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宿敵の家の当主を妻に貰いました。~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~  作者: 紗沙
第3章 宿敵の家と宿敵でなくなってから

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第135話 少女の正体

「えっと……その……いいんですか?」


「うん、俺が無理して呼んじゃったんだし、この場は持つから、遠慮せずに頼んでよ」


 目の前のさっきまでナタさんが座っていた席にはベルさんが座っている。彼女は少し恐縮していたものの、俺の言葉にメニュー表を持ってきた店員さんからメニューを受け取ると、そこから紅茶を選んで注文していた。


 少し強引だったかな、と思うけど、彼女とこうして話をする場を設けられたのは良かったと思う。現にベルさんの背後には劇場にもいた二人の女性が立つ形で控えていて、ベルさんがただの少女ではないことを物語っていたから。


「あ、そうだ。フォルス家の当主就任おめでとうございます」


「え? あ、ああ……ありがとう」


 ベルさんに言われて思わず声が漏れた。何で知っているんだって思ったけど、貴族のご令嬢なら小耳には挟んでいるかと思い直す。

 じっと見てみたけど、彼女は心から祝福してくれているみたいで、その黄緑色の瞳からは明るい気持ちしか感じられなかった。


 しばらく俺達の間に沈黙が落ちて、店員さんが紅茶を運んでくる音だけが響く。

 ベルさんの前に紅茶が置かれて、それを彼女がゆっくりと口に運んだ。


「あっ……美味しいです……」


「そう言ってくれると嬉しいな。ここは妻が教えてくれたお店なんだ」


「……レティシア様が」


 確定だ、と俺は思った。ベルさんはシアの事を知っている。今も上品な佇まいの中に、何かを警戒するような雰囲気を感じた。


 本題を出すならここだと思って、俺は切り出すことにする。いったい何が出るか、少し不安ではあるけど。


「……教えて欲しいことがあるんだ。君は……俺の妻、レティシア・アークゲートを知っているね?」


「…………」


「君は、誰なんだ? ベル、と呼ばれているのはこの前の劇場で聞いたけど……」


 そう言うとベルさんは少し難しそうな顔をして、けど俺をチラリと一瞥した。


「……奥様は何も言っていないんですね。あの人らしい、と言いますか」


「?」


 彼女の言葉に首を傾げると、ベルさんは通りの方をチラリと見たあとにフードに手をかけ外した。


 出てきたのは、日の光で輝く金色の髪だった。さらに整った可愛らしい顔立ちに、あどけない表情はまるで妖精のようにも見える。

 アークゲート三姉妹の中ではオーロラちゃんに似た可愛い系統の美人が、そこにはいた。


「改めてご挨拶申し上げます。私はマリアベル・グロース・コールレイク。北のコールレイク帝国の第二皇女です」


 コールレイク帝国、第二皇女。その言葉が俺の頭で回る。


 つまり今までベルさんだと思っていた貴族令嬢は、貴族令嬢どころか皇女様で。

 そんな相手に、俺は今まで結構気安い口調で話をしていたわけで。


「っ! も、申し訳ありません、崩した口調で話してしまい――」


「い、いえいえ、劇の時に私がお二人の会話に入ったときから引きずられてだと思いますし……それに私は気にしていませんから……むしろそのままの方が私的には助かると言いますか」


「? そ、そう……ですか……」


 よく分からないけど、命拾いしたらしい。最後の方は何を言っているか分からなかったけど、どうやら許されたみたいだ。

 伺うような形でゆっくり頭を上げると、ベルさんはにっこりと微笑んで、フードを被り直した。


「はい……ですのでこれまでと変わらず接して頂けると助かります。

 あ、この二人は私の護衛兼侍女でして、色々お世話をしてくれているんです」


 手で指し示されたベルさんの背後の二人の女性が揃った動きでお辞儀をする。それに合わせて、俺も座ったままだけど軽く頭を下げた。


「えっと、どうしてノヴァ様の奥様を知っているか、ですよね。それに関しては流石に知っていると言いますか……一応以前は敵対していた関係ですので……あ、今は友好な関係を築いているところですよ?」


「あ、ああ……いや、ノヴァ様はちょっと、もうちょっと呼びやすい名前だと嬉しいと言いますか」


「じゃあノヴァさんとお呼びします。ノヴァさんも少し敬語になっていますよ。いつもの口調で構いません」


「う、うん……」


「私とレティシア様は直接会って話したことはないのですが、お互いに知っている関係性と言えばいいのでしょうか。私は彼女の事を深くは知りませんが、劇場での様子を見るに、レティシア様は私の事を深く知っているようでしたけど」


 ベルさんの言葉に思い返してみると、確かにあの時のシアの言動はいつもより少し違っていたような気がする。あれはシアがベルさんの事を知っていたからなのか。

 というか、それなら教えてくれても良かったのに。


 内心でシアに文句を言うと、クスクスと笑う最愛の妻が心の中で『ごめんなさい、つい』と語り掛けてきた。

 仕方ない、許そう。そこまで怒っていないし、怒っていたとしても一瞬で鎮火しそうだ。


 そこでふと、目の前の少女がどうして王都に居るのかが気になった。ここはコールレイク帝国じゃない。それなのにわざわざ姿を隠してまで、どうして。


「ベルさんはどうして王都に? ひょっとしてコールレイク帝国でなにかあったとか?」


 もしもコールレイク帝国で何か事件があって、それで王都まで逃げてきているとしたら。

 ひょっとしたらまたコールレイク帝国と戦争が起こるかもしれない?


