第131話 気楽に話し合える貴族当主
俺がフォルス家の当主になってから、それなりに月日が流れた。時間がかかったけど、南側への貴族への挨拶は全員分が終わったし、特に大きな問題もなかった。
まあしいて言うなら最後の方に挨拶に行った貴族の人がちょっと落ち込んでいたり、やや不満そうではあったけど、こればっかりは仕方ないということで許してほしい。
ラプラスさんなんかは、優先順位に基づいた訪問だから気にしなくていいって言ってくれたけど、最後の方はフォルス家当主としての仕事がちょっと忙しい時期とも重なって遅くなったりしたから完全に俺の実力不足だろう。
ローエンさんを初めとする人に支えられてようやく一人前だと強く思ったよ。
そしてそんな日常の中のある日の事。俺は自分の執務室の机ではなく、長椅子に座ってアランさんと対面していた。
どの貴族よりも早くサイモン家を訪れた日以来、俺とアランさんは仲良くしている。今では俺の屋敷にアランさんが話をしに来ることも珍しくなくなったくらいだ。
時間が空いているときには俺がサイモン家に足を運ぶことだってあった。といっても、こっちは本当にたまにだったけど。
「本当……これまでが暇すぎたことも相まって、人に助けられてばかりだよ。まだまだだなって思うことも多いね」
苦笑いしてそう話すと、目の前で同じように長椅子に座っているアランさんは首を横に振った。
「そのようなことは……それに多くの人がノヴァさんの助けになるのも、ノヴァさんの人徳あっての事だと思います。私も当主として見習わないといけないと思っているくらいです」
「いや、アランさんなら俺よりももっと上手く出来ると思うよ」
正直に告げると、アランさんは「ご謙遜を」と言ってコーヒーを口に運ぶ。
そう、アランさんはつい最近サイモン家の次期当主から当主になった。彼の父でもあり前当主のルートヴィヒさんいわく。
『近いうちに譲るつもりでしたが、ノヴァ殿がアランをお目にかけて頂き、決心しました』
とのこと。今では隠居しているらしい。アランさんはこれまでのサイモン家の負債を全部押し付けていったと文句を言っていたけど、それでも隠居先でゆっくりしていて欲しい、とも言っていた。
個人的にはとても早い当主交代だなって思ったけど、本人たちが納得しているならいいんじゃないだろうか。
そんな事を思っていると、アランさんはチラリと俺を見た。
「そういえば南側の貴族への挨拶は全てなされたとか。いかがでしたか?」
「おおむね順調だったよ。影響力の大きな貴族から挨拶したけど、いずれも好意的に受け入れてはくれたし」
反発があるかと思ったけど、貴族たちの間でも影響力が大きい貴族達は意外と友好的だった。むしろ困ったことがあったら何でも相談してくれと言われることだってあったくらいだ。
まあ、その原因が何であるかも、当然分かっている。
「ノヴァさんと奥様の関係を見る限り、南側がこれから先栄えるのは確定しているも同じ。であれば、その先頭に立つノヴァさんに良い顔をしたい、という貴族たちの気持ちも分かります」
同じことを思っているアランさんが同意してくれる。本当、シアの影響力はどこにでもあって、ここでも彼女に助けられていることを実感する。
もしも俺の妻がシアでなければ、貴族達への挨拶はここまで上手くはいかなかっただろう。
「それに実際に会ったことでノヴァさんの人柄に触れたというのもあると思います。
重ねて感謝を。我がサイモン家に最初に訪問して頂き、ありがとうございます」
「やめてよアランさん、俺はただ思った通りに行動しただけだって」
南側ではやや下位に位置していたサイモン家。けど俺とアランさんの仲が良くなるや否や、他の貴族達からの見る目が変わったらしい。アランさんも他の貴族の当主と会うことはあるらしいけど、下手に出られることも多くて困惑するとか。
ちなみにサイモン家だけど、ルートヴィヒさんから引き継いだ負債があるものの、アランさんはかなり優秀な当主らしく、その負債を減らしていっているらしい。
彼から話を聞く限り、向こう一年以内にはある程度立て直しが出来る見通しだとか。
アランさんのことを凄いなと思ってそのことを伝えると、ノヴァさんのお陰ですと返されたり、いやいやそんなことはないよ、と言ったり……みたいな謙遜の往来が行われたけど、結局お互いに小さく笑ったのも記憶に残っている。
ターニャに出してもらったコーヒーを飲んでいると、アランさんが口を開いた。
「最近はお忙しそうですが、奥様の実家には顔を出しているのですか?」
カップをソーサーにおいて、答えた。
「それが、なかなか行けていないんだよね。今度用事で王都に行くから、そのついでに行こうかな、とは思っているよ」
