第117話 見苦しい悪あがき
この屋敷に来て、真っ先にやらなければならないことがあった。それがノヴァ様をかつて苦しめたメイド達の断罪。
しかも彼女達はソニアちゃんにも手を出した。ノヴァ様から聞いた限り、メイドとしてあるまじきことを彼女達はやったし、そんな彼女達をこの屋敷に置いておく必要はないと、最初から心に決めていた。
だから私、ターニャは早い段階でノヴァ様から離れてメイド達が集まっている部屋に向かった。
扉を開けば、既にローエンさんが手を回してくれていたみたいで、数多くのメイドが控室に勢ぞろいしていた。
私が入ってきたことで緊張する者、目を伏せる者、唇や奥歯を噛みしめる者、睨みつける者など、その様子もそれぞれ違う。
それと同時に、ここまで大きな屋敷だから数が多いとは想像していたけど、集まるとここまで多いのかと驚きもした。
一瞬だけ気圧されたものの、すぐに意識を切り替えて冷たい声を発する。
「皆さんは、他の貴族の屋敷へと移ってもらいます」
一切の余地なく断罪すれば、否定的な意見が上がるのは当然の事。
真っ先にその声を上げたのは妙齢のメイドだった。
「随分偉くなったものね、ターニャ」
私のかなり上の年齢の大先輩に当たる方だ。とはいえ彼女もまたノヴァ様を蔑ろにして、さらにはソニアちゃんを虐めた人の一人の筈。下に出るつもりなんて、まったくなかった。
「……旦那様の専属侍女として、屋敷を管理するのは当然の事です」
「これだけ多くのメイドを一気に解雇して屋敷が回ると思っているの? 私達はそれぞれ屋敷の勝手を知ったる者達よ。急に辞めさせたりして、困るのはそっちじゃないかしら?」
「…………」
けど彼女の声を聞いて、それもそうだと思ってしまった。ノヴァ様の屋敷から移動してもらうメイドの数では少し足りない。
簡単に頭の中で数を計算してみても、これまでと同じように屋敷は回らないだろう。
「それに、解雇する権限を持っているのは旦那様か奥様の筈よ」
「権限は一時的に旦那様から貰い受けるつもりです」
ノヴァ様なら言えばすぐにくださるだろう。元の屋敷の時もそうだったのだから。
けれど強気なメイドの先輩は鼻を鳴らして笑った。
「それでも断るわ。もしも解雇したいなら直接言ってくれないと、私は応じない。
皆もそうよね?」
「そうです! 一介のメイドに言われて辞めるのは気に入りません!」
「私達が居なくなっても良いの!? 困るのはそっちよ!」
「何様のつもりよ、ターニャ!」
口々に上がる私の決定に対する非難。それを聞いて、私は頭が痛くなってきていた。
悪あがきにもほどがある。彼女達が何を言おうとも、ノヴァ様から正式に権限を貰って通達すれば断る権利なんてない。
――もういっそのこと、全員この場で追い出しましょうか
そう考えるけど、それはそれで屋敷の管理という問題が出てくるので少し厄介だった。もっと言うとメイド達の中には私の知らないメイドもいて、彼女達はつい最近雇われたのだろう。
彼女達は彼女達で今回のソニアちゃんの件に関わっていない可能性もある。でも関わっている可能性もある。そんな曖昧な状況で判断を下していいのか、というのも思うところがある。
これがノヴァ様の屋敷みたいに、新しく使用人を雇うという事なら問題なかった。
ゼロの状態から、ノヴァ様に対する態度や勤務態度で判断すればよかったから。けど今回のように人によって判断が難しい場合は困る。
こればっかりは、ノヴァ様の屋敷で上手くいっていたから今回も大丈夫だろうと思っていた私の失敗ね。
「それに、天下のフォルス家でメイドをしていたのだからそれなりの貴族様は紹介してくれるのよね? それが出来なければ引き続き雇ってくれてもいいわ。私達の力は必要だろうし」
それはともかくとして、先ほどからものすごく強気なこの先輩メイドに関しては即解雇でいいだろうと思う。こいつ昔からノヴァ様のことを無視していたし。
少なくとも私が悩んでいるのは別の事で、お前の事じゃないから、って言いたくなるくらいだ。
「そもそも、これまでフォルス家に尽くしてくれた私達に対してこの仕打ちはなんなの?
旦那様に直談判してやるわ!」
いや、辞めてください。ノヴァ様のお手をそんなことで煩わせないでください。
っていうか、後がないことをうっすらと自覚しているのか、かなり無茶なことを言っている。やけくそな態度っていうのはこういうのを言うんだろうか。
それならここは一旦保留にして、メイド達のこれまでを調べた後に正式な通告をするのが吉か。
同時並行で人を増やすこともしていれば、屋敷の管理は問題ないでしょうし。
とはいえ、あんたは即解雇だけどね、と心の中で強く決心して、まっすぐに大先輩のメイドを睨み返す。両手を強く叩いて注目を集めて、口を開いた。
「では皆さんの内のほとんどに関しては、一旦保留としま――」
とりあえず保留にして、ただし一部のメイドは即辞めてもらう。その通達をしようと思った。
瞬間的に言葉を止めたのは、いつもの癖。
そうしなければならないと心が切り替わった。
感じたのは絶対的な威圧感。
そんなものを発するのは、あのお方しか居ません。
「ダメですよターニャさん」
扉が開き、中へと入ってきます。反射的に頭を下げて、私は彼女に場所を譲る。
「膿は早めに出しておかないと」
頭を下げていても感じる絶対的な気配。視界の隅に夜を思わせる長い黒髪が映って、メイド達が全員息を呑むのが分かる。
「こんにちは皆さん、私はレティシア・フォルス・アークゲート」
見えないのに、作り物の笑顔を浮かべているのが脳裏に浮かぶ。
――あぁ、それはそうですよね
「ノヴァさんの妻にして、この屋敷の管理者でもあります」
――この人が、許すわけがない
今この瞬間に、私がこの部屋でするべき仕事がなくなったのだと、そう悟った。




