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宿敵の家の当主を妻に貰いました。~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~  作者: 紗沙
第3章 宿敵の家と宿敵でなくなってから

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第165話 メリッサ・アークゲートという人


「まず覚えておいてほしいのは、かつてのアークゲート家は今とは全く違い、かなり重々しい雰囲気だったという事です」


 ユティさんは椅子に座ったままで、長い話を始めた。


「前当主、エリザベート・アークゲート。私達のお母様である彼女は、彼女の代まででは歴代最高の当主でした。誰よりも強い魔力と剣の才を持ち、知謀にも優れ、政治にも精通。彼女の代でアークゲートは国内で他の追随を許さない程まで成長しました。

 そんな彼女が支配するこの屋敷は、力こそが全ての世界。私はそこで生を受けました。アークゲート家次女として、姉であるメリッサの誕生から三年後の事でした」


 ユティさんは腕を伸ばし、指で空中に文字を書く。

 一番上にエリザベート。そしてその下にメリッサとユティが書き込まれ、線で結ばれた。分かりやすく家系図を作ってくれているのだろう。


「私とメリッサお姉様は三歳差。そこには確実な差があります。加えて姉は魔力と剣、どちらも非凡な才能があった。

 そして私の誕生からさらに三年後、今の当主様が誕生します。私とは三歳差、姉とは六歳差になります」


 線が伸びて、ユティさんの隣にレティシアと書き込まれる。シアの名前だが、その文字はほんの少しだけ薄いように思えた。


「あまり覚えていませんが、あの子が生まれた時は嬉しかった記憶があります。ただ同時に、しばらくしてからあの子が疎まれるようになってしまったことも覚えています。魔力をろくに扱えない欠陥品、放っておいてもその内消えるだろう、というお母様の言葉も」

「…………」


 拳を強く握りしめる。けれどユティさんの話を遮ってはいけないと思い、我慢した。


「しばらく時間が経って、アークゲート家の中にはいくつかの派閥が出来るようになります。偉大なる魔女、エリザベートの後継者は誰か。最大派閥はメリッサお姉様のもの。こちらにはお母様の妹であるティアラ叔母様が筆頭でした。また彼女の娘であるアイギスやレインもメリッサお姉様を支持し、彼女と一緒に行動していました。

 一方で、私はこの時ノクターン先生と交流を持っていました。お母様を補佐していた彼女から色々と教えを受ける中で、自分に合っているのは誰かを支えるという事だと気づき始めていたからです」


 家系図にさらに書き込まれる。

 エリザベートの隣にティアラが、その反対側にノクターンが。

 ティアラとメリッサは丸で囲まれ、ノクターンとユティも丸で囲まれた。


「……お姉様と同じだけの教育を受けて、それに加えてノクターン先生からも指導を受ける私を、他の支持者達は好意的に見ていました。他ならぬお母様がどちらを次期当主に考えているかを全く明かさないことも理由の一つでした。そしてメリッサお姉様と私で二つに分かれた中で、あの子は誰にも目を向けられず、たった一人で居ました」


 ユティさんの目の前で、薄く書かれたレティシアの文字が揺れる。


「魔力が全てのアークゲートで、それをまともに扱えないあの子は全てが許されませんでした。教育も訓練も、図書室への出入りも、専属の侍女すら許されていません。

 知っていますか? あの子は外に出ることは許されていた。いえ、全く制限されていなかった。お母様としてはあの時のあの子が勝手に外に出て、そしてどこかで野垂れ死んでも構わなかったんでしょう。

 屋敷の外には行けるのに、屋敷の中に行ける場所はほとんどない。それがあの子の世界でした」


 そして……、とユティさんは強く拳を握り締める。


「私は……そんなあの子に一切の手を差し伸べませんでした」


 信じられなかった。ユティさんの口から語られたのは、そのくらい衝撃的なことだった。

 今、シアやオーロラちゃんの事を深く思っているユティさんが、そんな事をするなんて。


「当時、アークゲート家はメリッサお姉様と私で二分されていましたが、メリッサお姉様はあの子を最も嫌っていました。魔力の才、剣の腕、知謀の才、それだけで良かったのに、あの人はお母様から性格すら受け継いでしまったんです。

 弱者を見下し、自分が上に立たなければ気が済まない、傲慢ですがそれが許される、そんな人だった。何度も見ました。お姉様があの子にきつく当たっているところを。従者であるアイギスもそれに乗っていましたし、レインも冷たい目線や言葉を投げかけていました。暴力や罵倒は当たり前、魔力が使えないあの子の人格を否定するようなことも聞いたことがあります」


 ユティさんは語りながら震えていた。必死に腕を掴んで、その震えを押さえていた。


「お姉様は私の事を一番の敵と認識していました。もしそんな私があの子に手を差し伸べて助けたらどうなるか……あっさりと殺されればまだいい方です。きっと想像を絶するほどの苦痛の中で殺されるだろうとさえ、思いました。

