第124話 特別な剣
長椅子に座る俺、オーロラちゃん、ターニャ、ソニアちゃん。それに対してたった今ゲートから出てきたシアという、少し見ない構図。
「というより、どうやってオーラはここに? 今日はついさっきまでグレイスによる授業だった筈では?」
「その……ゲートの魔法を習得しまして……」
「え? 本当ですか? 凄いじゃないですか」
「えへへ……と言っても片道しか使えないし、持続時間も短いし、規模も小さいんですけど」
シアの褒める言葉に、オーロラちゃんは顔を綻ばせる。少し前に聞いたけど、彼女にとってシアは少しでも近づきたい目標であり、尊敬する大好きな姉だという。そんなシアに褒められたら嬉しくなってしまうのも仕方ないだろう。俺だってそうなるだろうし。
「ですがこれまで出来なかったことが出来るようになるのは、素晴らしい事ですよ」
そう言ったシアの腕に細長い箱が収まっていることを再確認して俺は立ち上がる。両手で持つほど細長い箱だけど、何が入っているんだろう。
「大丈夫? 持とうか?」
「あ、えっとですね……これはその……ノヴァさんへの贈り物といいますか」
「え? そうなの?」
なにか貰い物をするようなきっかけがあったかなと思い返してみるけど、思いつかない。誕生日はついこの間小さいながらも屋敷の皆で小さく祝ったし、当主になったから……とか?
「ノヴァさん、ゼロードとの戦いで剣が砕かれてしまったではないですか。それで代わりになる剣を作ってもらっていたんです。アークゲートと長い付き合いのある鍛冶師に依頼していたのですが、ようやく出来上がったので」
「じゃあそれは……剣?」
「はい……喜んでいただけるとよいのですが……」
少し心配そうな顔になるシアに対して、俺の心は踊っていた。シアから貰えるものなら何でも嬉しい。でも剣となると、その喜びにも拍車がかかるというもの。
しかも彼女がわざわざ俺のために作るように依頼してくれたなんて、なんて言い表して良いか分からないくらいだ。
「すっごく嬉しいよ。ありがとうシア」
「ふふっ、その顔を見て安心しました……どうぞ」
シアに近づいて、その腕から掬い上げるように箱を受け取る。振り返るとさっきまでいたテーブルにちょうどいい空間があったから、そこに置かせてもらった。
「えっと、開けてもいい?」
「はい、もちろんです」
膝をついたままで尋ねれば、笑顔でシアが答えてくれる。俺は逸る気持ちを抑えきれずに、箱を開いた。カタンッという音を開けて開く箱。蓋を持ち上げてみれば、現れたのは紺色の鞘に収まった長剣だった。
「おぉ……」
蓋を箱の横に置いて、箱の中の剣を手に取る。手触りの良さからは、鞘すらも高級であることが伺えた。造りはシンプルで、飾り気のないガード部分があるだけ。けどその中にも洗練さが感じられる。
立ち上がり、柄に手をかけて引き抜く。光沢を放つ刃が露わになった。
「すごいな……」
見ただけで上等すぎるものだと分かる。これを打ったのは相当腕の立つ鍛冶師だろう。それに、この感覚。
「……シアの魔力? いやでも……」
シアの魔力を感じる。ただこの剣自体に力があるわけじゃなくて、なんていうか、そういう感じがするだけというか。
それにシアだけの物でもないような気がする。
ふと視線を感じてそちらを見てみると、やけに得意げな表情のオーロラちゃんが目に入った。
「アークゲート家の剣は、作成する際に魔力で材質をほんの少し強化するんです。とはいえ特別な力……例えば剣から火や雷を出すみたいな芸当は出来ないんですけど。
今回は私とオーラ、そしてユティがそれぞれ魔力を流し込んでそれぞれの材質を強化しています。それらが混ざり合っているのですが、ノヴァさんにはそれも分かるみたいですね」
嬉しいです。というシアの言葉を背後から聞いて納得する。シアの魔力はよく分かるし、オーロラちゃんの魔力もなんとなく分かる。それに残ったものはユティさんの物だろうか。
他の二人とは違うけど、彼女の魔力は穏やかで心を落ち着かせてくれるように感じられた。
三人が俺のために力を割いてくれた剣……これ以上の贈り物が、他にあるだろうか。
「シア、オーロラちゃん、ありがとう。すっごく嬉しいよ。大切にする」
「ふふっ、ここまで喜んでもらえると、頑張った甲斐があるってものね」
胸を張るオーロラちゃんに微笑みかけるものの、その後すぐに背後から声が飛んだ。
「よく言いますよ、オーラは真っ先にやりたいって飛び跳ねるほどでしたのに」
「…………」
シアの指摘を受けたオーロラちゃんは顔を少し赤くして、ちょっとだけ視線をずらした。
その様子を微笑ましく思いながら、もう一度剣に目を向ける。見れば見る程に、凄い剣だ。
「……剣の事は詳しくないですが、素晴らしいものですね。旦那様が以前持っていたものは勿論の事、先の旦那様が持っていたものよりも上のように感じられます」
「はい、なんというか凄い剣で……旦那様にぴったりだと思います!」
ターニャやソニアちゃんもそう言ってくれる。確かに父上の剣についても知っているけど、こちらの剣の方が上だろう。
俺にとっては、間違いなく歴代どころか未来を考えても最高の一振りだ。
「……これ、家宝にするくらいの名剣だね」
「少なくとも強度に関しては、先のゼロードの一撃でもヒビ一つ入らないと思います。どれだけ使っても、向こう何十年かは持つかと」
「……本当に凄いね」
こんな名剣を作ってくれたアークゲート家の鍛冶師の人には感謝しかない。剣を鞘に戻した後、執務机に向かって立てかける。さらにさっきまでいたテーブルの上に置いた箱もターニャに片づけてもらうことにした。
箱をもって部屋を出て行くターニャを見送って、俺はシアに声をかける。
「……シアも少しお茶していく? ちょうどオーロラちゃんが来て、お茶の最中だったんだ」
俺の言葉に、シアははっきりと頷いた。
「はい、そうします。あら、ソニアちゃん、元気ですか? オーラに困っていませんか?」
俺の隣に腰を下ろしたシアは目の前のソニアちゃんに気付いて声をかける。彼女も当然、ソニアちゃんとオーロラちゃんが仲が良いのは知っている。あえて聞いているのは、その悪戯っぽい笑顔を見れば間違いないだろう。
「は、はい奥様。オーラちゃんには本当に良くしてもらっていて――」
「むー、困ってないですー。ソニアと私は仲良しですから」
「お、オーラちゃん……」
横から抱き着いて頬を膨らませるオーロラちゃんにクスクス笑うシア。その笑顔を見て、オーロラちゃんもやがて楽しそうに笑顔を見せ始める。それにつられてソニアちゃんも笑顔になるし、帰ってきたターニャも笑い合う俺達を見て穏やかに笑っていた。
新しくなったフォルス家は笑顔に溢れていて、俺が目指したかったものそのものだった。




