第114話 今が幸せだから、昔は昔
ゲートの機器を使用して俺の屋敷へと戻ってくる。この機器を作ってくれたナタさんや、魔力を注入してくれるシアには本当に感謝だ。
そう思ってゲートを通り抜けると、今日は何故か目の前にシアが立っていた。わざわざ出迎えてくれるなんて珍しいと思いつつも、彼女の表情を見ると心配そうに目じりが下がっていた。
なにか、心配事がある?
「……シア? どうしたの?」
思わず声をかけると、彼女は目じりを下げたまま俺をじっと見て、言いずらそうに口を開いた。
「……その、引継ぎお疲れさまでした」
「あ、ああ……ありがとう」
まさかそれだけのために? とは思ったけど、とりあえずお礼を言う。けどシアはやっぱりまだ言いたいことがあったみたいで、言いにくそうにしながらも言葉を続けてくれた。
「……先代当主から……守り神の事については聞きましたか?」
「え?」
シアの言葉を聞いて、思わず声に出していた。
父上、何がシアにも言ってはいけない、ですか。もうシアには知られているんですけど……。
こうなると隠す意味がなくなったので、俺は深くため息を吐く。いや、元々隠すつもりもなかったんだけど。
「うん聞いたよ。おとぎ話か、って感じだけどね」
「その……守り神のせいでノヴァさんが……」
「あぁ、俺が身代わり? みたいな感じになったのも聞いたよ」
「っ!」
俺の言葉にシアは弾かれるように動き駆け寄ってくる。そのまま飛び込む形で俺の胸の中に彼女は収まった。
「ごめんなさいっ! 私……知ってたんです……でも、でも言えなかった……守り神なんておとぎ話のように思えますし、私からノヴァさんにフォルス家の事を言うのは違うと思って……そしてなにより、ノヴァさんを傷つけると思ったから……」
「シア……俺は大丈夫だから。むしろ理由が分かってすっきりしたよ……本当、くだらない理由だったけどね」
本当にくだらない理由だと思える。そのことに関して俺が強すぎる怒りを抱いていないのは、きっと。
「父上に聞かされたときに、俺だってちょっとはカッとなった。だけどシアとの日々を、シアの言葉を思い出すと、そこまで強い怒りでもなかったんだ。
俺の中でもう、あの辛い日々は過去の事なんだよ。過去の事に、してくれたんだよ」
他ならぬ君が、そうしてくれたから。
俺の言葉を聞いたシアは背中に回した手の力を強くする。
「そう言ってもらえて……嬉しいです。もっともっと、幸せにします。過去の事が薄く消えそうになるくらい、今を」
「そうだね、一緒に幸せになる、が正しいかな」
「……ノヴァさん」
シアはよく俺のために行動して言葉をかけてくれるけど、彼女自身の事はあまり言ってくれない。けど俺が求めているのは俺の幸せじゃなくて、俺達……つまりシアの幸せだって含まれる。
幸せにするっていう言葉は嬉しい。けど幸せになるっていう言葉の方が、もっと嬉しいから。
「シア……俺は大丈夫だから。それに、父上に対してもちょっと怒って、許さないって言った後に遠くでフォルス家の繁栄を黙って見ていろって言えたからね。それだけですっきりしたというか、なんというか……」
「ふふっ……ノヴァさんは優しいですね」
優しい、のだろうか。永久に追放みたいな感じになって罪も許さないで、遠くから元々いた場所が栄えているのを見るのは結構な罰だとは思うんだけどなぁ。
そんな事を思いながら、ふと思ったことを口に出した。
「っていうか、そこまで知ってるなら不思議だよね。俺はてっきりソニアちゃんが守り神だと思ってたんだけど……」
でも父上は明確に否定した。あれでソニアちゃんがそうだってなれば、少しは、本当に少しはだけど納得はした……かもしれない。
シアは動きを一瞬止めて、少しの間黙る。
「……シア?」
「……トラヴィスがそう言ったんですか?」
「うん、聞いたけど違うんだってさ。そうなってくると守り神なんて本当にいるのかって感じだけどね」
「…………」
しばらく黙っていたシアは、ゆっくりと顔を上げる。そこには、いつもの穏やかな笑みを浮かべるシアがいた。
「きっと、そんなものはどこにもいないんですよ。存在しないものによって苦しめられたというのは悔しいですが、そんなものに縋らなければならなかった過去のフォルス家なんて、大したことがないと考えましょう」
シアの言葉に、なるほどと思った。確かにそんな存在するかどうか分からないものが原因で苦しめられたのは思うところがあるけど、これまでのフォルス家を否定する良い材料になる。
そう思うことで心が少し晴れた。いや、別に曇ってもいなかったけど。
「それに守り神なんてものがいようがいまいが、ノヴァさんなら関係なしに大丈夫です」
「俺には守り神よりも強い、最強の妻がいるからね」
「ふふっ……とっても嬉しいです」
「うーん、そうなると勝利の女神様、みたいな感じかも?」
「……褒め過ぎです」
思ったままに口にしてみたけど、シアは顔を赤くしてふいっと顔を背けてしまった。その様子がいじらしくて、俺は抱きしめる腕に力を入れてしまう。力を加えられたことで、シアからも「んっ」という、少し艶やかな声が漏れた。
このままだとまた頭がシアでいっぱいになりそうだったから彼女を放して、手を握る。
危ない、明日も仕事があるから、今日の夜に羽目を外すわけにはいかないのである。
「……行こうか」
「はいっ……ターニャさんが引継ぎ終わりの記念として、ごちそうを手配してくれていますよ」
「……なんか、このペースだと色んな事を記念して食事が豪華になりそうだね」
「実際には、ターニャさんが食べたいだけだったり……」
「いやいや、そんなまさか……」
と思ったけど、付き合いが長いだけにターニャだったらもしかしたら……とも思ってしまった。
近づき、大きくなっていく屋敷を見ながら思う。
守り神について父上から聞いたときは困惑したし、そんな過去だったのも少しは怒りを抱いた。けど今になって思えば、それがあったからシアと出会えたようなもの。
それにさっきのシアと抱き合えるきっかけになったのも守り神だ。
見たこともないし、そもそも存在しないだろう守り神に対して感謝をする。
そして思った後で、自分でも変なことをしているなと思い、少しだけ笑ってしまった。




