第150話 結婚式典当日、知り合い達との語らい
レイさんとベルさんの結婚式典当日。俺とシアは開始時間よりもかなり早く会場に足を運んで最終確認をしていた。警備を担当してくれる人たちに話を聞いたりしたけど、俺が依頼したフォルス家の兵と、シアが依頼したアークゲート家の兵の人達は仲良く協力して取り組んでくれているみたいだった。
念のために警備すべき個所を再度回り直したけど、怪しい人影や物体は見つからなかった。シアに聞いてみても問題ないっていう返事が返ってきたから、このまま行けば無事に結婚式典を終えられそうだ。
建物の中に用意された警備本部室で、会場の地図を広げながらシアと最後の確認を行う。この後俺とシアは来賓として式典に参加してしまうために、警備の全権は別の人に譲ることになっていた。その譲る相手というのが。
「ということで、以上が注意点です。大丈夫そうですか? システィ?」
アークゲート家の屋敷で何度か会ったことのあるシスティさんだった。彼女はシアの母親の妹であるノークさんの娘。つまりシアの従妹である。短く切りそろえた黒髪と、シアと同じ灰色の瞳がまっすぐに俺達を向いていた。
「はっ、警備に関してはお任せください。当主様、旦那様は式典を心行くままにお楽しみ頂ければと」
「えっと……ありがとう、システィさん」
「勿体ないお言葉!」
「あ、あはは……」
頭を下げるシスティさんに苦笑いが出てしまう。アークゲート家の人達は俺の事を少し過剰に敬ってくれるところがあるけど、システィさんのは度を越えている気がする。俺に、というよりもシアに向ける忠誠心の高さをここまで持っているのは、俺の周りにも他にいないだろう。
シア曰く、すごく真面目でめちゃくちゃ仕事が出来るらしいんだけど、この忠誠心の高さは少しマイナスらしい。システィさん、高すぎる忠誠心で逆に引かれているのは少し可哀そうである。
そんなシスティさんに後を任せて、俺とシアは会場へと向かう。この時間帯ならまだ招待された貴族達は揃っていないだろう。
ちなみにフォルス家から参加する貴族は俺だけだ。カイラスの兄上とライラックの叔父上には、事前に手紙で事情を説明してある。返答の手紙にはどちらも、「仕方がない」という文言があったけど、本当にそう思っているのかは微妙なところだ。
ちなみにギリアムさんにも参加を辞退してもらったけど、彼だけはとても残念に思っている返信をくれた。けどその後に俺が参加することは喜ばしいことだと書いてあったので、そこまで気にしてはいないようだった。
「そういえば、ユティさんやオーロラちゃんは来るって聞いたけど、ティアラも来るの?」
少し気になって尋ねてみれば、シアは首を横に振った。
「いえ、彼女は用事があって来られないそうです」
「あ、そうなんだ」
シアの答えを聞いて少しだけ安心した。俺はティアラの事をあまり良く思っていないし、それは向こうも同じだろう。少なくともオーロラちゃんが参加するこの式典にティアラが参加しないことは、俺にとっては安心することだった。
俺達はそのまま式場内部の式典の間に向かい、扉を開く。今日の予定は、ここでレイさんとベルさんが結婚の宣誓、および父であるオズワルド国王陛下とコールレイク帝国の皇帝のお言葉がある。
そしてその後は外の会場に移動し、軽食を交えた交流会が行われる。最後にレイさんとベルさんは豪華に飾った馬車に乗って王都を一周することで式典は終わる予定だ。この式典の後、ベルさんは王城に住むことになる。名実ともにこの国の王女様になるということだ。
式典の会場は4列席が設けられていて、入って左側が王国席、右側が帝国席となっている。王国席はさらに左右に別れるけど、左の列、つまり会場で一番左は南側の貴族が座る。一方で王国席の右側、つまり左から二番目は北側の貴族が座ることになっている。