ナタさんに近いうちに協力して欲しいことがあるから、研究所に顔を出してほしいと言われていた。その予定は数日後に入れてある。何に協力すればいいのか詳しくは聞いていないけど、彼女には色々と借りがある。相当な無理難題じゃなければ、喜んで手を貸そうと考えている。
けれどアランさんは、首を傾げた。
「王都を経由してのノーザンプションですか? 二ヶ所寄るとなるとやや遠い……ああ、そうでしたね。ノヴァさんにはゲートの魔法がありましたか」
「そうそう」
アランさんにはゲートの機器について共有しているからそのことに思い至ったみたい。頷いて返した。
するとアランさんは手を重ねて、何かを考えるようなそぶりをする。しばらくして、ゆっくりと口を開いた。
「その……奥様とはいかがですか?」
「え? シアのこと?」
ちょっと驚いたけど、別に隠すことでもないので正直に話そうと口を開いた。
「いつも通り順調だよ。お互いに仕事が忙しかったりするし、シアが帰ってくるのも遅かったりするけど、夜は夜で時間を取っているし、休日は予定を合わせてゆっくりしたりするしね。日々を頑張れるのは本当にシアのお陰だよ」
つい饒舌になってしまったけど、アランさんは小さく頷いた。
「お互いがお互いを支えるのみならず、力になってくれる、というのは素晴らしい関係ですね……すみません、このようなことを聞いてしまって」
「いや、別にいいけど……」
ただ、なぜ急にとは思った。だから首を傾げていると、そんな心の声が届いたのかアランさんは困った雰囲気を出した。
「すみません、自分の周りに貴族の夫婦という関係の方がノヴァさんしかいなくて、それで気になったと言いますか……結婚した男女がどのようなものなのか、よく知らないので聞いてしまいました」
「……ルートヴィヒさ――」
父と母の関係が参考になるのではないか? そんなことを言いかけて口を噤んだ。アランさんの母親に会ったことはなかった。もしも俺と同じで幼い頃に死別している場合、彼を傷つけるかもしれない。そう思ったけど、遅かったようだった。
「父と母の関係はきっと違うと言いますか……いえ、それ以外の人の話を聞きたかったんです。
私もサイモン家の当主として、いつまでも未婚というわけにはいきませんからね」
最後は無理やり話を変えるような感じだった。俺にも色々あるように、きっとアランさんにも何か重い過去があるのではないか。そんなことを、ふと思った。
少し暗くなる雰囲気。それを何とかしようと思ったとき、一人の女性の顔が頭を過ぎった。
「アランさんは、ワイルダー家を知ってる?」
「? はい、もちろん。魔法の便箋を手掛けたナターシャ様の実家ですよね。以前その便箋についてお礼を伝えたので。ワイルダー家を訪問したことはありませんが……」
律義な性格のアランさんは既にナタさんと交流があったらしい。それなら話は早い。
「ナタさんにはお姉さんがいて、セシリアさんって言うんだ。その……俺の兄であったゼロードの元婚約者でね……彼女には兄がとても悪い事をしたと思ってる。
ゼロードの一件で変な噂もあるみたいだけど、セシリアさんは本当に良い人なんだ。ナタさんとの関わりの中でもし会うことがあったら仲良くしてくれると嬉しい」
セシリアさんの父親であるハインズさんとは、セシリアさんに良い人を紹介する約束をしている。ただ俺の一存だけで二人をくっつけるようなことはしたくなかったから、遠回しにセシリアさんの事を話してみた。俺とシアの経験から、こういったことはお互いの気持ちが大切だと思う。
だからアランさんとセシリアさんが結ばれるとしたらそれは嬉しいことだけど、それは二人が思い合ったらの話だ。
だけど、このくらいの仄めかしならいいだろう。
アランさんはじっと俺を見ていたものの、ゆっくりと口を開く。
「ナターシャ様の姉君には会ったことがありませんが、噂については耳にしたことがあります。自分は噂ではなくその人に実際に会って決めるようにしています。ノヴァさんがおっしゃる通りの方ならば、ナターシャ様と同じように仲良くしたい、と思っています」
アランさんは誠実に答えてくれた。彼の言う通り、アランさんは実際に会ってその人を評価するタイプなのは間違いない。俺もそうして評価してくれたみたいだし。
彼が噂に踊らされるような人でなくて嬉しく思う。まあここ最近濃い付き合いをしてきたからこそ、彼がそんな人じゃないのは分かってたんだけど。
二人が仲良くなってもし結ばれれば、セシリアさんはゼロードのことを忘れられるだろうか。ふと、そんな事を思う。そしてアランさんを見て、心の中で頷いた。
もし、本当にもしだけど、アランさんなら、セシリアさんを悲しませるようなことはしないだろうと思った。
そうなれば良いな、なんていう俺の勝手な願望。それを抱きながら、俺は再度コーヒーを口にした。




