第143話 二国を繋ぐ架け橋
ベルさんとオーロラちゃんに案内されたのは王都にあるお店で、そこの個室に俺達は通されていた。どうやらこの店に入ったことがないのは俺だけらしく、レイさんも慣れた様子だ。
一応シアからおすすめのお店として名前は聞いていたけど、来る機会はなかったんだよなぁ。
各々が注文した飲み物を飲み、心を落ち着ける。席は俺の隣にオーロラちゃん、正面にレイさんで、その横にベルさんの配置だ。
紅茶の入ったカップをソーサーに置いたベルさんは、ゆっくりと口を開いた。
「ノヴァさん、改めて結婚式典の警備依頼を受けて頂き、ありがとうございます。下見をして頂いたとのことでしたが、いかがでしたでしょうか?」
「王族同士の結婚だからかなり広い会場だったけど、問題はないと思うよ。シアともこの後時間を取って協力していくつもりだし、当日は任せてよ」
「まあ、この国でもっともお強いアークゲートとフォルスの両家に護られるなんて、私達は恵まれていますね」
ニコニコ笑顔でレイさんの方を見るベルさん。彼女からの視線を受けて、レイさんは小さく「あぁ」と呟いた。
彼は俺の方を見て、小さく頭を下げる。
「俺からも礼を言う。ありがとうノヴァくん」
「いえ、仕事ですから」
「……なあノヴァくん、ベルに対して敬語じゃないんだから、俺に対しても敬語じゃなくていいんじゃないか?」
「あー……えっと……」
そう言われてみて、確かにそうだと思ったけどちょっとだけ戸惑っていると、隣に座るオーロラちゃんが声を上げた。
「分かったわ、じゃあそうさせてもらうわよ、レイ」
「いや、お前じゃねえよ!」
まさか彼女から声が上がるとは思っていなかったのか、レイさんは青筋を立てて反応した。その言葉に、オーロラちゃんはジト目で返す。
「えー、それだとこの場で私からレイに対してだけ敬語じゃなくなるけど?」
「お前……不敬罪でしょっぴくぞ」
「へぇ? 出来るもんならやってみれば?」
不敵な笑みを浮かべたオーロラちゃんは横に座る俺の腕を両手で掴む。二人のやり取りがあまりにも可笑しくて、思わず笑ってしまった。
「ははっ、分かったよレイさん、これからはベルさんに接するみたいに接する。だからってわけじゃないけど、オーロラちゃんに関しても許してくれないかな?」
「…………」
「レイさん、私、オーロラさんが捕まってしまうのは嫌です」
俺と、そしてレイさんに対する最終兵器であろうベルさんにお願いされて、彼は大きく息を吐いた。
「……冗談だ。そんなことするわけないだろ……アークゲートとフォルスの両方を敵に回したら国が滅ぶわ」
最後の呟きは小さくて聞き取れなかったけど、どうやらレイさんはオーロラちゃんの事も受け入れてくれたらしい。
俺は自分の腕を掴む手にそっと触れて、オーロラちゃんと目を合わせた。
「オーロラちゃんも、あんまり失礼なことはしないようにね」
「はーい」
聞き分けが良い返事をして、オーロラちゃんは腕を離した。
話が一段落したところで、今度は俺から二人に尋ねてみることにした。
「二人は、和平を結んだ後に知り合ったんですよね?」
コールレイクとこの国は長年戦争状態だったけど、それをシアが休戦させ、そのまま和平まで持っていったのは有名な話だ。だから二人が出会うなら最近の事になると思って聞いてみたら、案の定二人揃って頷いてくれた。
「初めて会ったのは和平交渉の時だな。それから色々あって……」
「レイさんが私に一目ぼれして頂けたようで、熱いアプローチを受けました。それにレティシアさんからも手紙でレイさんに関する色々な事を教えて頂けまして……。そこからは二人で色々と話をするうちに……という感じです。今ではお互いの国の文化について話し合ったりもするんですよ」
「……まあ、あいつには世話になった」
レイさんとベルさんの話を聞いて驚いた。ベルさんがシアと手紙のやり取りをしているのは知っていたけど、まさか二人が出会ってすぐから関わっていたなんて。
話を聞くにレイさんの気持ちを後押ししたり、ベルさんに彼の良いところを教えたりしたってことだと思う。
そうして二人は仲を深めていって、今回ついに結婚、という事になったってことだろう。
頭の中で納得していると、ベルさんは微笑んで話を続けてくれた。
「今回の私たちの結婚で、コールレイクとこの国の関係性はさらに良いものとなるでしょう。私のお父様も、レイさんの御父上のオズワルド国王陛下も喜んで頂けましたし」
「……中にはベルは人質としてこの国に来たって考えている貴族もいるようだが、それは間違っている。ベルは両国を繋ぐ大きな架け橋だ。それに……俺にとっては、大切な人だしな」
「ま、まあ……」
照れたようにそう言うレイさんと、まんざらでもない様子のベルさんに甘い雰囲気が流れる。少し苦笑いをしてその様子を見守っていたけど、これって俺とシアを遠くから見た場合もそうなのか? とちょっとだけ考えた。
いや、流石にここまでではないか。ないよね?
そんな事を思っていると、オーロラちゃんがポツリと呟いた。
「気をつけなよレイ……つまりそれは逆を言えば、ベルさんが傷ついたら二国の関係は一気に悪化するからね」
「あぁ……肝に銘じている……それに大切な人を傷つけられたくないのは誰しも思うことだ」
「はいはい……」
はぁ、とため息を吐いて呆れたようにレイさんとベルさんをオーロラちゃんは見る。
惚気話には、もううんざりなようだ。
「ですが少なくとも私達の結婚式典を大々的に行うことで、両国の民の皆さんに安心してもらえると思います。自分がそう言った大役を任されるのは緊張しますが、民の皆さんが安堵して頂けるなら、これほど喜ばしいことはありません」
「……ベル」
穏やかに微笑むベルさんと、彼女を見守るレイさん。
彼らを見て、ベルさんがどんな人なのかが分かってきた。前回会って皇女様だと分かったときは驚いたけど、彼女は民の事を思いやる優しい皇女様だ。
「私……この国とコールレイクが戦争をしていることにはずっと心を痛めていました。だから終わらせてくれたレティシア様には感謝しています。それに、レイさんにも。私はずっと、コールレイクの戦力を増強する目的でどこかに嫁がされると、そう考えていましたから。ですがこうして私の事を思ってくれる人と巡り合えて、そして結ばれることが出来て……本当に幸せ者です」
あぁ、やっぱり彼女はこの穏やかな平和を愛する心優しい人なんだって。
だからそんな彼女に応えるために、俺も微笑みを彼女に返す。
「ベルさん、結婚式典は任せてほしい。全力を尽くして、全く問題なく大成功するようにするよ。きっとシアも、同じことを考えてくれていると思う」
「まあ、とても心強いですね、フォルス家の当主様は」
微笑むベルさんを見て、気合を入れた。彼女とレイさんの結婚式典を無事に終わらせたいという気持ちはもちろんある。
でもそれ以上に、結婚式典の失敗は俺の目標でもある穏やかな日々の崩壊につながるかもしれない。
シアの作ってくれた平和を、少しでも長く維持する。
他ならない俺のために、俺は全力を尽くすことにしよう。