南側の席の先頭には俺の座る席が、北側の席の先頭にはシアの座る席があるのは言うまでもないだろう。本当は夫婦で固まって一番左か、左から二番目の列に隣同士で座れれば良かったけれど、こればっかりはどうしようもなかった。
会場の中は始まるまでは時間があるからか、まだ人はまばらだった。裏手ではレイさんとベルさんが式典の準備を進めていることだろう。
俺とシアは真ん中の道を進んだところで、左側に目を向けると、見知った後ろ姿が目に入った。
「あ、オーロラちゃん、ユティさん……それに、ノークさん?」
よく会う二人に加えて、意外なことにノークさんが座っていた。三人は俺達に気付くと、それぞれ異なった動きを見せる。オーロラちゃんは手を振り、ユティさんとノークさんは頭を下げてくれた。
「今朝ぶりねノヴァお兄様」
「うん、そうだねオーロラちゃん」
早朝にシアのゲートで一緒に会場に来たオーロラちゃんが返事をする。俺達は警備の関係ですることがあったけど、彼女は手持無沙汰だったからか少し暇そうな表情だ。
「ノヴァさんこんにちは……オーラが迷惑をかけていませんか?」
「こんにちはユティさん。むしろオーロラちゃんにはいつも助けられていますよ。そしてお久しぶりです、ノークさん」
オーロラちゃんとユティさんに軽く挨拶をして、俺は最後にノークさんに挨拶をした。実際彼女と会うのは久しぶりの事で、前に会ったのは王都でシアと間違えた時だった筈だ。
ノークさんは俺の言葉に、穏やかに微笑んだ。
「お久しぶりです。お元気そうで何よりです」
そういえば彼女はレスタリアの領主だと以前聞かされたことを思い出した。彼女が呼ばれるのもよく考えれば当然の事である。
「隠居の身だから行くのを辞退しようか迷っていると聞いたときは、先生には呆れましたよ」
「え? そうなの?」
困ったように微笑むユティさんについ声を上げてしまう。現役の領主だと聞いていたから、隠居の身ではない筈だけれど、どういうことだろうか。そう思ってじっとノークさんを見ると、彼女は苦笑いした。
「言葉の綾ですよ。私は前当主時代の人間なので、心の中では隠居の身なんです。領地も近いうちにオーラに譲るつもりですしね」
「……なるほど?」
まあ、そういった考え方もあるのかと納得はした。それにしてもオーロラちゃんが近いうちに領主になるのは知っていたし、そのための勉強として俺のところで色々と手助けをしてくれているんだけど、その領地がノークさんの管理する領地だったとは。
挨拶もほどほどにして、俺はシア達と別れて自分の座るべき場所へと向かう。ちなみにシア達四人は全員が最前席だった。改めてアークゲート家の凄さを思い知った瞬間でもあった。
「おや、ノヴァ殿じゃないか」
席に向かう途中で、一番左の列の最前席に座る人に声をかけられる。そちらを見ると、ハインズさんが座って手を振っていた。その後ろにはセシリアさんとナタさんの姿もある。
「お久しぶりですハインズさん。それにセシリアさんと、ナタさんも」
「お久しぶりです、ノヴァさん」
「ノヴァさん、久しぶり」
頭を下げるセシリアさんと、一方で軽く手を挙げるナタさんの姿が対照的で、この姉妹らしいな、と少し思ってしまった。
「そりゃあ、ノヴァ殿も最前列か」
「そういうハインズさんもじゃないですか」
「これでも、うちも大きな家だからね」
最前席に座る貴族達はそれぞれ影響力の大きい当主ばかり。そしてその後ろの2列目や3列目に彼らの家族が腰かけるようになっている。一応式典だから厳密な並びはないけど、前の席というのはそれだけで価値があるという事だろう。
俺やシア達以外には、さっき挨拶したハインズさんや、カイラスの兄上の妻ローズさんの実家であるアインスタット家の当主も一番前に座っている。ちなみにカイラスの兄上が不参加なので、ローズさんもまた不参加だった。