 そんな嫌な未来を想像したものの、ベルさんは慌てて手を横に振った。


「違います、コールレイク帝国は戦争終結後、平和です」


 どうやら思い込み過ぎだったらしい。杞憂で良かったと、そう思った。

 手をテーブルに置き直したベルさんは微笑んで、再び口を開く。


「ここに来ているのは、これから過ごす王都をもっと詳しく知りたかったからなんです」


「これから過ごす、王都?」


「はい、これはまだ秘密なんですが、私、近いうちに結婚するんです」


「…………」


 驚いたけど、ベルさんからは悲しんでいる様子は感じ取れなかった。二か国での結婚なんて政略結婚に違いないのに、彼女はどちらかというとそれを楽しみにしているようにすら感じられた。

 穏やかな表情を浮かべるベルさんに、俺は口を開く。


「その……楽しみにしている……んだよね?」


 おずおずと聞いてみれば、照れ臭そうにベルさんは笑った。


「私も最初は悲観していたんですけど、結婚相手がとても親切で私の事を大切にしてくれる人なので、いいかなと。一緒の時間を過ごしているうちに、私も彼に少しずつ惹かれていきましたし」


 そういうベルさんは、これから先の結婚に対して少しの不安もないみたいだった。相手の事を信頼しているんだろう。どちらかというと、幸せそうな雰囲気だ。


 と、そこまで考えて、あることに思い至る。


 ベルさんはコールレイク帝国の第二皇女。それなら我が国の結婚相手は、それと同じくらいの高い身分の男性という事になる。

 それに当たる人物を、俺は一人だけ知っている。知っているけど、いや、まさか。


「えっと……その……ベルさんの結婚相手ってレイさん……レイモンド王子?」


「まあ、ノヴァさんもレイさんをご存じなんですか?」


 どうやら当たったらしい。ベルさんは嬉しそうな表情で語り始めた。


「ご存じの通り、レイさんは私のような余所者にもとても優しくて、親切で、頻繁に笑いかけてくれるんです。私のためにコールレイクの文化についても学んでいただけたりして、それで私も実際にこの王都に足を運んで、どんな場所かを体験しているんです。

 最初はどうなるかと不安でしたが、レイさんのような方と一緒になれるなら、将来が楽しみです。……ただ、あんなに素敵な殿方と結ばれてしまってこの国の他の令嬢から恨まれないか心配ではありますが」


 ベルさんの話を聞きながら、俺は笑顔を作ったままで内心で叫んだ。


 ――誰だ、その人


 少なくとも俺の知っているレイさんは結構うさん臭くて、シアの事を恐れていて、ちょっと苦労人気質のある人だ。しかも変身魔法を使って国内の貴族の弱みを握るのが得意なちょっと関わりにくい人。

 間違ってもベルさんの言うような人じゃないんだけど……彼女の前では違うってことなのかな。


 少しだけ遠くを見て、俺は口を開いた。


「……ベルさんがレイさんと結ばれるなら、しかもそれがお互いに思い合っての事なら、二人にとっても二国にとっても良いことだね。

 ベルさん、もしレイさんに何かされたら遠慮なく言ってね。俺、彼とは仲が良い筈だから、注意とかできると思うし」


 むしろここまでまっすぐに思ってくれているベルさんの気持ちを踏みにじるようなことをしたら流石にシアに報告だ。反省してもらわないといけない。


 そのことを伝えると、ベルさんは一瞬動きを止めた後、クスクスと笑い出した。

 あれ? 変なことを言ったかな、なんて思ったけど。


「ご、ごめんなさい……まさか奥様と全く同じことを言われるとは思っていなくて」


「シアと?」


「はい、実は奥様とは手紙でやり取りをしていまして、レイさんのことを教えてもらったのも彼女からなんです。その時に、同じようなことを。私が結婚に対して安心しているのはレイさんの人となりもそうなんですけど、レティシア様も理由の一つなんですよ」


 あ、このことも秘密ですよ? と言うベルさんに対して、俺は頷いた。

 それにしてもシアも同じようなことを考えていたとは驚きだ。でも考えが同じなのは夫婦っぽいな、とも思った。


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