第169話 嬉しい報告
ある日、俺は少しそわそわしながら人を待っていた。彼らが今日来ることは事前に知らされていたし、どんな用事かは伝えられていないけど、なんとなく予想はついていた。
そのことを知っているからか、苦笑いしているターニャが口を開く。
「旦那様……落ち着きが……」
「いや分かってはいるんだけど……でも仕方ないと言うか……絶対そういうことでしょこれ?」
「まあ、アラン様とセシリア様が二人でこの屋敷を訪問して報告したいことがある、ということですので予想している通りで間違いないとは思いますが……」
ターニャの言う通り、この後アランさんとセシリアさんが一緒にこの屋敷を訪れる。既に仕事はある程度片付けていて、お茶の準備も整っている状態だ。
最後に会ったのはアランさんの過去をセシリアさんに聞いてもらったとき。それ以降会ってはいないけど、便箋でのやり取りを見る限り結構良い雰囲気なのは伝わってきていた。
二人の男女の貴族が良い雰囲気になったら、その後の展開など決まりきっているようなものだ。加えてアランさんもセシリアさんも、年齢的には俺とそんなに変わらないんだから。
ノックの音が響く。それに緊張した声音で返すと扉が開き、久しぶりにアランさんとセシリアさんが姿を現した。
いつもは表情の変化が分かりにくいアランさんは緊張しているし、それはセシリアさんも同じだ。
「えっと……久しぶりアランさん、セシリアさん……とりあえず座って」
「は、はい、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
何度も顔を合わせている筈なのに、どこかぎこちない会話になってしまう。ターニャにお願いして飲み物を用意してもらう傍らで、俺達は長椅子に腰を下ろした。
当然、俺の向かいにアランさんとセシリアさんが座る配置。緊張した様子のアランさんが口を開く。
「今日は時間を取って頂きありがとうございます。事前に連絡した通り、報告があって来ました」
「す、少し硬いですよ……」
「す、すまない……」
セシリアさんの注意を受けて目じりを下げるアランさん。けれど注意をしたセシリアさんも目線をあちこちに移していて落ち着きがない。
大きく息を吸ったアランさんは、意を決したように口を開いた。
「私、アラン・サイモンと彼女、セシリア・ワイルダーは結婚し、籍を入れました。ノヴァさんには二人で直接報告しようと、そう考えていまして……」
予想通りの言葉だけど、俺の心の中に喜びが満ちた。
「そう……二人が……うん、良かったよ。おめでとう。便箋でのやり取りからいつかはするとは思っていたけどね」
微笑んで祝福の言葉を投げかける。セシリアさんの方を見て、穏やかに口を開いた。
「セシリアさんも幸せそうで、安心しました」
「はい……幸せです。アランさんを紹介してくださって、それに色々として頂いたみたいで、本当にありがとうございます」
「いやいや、そんな大したことはしていないよ。でも……良かった。アランさんにセシリアさん、すっごくお似合いの二人だよ」
素直な気持ちを口にすると二人は照れ臭そうにする。二人とも普段は冷静沈着だったり穏やかだったりするからか、少し反応が新鮮だった。
「ってことは、セシリアさんはセシリア・サイモンになるってこと?」
「はい、そうなります。今後はアランさんの屋敷に住む予定で――」
『ノヴァさん、私です』
セシリアさんの話を聞いているとノックの音が響き、シアの声がした。あれ? と思うものの、扉に声をかける。すると扉が開き、シアが中へと入ってきた。
「有名なお菓子が手に――えっと、お邪魔でしたか?」
「ああ、シア。アランさんとセシリアさんが結婚と入籍の報告に来てくれていたんだ。良ければ一緒に聞いていかない? アランさんもセシリアさんもいいかな?」
俺の言葉に、二人は首をはっきりと縦に振ってくれた。シアは二人の様子を見て俺の横へと移動して腰を下ろす。手にはお菓子の箱を持っていた。
「仕事も一段落着けたところだったのでちょうど良かったです。こちらが持って来たお菓子ですね。アランさんもセシリアさんもぜひどうぞ。あ、遅れましたね、ご結婚おめでとうございます」
完璧な笑顔で祝福するシア。彼女に対してアランさんとセシリアさんは頭を下げた。
「「ありがとうございます」」
その動きを見てちょっと大げさでは? と思ったけど、アランさんからすれば俺とは親しいとはいえシアは俺経由で会ったことがあるだけ。しかも北側の大貴族で、フォルス家よりも大きな一族の長だからって言う事だろう。
セシリアさんにしても妹であるナタさんの依頼主というか、太い関係を持っている相手でもあるわけだし、そう考えると彼らの反応にも納得が出来た。
「もうハインズ様にも報告されたんですか?」
「はい、快く結婚と入籍を祝福して頂いて、少し驚いたくらいです」
「ここに関してもノヴァさんに感謝です。あの父の事ですからノヴァさんと関係を持ち、南側で急速に台頭してきたサイモン家を引っ張るアランさんなら問題ない、と心の中で思ってそうですから……」
わが父ながら……、と頭を押さえるセシリアさんに苦笑いする。俺も初めて会ったときは演技に騙されかけたし、穏やかな雰囲気を持ちながらもそう考えていてもおかしくはないなと思った。いずれにせよハインズさんが認めて祝福してくれているなら大丈夫だろう。二人の結婚にとってあの人以上の障壁は居なさそうだし。
そんな事を思っていると、アランさんは、いやいや、とセシリアさんに声をかける。
「お義父様をあまり悪く言ってはいけない。初めて会ったけど、娘の君の事をとてもよく考えてくれる良いお義父様じゃないか」
「それはそうですけど……まあアランさんに何かしそうになったら娘として叩いて止めますから大丈夫です」
「おいおい……」
二人の会話を聞いていると、アランさんはセシリアさんに対しては丁寧語ではないらしい。あまり彼から聞かない砕けた口調が新鮮で、それが二人の関係性をより深いものだと象徴していた。
「ルートヴィヒさんも喜んでた?」
「……はい、父は相手にはこだわってはいないようで、ただ私が妻を得たことを喜んでいたようでした。……大切にしてやれと、そう言われました」
「……そうだね。ルートヴィヒさんも思うところがあるんだろうけど、祝福してくれているみたいで良かったね」
アランさんの過去は彼の母によるもので、そこには父であるルートヴィヒさんも絡んでいる。彼が自分の家を何とかしようとして失敗し、加えてアランさんを母任せにしてしまったのが原因ではある。
アランさんもルートヴィヒさんもお互いに対して思うところがあるみたいだけど、この結婚に関してはルートヴィヒさんは心から祝福しているに違いないだろう。
「もしも孫が出来たら、会わせるつもりです」
「そう……それはいいね」
それが分かっているからこそ、アランさんもそう言ったんだろう。
ターニャが出してくれたコーヒーを一口飲んで考える。
「…………」
少し、羨ましいとは思う。俺も将来子に恵まれたら、その子を父上やリーゼロッテの母様に会わせる日が来るのだろうか。
そもそも、俺は会わせたいと思うのか……分からない。
少しだけ考えてみても、そんな日を、今は思い浮かべることすらできなかった。