 幸いあの子は自室に閉じこもるようになり、お姉様からは逃れられましたが、それでも時折目をつけられていました。

 ……あの子の部屋、前は今のオーラの部屋だったんです。いくつも鍵があるの見たことがありますか? あれはあの子が与えられた僅かなお金で、外で買ってきた鍵なんです。自分の領域を少しでも護るための、ちっぽけな防壁なんです」


 ユティさんの話を聞けば聞くほどに怒りが湧き上がる。今すぐそのメリッサやアイギス、レインとかいう連中を害したいと思うほどに、俺の頭は沸騰寸前だった。

 ユティさんは何度も息を吐いて心を落ち着かせて、そして再び語り始める。


「そして事態はさらに悪化します。あの子が生まれてから6年後、オーラが生まれました。オーラは生まれながらにして素晴らしい才能を持っていて、しかもあの子のように暴走の心配もなかった。お母様がもっとも目をかけていたのは明らかでした。

 ……まあ、オーラからしたらたまったものではないでしょう」


 ふと横を見れば、オーロラちゃんも苦しそうな表情でユティさんの話を聞いていた。


「ですがオーラが期待されていることはメリッサお姉様の目にも明らかだった。オーラが生まれたことで、これまで二つだったアークゲート家は三つに分裂しました。それまでの最大派閥のメリッサお姉様、お母さまが目をかけているオーラ、そして私の三つです。

 覚えている限りでは、次期当主にメリッサお姉様を推す声とオーラを推す声が同じくらいになります。

 メリッサお姉様は次第に焦るようになり、苛烈な言動も目立つようになりました。ここまで来て、私は完全にあの子に手を差し伸べることが出来なくなった。もしも差し伸べれば苛立つお姉様にあの子が何をされるか分からない……それに末の妹であるオーラは絶対者であるお母様の命令で会うことすらできない。

 私……小さい頃からずっと姉妹で仲良くしたかったんです。でもメリッサお姉様とは確執があるし、あの子には手を差し伸べられない、オーラには会うことすらできない。どうすれば良かったのかって……今でも思います。私は……私は……どうすれば……良かったんでしょうね?」

「ユティさん……」


 今になってユティさんの気持ちがよく分かる。彼女はただ姉妹で仲良くしたかっただけだ。けど生まれてすぐに暴君のような姉の対抗馬にさせられ、その後に生まれた妹達とも距離が出来てしまった。精神的な距離と物理的な距離が。

 その中でユティさんは何とか妹達を守ろうとしたけど、ただの子供の彼女に出来ることはなかった。相手はユティさん以上に力を持った子供に、絶対者、それに力が全てのアークゲート家だったから。


 だから彼女は今、それをしている。シアやオーロラちゃんに対して過剰と言えるほど気にかけるのも、シアから言われた仕事に対して言われた以上取り組むのも、彼女にとっての終わらない償いなのかもしれない。


 息を大きく吐いて気持ちを少し落ち着けたユティさんは、再び口を開く。


「ただ、よくよく考えるとこの時にはもうすでにあの子はノヴァさんと出会い、力の制御に乗り出していたんだと思います。このときのあの子は、どこか違う場所を見ているような、そんな目をしていましたから。

 一方でメリッサお姉様は成長し、十分な力をつけて北との戦争に参加します。私もしばらくしてそれに参加しました。私はノクターン先生の補佐が主でしたが、メリッサお姉様は一部隊を率いる程で、内部ではメリッサお姉様が次期当主だ、という声も大きくなっていきました。

 メリッサお姉様とオーラの年齢差が12もあるのも大きな理由ですね」


 12年という歳月は大きい。いくらオーロラちゃんが才能に満ち溢れていたとしても、経験でメリッサが評価では上を行ったってことは、なんとなく分かった。


「そして忘れもしないあの日、私が20歳の時です。

 メリッサお姉様は北との戦争でダリア将軍に邂逅し、一騎打ちの末に命を落としました。享年23歳。あまりにも早すぎる死でした」

「……え?」


 突然の死に、俺は声を上げる。視界の隅ではオーロラちゃんが目を見開いているのも分かった。

 ユティさんはまっすぐな視線を俺に向けたままで、口を開く。


「その戦いの事は知りませんし、その前後でお姉様と会っていないので正確なところは分かりません。ですがメリッサお姉様はダリア将軍に勝てなくても、敗死するような人ではなかった。少なくとも逃げることくらいは出来たはずだと今でも思っています。だから」


 そこで一回言葉を切って、ユティさんは衝撃的な一言を口にする。


「私は当主様がメリッサお姉様を殺害したのではないかと、考えています」


 部屋の空気が、時間が、一瞬だけ止まったような気がした。


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