕食はやや落胆されるでしょうから」
今回の王城の食事にはシアは参加しない。事前に食事に行くことは共有しているけど、毎回シアと一緒だと一括りで考えられてしまう可能性もあるから、との事らしい。
俺からするとシアと一括りでもいいんだけど、シアからすれば俺一人でも陛下が気にかける程の人物だと外部に知らしめたいのだとか。確かに、そういった部分を外部に見せるのも必要なことなんだろう。
とはいえ、シアと一緒に夕食を食べれないこともたまにはあるから、今回もそこまで心配はしていない。
「いや、夕食終わったらまっすぐ帰ってくるからね?」
それに夕食後は一緒に居るという意味でそう答えると、ターニャは予想外の事を言ってきた。
「絶対ですよ? もしも王城で変な女に声かけられたり誘惑されても、絶対まっすぐ帰ってきてくださいよ? もし少しでも寄り道したら屋敷が吹っ飛びますからね!?」
「するわけないだろ!」
大声で懇願してくるターニャに大きな声で返す。何を心配しているんだと、そう心の中で思った。仮にも妻を持つ身、そんな風に靡くようなことは絶対にない。
「変な奴が近づいてきた時用に剣は持っていくし、そもそも誘惑されたところで……シアっていう絶対的な一番が家に待ってるんだから……何とも思わないよ」
誘惑という言葉で、脳裏にシアのそういった姿が過ぎってしまう。今まで美人だなと感じる女性は何人か目にしてきたけど、その誰もがシアには及ばない。なんていうか、次元が違うのだ。それこそ誘惑という意味ではシアの生まれたままの姿以上のものなん……て……。
そこまで考えて頭から光景を無理やり追い出す。心臓の鼓動が少し早くなっているのが、自分でも分かった。
「……あー、自分で言っといてなんですけど、旦那様は大丈夫そうでした。旦那様と奥様が末永く幸せそうで、専属侍女としては安心でございます。アー、ミライハアカルイナー」
ジト目で見られてしまって、俺はわざとらしくターニャから視線を外した。っていうか、何だよその棒読み。
少しだけ不貞腐れて俺は息を吐く。王城に向かう時間は少しずつ近づいてきていた。