「本当はセシリアを連れてくるかどうか迷ったんだけど、娘がどうしても行きたいって言ってね」
「いつまでも屋敷に閉じこもっていても仕方ないですからね。
それにノヴァさんのお陰で噂もそこまで大きくなってはいませんし」
「ノヴァさん、グッジョブ」
色々思うところはあるけど、セシリアさんが前を向けているなら良いことだ。それが俺っていう意外な人物がフォルス家の当主になった衝撃が上回ったから、っていうのはちょっと不思議な感じだけど。
苦笑いをしつつ、他の貴族達とも簡単に挨拶をしながら自分の席に座る。俺の席は最前列の中でも一番左。そして俺の右隣には一人分の席が空いていた。
事前にシアからカイラスの兄上やライラックの叔父上が不参加になるために、彼らの代わりに知り合いを連れてきていい、という事を言われていた。空いた席を埋めたければ埋めて、埋めなければ適当に調整するという事だったから一人だけ指名した。
「ノヴァさん、お久しぶりです……といっても、数日ぶりですが」
左の通路を歩いてきた男性は一番前の俺の横まで来ると、そう声をかけた。俺は南側の貴族ともそれなりに仲が良いけど、もっとも仲が良いのは一人だけ。俺に挨拶をしてくれた短い黒髪の男性、アランさんが穏やかな笑みを浮かべて立っていた。
「アランさん、久しぶり。でもそうだね、つい三日前に遊びに来たからね」
彼に微笑んで返せば、アランさんはそのまま少し歩いて俺の隣に腰を下ろした。腰を下ろす前に視線を一瞬だけ後ろの方に向けていたような、そんな気もした。
アランさんが座ることで会場が少しざわつき始める。少し前まで半ば没落していると言ってよかったサイモン家が、式典という場とはいえ最前席に座るっていうのは衝撃的だったんだろう。
実際、俺が言う前のアランさんの座る位置はもう少し後ろの方だったらしいし。
「奥様からお聞きしました。まさかノヴァさんが私のために席を用意してくれたなんて。本当にありがとうございます」
「いや、身内に一身上の都合で来られない人が居て、たまたま席が空いたからだよ。それに便宜を図ってくれたのはシアだしね」
そう言うと、アランさんのさらに右に座るハインズさんが声をあげた。
「アラン殿、久しぶりだね」
「ハインズ殿、お久しぶりです。セシリアさんも、ナターシャさんも」
後ろに座る二人にも挨拶をするアランさん。ナタさん経由で知り合ったとは聞いていたけど、思いの外仲は良さそうだった。その様子をじっと見ていると、ハインズさんは穏やかに微笑んだ。
「アラン殿はナタ経由で知り合ってね。若いながらもとても優秀で、私とも話が合うんだ。それに誠実でとても良い。ノヴァ殿には感謝しているよ」
「……はぁ」
言っている意味が分からなかったけど、とりあえず返事をしておいた。けれどハインズさんは軽く笑って、背後に座るセシリアさんに話を振る。
「お前もそう思うだろうセシリア? アラン殿は素敵な御仁だと」
「……お父様」
セシリアさんはハインズさんを睨んだけど、その顔は少しだけ赤い。隣を見ると、アランさんもアランさんでほんの少しだけ困っているけど、心から困っているわけじゃなくて、なんというか……まんざらでもないって感じだ。
これはひょっとしたら、いい感じになっているんじゃないだろうか。俺もアランさんとセシリアさんが結ばれるのも悪くないと考えていたけど、知らないうちに良い雰囲気になっている。
ハインズさんも内面はともかく、外から見る限りではアランさんの事は認めているみたいだし。
「……まあ、あんまり笑わないのが欠点ではある」
「……不器用かもしれないけど彼は良い人よ、ナタ」
「うん、私はお姉ちゃんを応援する。今回は良い感じ、私も認める」
「……なにを言っているの? もう」
うん、やっぱり良い雰囲気だ。ナタさんに弄られるセシリアさんを見ながら、俺は微笑んで前を向いた。
式典の開始の時間は、もうすぐだった。




